糖尿病によりインスリン分泌が悪くなるメカニズムを解明 インスリン分泌に必須の遺伝子の発現が抑制 熊本大学
酸素不足でインスリン分泌を抑制する遺伝子BHLHE40が増加
慢性的な高血糖状態では、膵β細胞の生存やインスリン分泌機能が障害され(膵β細胞糖毒性)、糖尿病が悪化することが知られているが、そのメカニズムは明らかにされていない。
熊本大学の研究グループはこれまで、慢性高血糖状態では膵β細胞内が酸素不足(低酸素)状態におちいり、インスリン分泌が悪くなることをこれまでに明らかにしているが、どのようにしてインスリン分泌が障害されているのかについてのメカニズムは不明だった。
遺伝子発現は、遺伝子の情報が細胞での構造や機能に変換される過程で、通常はDNAから必要な情報をRNAに写し取る転写をもとに、タンパク質が合成される。
研究グループは今回、膵β細胞での低酸素応答因子の探索を行った。すべての遺伝子の発現状態を網羅的に調べる実験手法を用いて、膵β細胞に低酸素刺激を与えた場合に発現状態が変動する遺伝子を探索した。
その結果、低酸素下の膵β細胞ではBHLHE40の発現が顕著に増加していることを見出した。BHLHE40は、さまざまな細胞種で転写を抑制する働きがあることが報告されている遺伝子のひとつ。
膵β細胞でのBHLHE40の発現増加は、糖尿病のマウスでも確認することができた。低酸素以外のストレス刺激を与えた場合には、BHLHE40の発現増加は認められなかった。
これにより、BHLHE40は低酸素刺激下の膵β細胞で、インスリン分泌を抑制していることが分かった。
BHLHE40はインスリン分泌に必須なMAFA遺伝子の発現を抑える
次に、BHLHE40の働きを検討した結果、BHLHE40はインスリン分泌に必須なMAFA遺伝子の発現を抑えることで、インスリン分泌を低下させる働きがあることを明らかにした。
MAFAは、膵β細胞特異的に発現し、インスリン合成やインスリン分泌が正常に行われるために必須な遺伝子であり、糖尿病下の膵β細胞では顕著に発現が低下していることが知られている。
これらのメカニズムは、実際の糖尿病の病態でも有意な影響をおよぼしていることを明らかにするために、膵β細胞からBHLHE40をなくした糖尿病モデルマウスを作出。BHLHE40をなくすことで、インスリンの分泌が増加し、全身性の糖代謝が改善することを確認した。
これらは、膵β細胞での糖毒性メカニズムの一端としてBHLHE40による低酸素応答が重要な役割を果たしていることを明らかにしたもの。
研究は、熊本大学大学院生命科学研究部の津山友徳助教および山縣和也教授らの研究グループによるもの。研究成果は、欧州分子生物学機構誌「EMBO reports」にオンライン掲載された。
「本研究成果により、糖毒性により膵β細胞のインスリン分泌機能が障害される原因のひとつとして、低酸素ストレスが関与していることが明らかになった」と、研究グループでは述べている。
「このことは、膵β細胞の低酸素応答メカニズムに立脚した糖尿病の新たな予防法・治療法開発につながることを期待させるものであり、今後の研究で膵β細胞の低酸素応答のさらなる理解と制御法の開発に取り組みたいと考えている」としている。
熊本大学大学院生命科学研究部
Hypoxia causes pancreatic β-cell dysfunction and impairs insulin secretion by activating the transcriptional repressor BHLHE40 (EMBO reports 2023年6月21日)