糖尿病薬DPP-4阻害薬は膵がんの発症リスクを上昇させない 国内医療ビッグデータを用いた解析で実臨床での安全性を確認

2022.10.27
 DPP-4阻害薬は、日本で糖尿病治療薬の処方を受ける人の6割以上に使用されており、臨床開発治験や市販後調査により、十分な安全性と有効性が確認されているものの、実験動物を用いた一部の研究結果から、DPP-4阻害薬による膵がんの発症リスク上昇を危惧する声があった。

 多数の患者を長期間観察する必要性から、DPP-4阻害薬の膵がんの発症リスクに対する安全性を明確化しうる研究が待たれていた。

 そこで岐阜大学は、国内の医療ビッグデータ(健康保険組合に所属する加入者が医療機関を受診した際に発行される全レセプト、健康診断結果)を用いて、DPP-4阻害薬が他の経口糖尿病薬と比較して、膵がんの発症リスクを上昇させないことを明らかにした。

DPP-4阻害薬とその他の糖尿病薬を比較 膵がん発症までの期間に差はなく、リスク上昇は認められない

 岐阜大学の研究グループは、国内の医療ビッグデータを用いて、DPP-4阻害薬の使用が他の経口糖尿病薬と比較して、膵がんの発症リスクを上昇させないことを明らかにした。

 研究は、岐阜大学大学院医学系研究科教授・関西電力医学研究所副所長の矢部大介氏らによるもの。研究成果は、「Journal of Diabetes Investigation」にオンライン掲載された。研究は、公益社団法人 日本糖尿病協会学術委員会で、岐阜大学、関西電力医学研究所、JMDCなどが中心になり実施された。

 これまで世界規模で行われたDPP-4阻害薬の臨床研究の多くで、DPP-4阻害薬による膵がんの発症リスク上昇は認められていないが、膵がんに対する安全性を証明するには、多数の患者を長期間観察する必要があり、これまでに行われてきた臨床研究では不十分とされてきた。

 膵がんは、複数の遺伝子変異が重なり多段階的に発生するため、最初の遺伝子変異から10年以上かかり進行がんとなるとされている。このため、特定の治療薬の膵がんに対する安全性を証明するには、多数の症例を長期に観察する必要がある。したがって、DPP-4阻害薬について行われてきた臨床開発治験や市販後調査などをもとに膵がんの発症リスクを十分に議論することができなかった。

 一方、診療上得られる医療データを用いたリアルワールドエビデンス研究は、さまざまな背景を有する多数例を対象として、薬剤や医療行為の影響を長期に観察することができるため、比較的頻度の少ない副作用の検出にも有用とされている。

 そこで研究グループは、国内の医療ビッグデータ(健康保険組合に所属する加入者が医療機関を受診した際に発行される全レセプト、健康診断結果)を用いて、DPP-4阻害薬と他の経口糖尿病薬を比較して、膵がんの発症リスクを検討した。

 DPP-4阻害薬が日本で使用できるようになった2009年12月から、研究開始時に入手可能だった2019年6月までの期間に、DPP-4阻害薬を新たに開始した6万1,430人と、DPP-4阻害薬以外の経口糖尿病薬を開始した8万3,204人とで、アルコール多飲や慢性膵炎など膵がんの発症リスクとなる状態を補正したうえで、膵がん発症リスクを比較検討した。

 その結果、DPP-4阻害薬と他の経口糖尿病治療薬の比較で、膵がんの発症頻度や膵がんを発症するまでの期間について、有意な差は認められなかった。膵がんのリスクとなる加齢や性別、膵疾患(膵管内乳糖粘液性腫瘍や慢性膵炎、膵嚢胞)、アルコール多飲を考慮しても、DPP-4阻害薬の使用による膵がんの発症リスク上昇は認められなかった。

DPP-4阻害薬とその他の経口糖尿病薬を比較
膵がん発症までの期間に差は認められなかった

多因子解析でDPP-4阻害薬内服による膵がんリスクの上昇は認められなかった
DPP4i=DPP-4阻害薬、HR=ハザード比

DPP-4阻害薬を内服開始か、その他の経口糖尿病薬を内服開始したかを含む、多くの因子で膵がん発症リスクを検討した結果、年齢が上がることや、男性であること、もともと膵がんのリスク疾患として知られる膵管内乳糖粘液性腫瘍では、膵がん発症のリスク上昇が認められたものの、DPP-4阻害薬を内服開始による膵がん発症リスクの上昇は認められなかった。
出典:岐阜大学、2022年

 「日本の日常臨床で集積された医療ビッグデータからは、DPP-4阻害薬の使用が膵がんの発症リスクを上昇させるということはありませんでした。本研究成果は、日本で糖尿病治療薬の処方をうける人の6割以上に用いられるDPP-4阻害薬の安全性を確信するうえで重要な知見といえると考えます」と、研究グループでは述べている。

 「いくつかのリアルワールドエビデンス研究の限界点も考慮すべきですが、諸外国に比してDPP-4阻害薬を使用する糖尿病のある人が圧倒的に多い日本で、DPP-4阻害薬が他の経口糖尿病薬と比較して、膵がんの発症リスクを上昇させないことを明確化した本研究成果は意義深いものと考えます」としている。

日常診療から得られる医療ビッグデータを活用したリアルワールドエビデンス研究

 今回の研究は、リアルワールドエビデンス研究として、日常診療から得られる医療ビッグデータを活用して、糖尿病治療薬DPP-4阻害薬の使用により膵がんの発症リスクが上昇しないことを明らかにしたもの。

 「このような研究手法は、DPP-4阻害薬以外の糖尿病治療薬はもちろん、他疾患の治療薬の安全性を評価することにも有効と考えられます。本研究では、レセプトや健診データをもとに解析を行いましたが、近年注目される個人の健康・医療・介護に関するデータを一元的に保存するPHR(Personal Health Record)が普及すれば、医療機関での採血検査や画像検査のデータはもちろん、自宅での血圧や血糖、体重などのデータ、食事や運動のデータも含め、AIなどを用いたデータ駆動型研究を行うことで治療薬の安全性や有効性の確認のみならず、有効かつ安全に治療薬を用いる方法を明らかにすることも可能になると考えています」と、研究グループでは指摘している。

岐阜大学大学院医学系研究科 糖尿病・内分泌代謝内科学/膠原病・免疫内科学
Association of dipeptidyl peptidase-4 inhibitor use and risk of pancreatic cancer in individuals with diabetes in Japan (Journal of Diabetes Investigation 2022年10月25日)

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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