腎臓病での糸球体障害の発症機序解明へ新たな糸口 腎臓の血液ろ過フィルターを正常に保つ受容体タンパク質を発見 杏林大学など

2024.07.02
 東京工業大学と杏林大学は、受容体タンパク質の一種であるADGRF5が、腎臓で尿を作るために必要な血液ろ過フィルター(糸球体ろ過障壁)を維持し、働き続けるために必要であることをあきらかにした。

 ADGRF5が糸球体内皮細胞での遺伝子の働きを調節することで、糸球体ろ過障壁の構造とろ過機能を正常に保つ働きをしていることが示された。

 これまで解明が進んでいなかった糸球体ろ過障壁の維持機構を明らかにすることは、糸球体障害の発症メカニズムの解明につながる。

糸球体ろ過障壁を維持する受容体タンパク質を発見

 東京工業大学と杏林大学は、受容体タンパク質の一種であるADGRF5が、腎臓で尿を作るために必要な血液ろ過フィルター(糸球体ろ過障壁)を維持し、働き続けるために必要であることをあきらかにした。

 研究グループは、糖尿病性腎症の患者の糸球体で、受容体タンパク質ADGRF5の発現量が健常者の場合と比較して低いことを見出し、ADGRF5が糸球体の機能に重要な役割を果たすのではないかと着目した。

 今回の、ADGRF5が腎臓の血液ろ過フィルターに存在することを確認し、ADGRF5欠損マウスで血液ろ過フィルターに障害が起こり、腎機能が低下することを発見した。

 ADGRF5が糸球体内皮細胞での遺伝子の働きを調節することで、糸球体ろ過障壁の構造とろ過機能を正常に保つ働きをしていると考えられる。

 「研究成果が、糸球体内皮細胞に焦点を当てた研究が増えていくきっかけとなり、糸球体障害の分子メカニズムの理解につながることが期待される」と、研究者は述べている。

(A) 糸球体の模式図
(B) マウスの糸球体ろ過障壁の3層構造

マウスの糸球体ろ過障壁の断面写真

野生型マウスの場合と比較して、ADGRF5欠損マウスでは、糸球体内皮細胞の剥離(矢頭)や基底膜の断裂や肥厚(星印)が生じていて、3層構造が壊れている
出典:杏林大学、2024年

ADGRF5を欠損させたマウスは腎機能が低下

 ADGRF5は、Gタンパク質共役型受容体の一種で、これまでに肺で作られる肺サーファクタント(息を吸うときに肺胞が膨らんで空気が入りやすくする物質)の量の調節や、脂肪細胞による血中グルコースの取り込みの調節などに関わっていることが報告されている。

 腎臓での血液ろ過は、腎臓の糸球体の壁を通して行われるが、この壁には血中の細胞やタンパク質を通過させない特殊なフィルター構造が備わっている。多くの腎疾患の要因として、血液ろ過フィルターの異常が挙げられるが、その構造が正常に働くよう維持する機構についてはよく分かっていなかった。

 研究グループは今回、血液ろ過フィルターを構成し、糸球体ろ過障壁の内側を覆う糸球体内皮細胞に、ADGRF5が存在することを明らかにした。

 ADGRF5を欠損させたマウスでは、血液ろ過フィルターの構造が壊れ、尿中にアルブミンが漏出し、腎機能が低下していることを確認した。さらに、ADGRF5が糸球体内皮細胞での遺伝子の働きを調節していることも明らかにした。

 研究は、東京工業大学生命理工学院生命理工学系の中村信大准教授と杏林大学医学部の長瀬美樹教授らの研究グループによるもの。研究成果は、米国腎臓学会学術誌「Journal of the American Society of Nephrology」にオンライン掲載された。

ADGRF5が糸球体内皮細胞での遺伝子の働きを調節

 糸球体は通常は、血液成分をろ過するが、血中の細胞とタンパク質はろ過しない。これを可能にしているのが糸球体ろ過障壁で、これは糸球体内皮細胞とポドサイトの2種類の細胞と、これらの細胞に挟まれた糸球体基底膜の3層でできており、他の血管壁にはない非常にユニークな構造をしている。

 ポドサイトが形成する分子ふるい構造(スリット膜)と、基底膜や糸球体内皮細胞が持つ陰性荷電が連携して、血中の細胞やタンパク質が血管の壁を通り抜けるのを防いでいる。

 多くの腎疾患で、糸球体ろ過障壁に障害が認められる。糸球体ろ過障壁が壊れると、バリア機能が低下して血中の細胞やタンパク質が漏出してしまう。その漏出量が多量になると、尿細管には多量のタンパク質を再吸収する能力はないため、血液中のタンパク質の濃度が下がり、浮腫などの症状を引き起こす(低タンパク血症)。

 また、漏出した細胞やタンパク質が糸球体や尿細管を損傷して、さらに腎機能を低下させる悪循環を引き起こす。

 したがって、糸球体ろ過障壁がどのようにして形作られて維持されているのか、その障害がどのようにして引き起こされるのかを明らかにすることは、腎疾患の原因解明および予防法や治療法の確立のために重要な課題となる。

 それらの仕組みを解明しようとする研究がこれまでに数多く行われてきたが、糸球体ろ過障壁の非常に複雑かつ精緻な3層構造が解析を困難にさせていることもあり、全容解明にいたってはいなかった。

 そこで研究グループは、データベース解析から糖尿病性腎症の患者の糸球体におけるADGRF5の発現量が健常者の場合と比較して低いことを見出し、ADGRF5が糸球体の機能に重要な役割を果たすのではないかと予想した。

 まずADGRF5が糸球体ろ過障壁を構成する糸球体内皮細胞に存在することをマウスの腎臓サンプルを用いて明らかにした。次に、糸球体ろ過障壁でのADGRF5の機能を探るために、ADGRF5を失った遺伝子改変マウス(ノックアウトマウス)の糸球体の構造に変化がないか顕微鏡観察を行って解析した。その結果、ADGRF5欠損マウスでは糸球体が大きくなっており、さらに、糸球体ろ過障壁が壊れている様子が観察された。

 具体的には、糸球体内皮細胞が基底膜から剥がれ、基底膜の断裂や肥厚といった明確な構造異常が起こっていた。

 また、尿や血液の生化学検査により、ADGRF5欠損マウスではアルブミン尿や腎機能の低下が生じていることも分かった。

 さらに一般的に、受容体タンパク質は細胞外部の特定の刺激を受け取ると、その情報を細胞内部に伝達して遺伝子やタンパク質の働きを調節することで外部刺激に対する細胞応答を促すスイッチのような役割をする。そこで、ADGRF5が糸球体内皮細胞でどのような細胞応答に寄与するのかを調べるために、ヒトやマウスの糸球体内皮細胞の初代培養細胞に対して人為的にADGRF5の発現を抑制した。

 その結果、基底膜の構成分子(IV型コラーゲン)の遺伝子発現量の低下や血管機能の調節分子(KLF2)の遺伝子発現量の上昇が起こることを明らかにした。

 「これらの結果から、ADGRF5が糸球体内皮細胞での遺伝子の働きを調節することで、糸球体ろ過障壁の構造とろ過機能を正常に保つ働きをしていることが示された」と、研究者は述べている。

 「これまで糸球体ろ過障壁の障害の発症メカニズムに関連する遺伝子やタンパク質がポドサイトで多く発見されているが、糸球体内皮細胞の寄与については解析があまり進んでいなかった。本研究で明らかにした新たな糸球体ろ過障壁の維持機構は、糸球体障害の発症メカニズムの解明への手掛かりとなり今後の研究の進展に貢献することが期待される」としている。

東京工業大学生命理工学院生命理工学系
杏林大学医学部
Glomerular Endothelial Cell Receptor ADGRF5 and the Integrity of the Glomerular Filtration Barrier (Journal of the American Society of Nephrology 2024年6月6日)

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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