認知機能の低下による要介護リスクを簡単な質問で推定 「周りからの物忘れの指摘」など3つの質問 神戸大学
認知機能に関連した「3項目の質問」で要介護認定リスクを推定
神戸大学は、約8万人の70歳代の神戸市民を対象とした質問票「基本チェックリスト」を用いて、認知機能に関連する3つの質問により、要介護認定になるリスクを推定できることを明らかにした。
地域住民の健診・医療データを活用し、認知機能に関する3つの簡単な質問により、要介護認定、とくに認知機能低下をともなう要介護認定のリスクを推定できるという。
今回の研究は、神戸市役所で保管されている基本チェックリストと要介護認定のデータを統合して、"好ましくない回答"をした数が多い高齢者ほど、要介護認定のリスクが高いことを推定した、先行研究のレトロスペクティブ調査を前向きに実証したもの。
研究グループは、2015年に要介護認定を受けていない神戸市在住の、70歳以上の高齢者7万7,877人を対象に、神戸市が郵送した、日常生活の自立度に関する25項目の質問票「基本チェックリスト」を用いた。
基本チェックリストの質問への回答結果と、2015年~2019年に収集された要介護認定データを突き合せて、要介護認定発生との関連を調べた。
また、先行研究と同様に、基本チェックリストの内の認知機能に関連した3項目の質問への回答結果にも着目した。
基本チェックリストの3項目の質問とは以下の通り――。
[好ましい回答:いいえ] (2) 自分で電話番号を調べて、電話をかけることをしていますか?
[好ましい回答:はい] (3) 今日が何月何日か分からないときがありますか?
[好ましい回答:いいえ]
好ましくない回答が増えるごとに要介護認定リスクは上昇
アンケートを受け取った市民7万7,877人のうち、5万154人から回答を得た(回答率:64.4%)。
主な結果は以下の通り――。
- 基本チェックリスト調査から4年後の要介護認定の累積発生率は、回答しなかった人の方が回答した人よりも高くなった [12.5 % 対8.4%]。
- 回答者のうち、3つの質問に対して、好ましくない回答が多いほど、要介護認定の発生率が高くなった [好ましくない回答の数が0、1、2、3の回答者は、それぞれ4年後の時点で5.0%、8.4%、15.7%、30.2%]。
- 認知機能低下をともなう要介護認定に限定した場合でも、好ましくない回答が多いほど、要介護認定の発生率が上昇した [好ましくない回答の数が0、1、2、3の回答者は、3.4%、6.5%、13.7%、27.9%]。
今回の研究により、基本チェックリストに郵送で回答をしなかった人は、それだけで要介護認定になるリスクが高い人であることが推定された。また、認知機能に関する簡単な質問で、要介護認定、とくに認知機能低下をともなう要介護認定のリスクも推定できた。
これらの観測は、リスクが高いと推定される市民に的を絞った対策を行い、認知症の社会負担を減らす糸口を見いだす可能性を示すものとしている。
「認知症の社会負担軽減に向けた神戸プロジェクト」を実施
認知症は世界規模で急速に増加しており、日本でも認知症患者数は2025年には675万人以上、2040年には800万人以上となると予測されている。
一方、「官民データ活用推進基本法」が2016年12月に公布・施行され、神戸市をはじめ行政機関が保有する精度の高いデータの適正かつ効果的な活用が推進されている。
さらに、2022年(令和4年)4月1日に日本医学会連合から「フレイル・ロコモ克服のための医学会宣言」が発出され、関連学会がそれぞれフレイル・ロコモ克服に向けた方針を発表し、この国家的重要課題である超高齢社会の克服に向けた動きが活発化している。
今回の研究は、神戸大学大学院医学研究科橋渡し科学分野の永井洋士客員教授らの研究チームによるもの。研究成果は、「Health Research Policy and Systems」に掲載された。
同大学とWHO健康開発総合研究センター(WHO神戸センター)は、神戸市役所の協力により作成されたデータをもとに、認知症の早期発見・早期介入をめざす「神戸モデル」構築をめざし、地元研究機関である神戸医療産業都市推進機構医療イノベーション推進センター(TRI)および神戸学院大学と連携して、共同研究「認知症の社会負担軽減に向けた神戸プロジェクト」を実施している。
同プロジェクトでは、4つの分担研究が実施されており、今回の研究はそのひとつの成果。その他の分担研究の結果については、WHO神戸センターのホームページを通じて公開される予定としている。
「ラーニングヘルスシステム」で要支援・要介護を減らす
また研究は、医療の継続的な改善サイクルを生み出す医療システム「ラーニング ヘルス システム (LHS)」のなかに位置づけられる重要な研究としている。
これは、行政機関が保有する精度の高いデータを定期的に解析し、解析結果を行政施策に反映させ、一定期間後に予後が向上していることを実証するサイクルを回し、その結果として要支援・要介護状態の数を減らし、住民の健康寿命を延ばそうというもの。
エビデンスにもとづく医療(EBM)と実践にもとづく医療(PBM)という概念がLHSの礎となっている。地域住民の健診・医療データを用いて、成果を住民に還元する方法は、あらゆる政策、あらゆる都道府県市町村に適用することが可能としている。
「今回の研究は、行政機関が保有する精度の高いデータを定期的に解析し、解析結果を行政施策に反映させ、一定期間後に予後が向上していることを実証するサイクルを回し、その結果として要支援・要介護状態の数を減らして健康寿命を延ばしていく"ラーニングヘルスシステム"のなかに位置づけられる重要な研究と考えています」と、研究グループでは述べている。
「このコンセプトは、あらゆる政策、あらゆる都道府県市町村に適用することが可能で、本研究は住民の貴重なデータを用いて成果を住民に還元する研究方法を、具体的な事例をもって示したと考えています。また、本研究は、日本だけでなく、諸外国、とくにこれから高齢化率が上昇し本格的な超高齢社会を迎えるアジア諸国において、低コストで実施できる認知症対策のための具体的なアプローチのひとつとして提案することができます」としている。
神戸大学 医学部附属病院 臨床研究推進センター
神戸医療産業都市推進機構 医療イノベーション推進センター
WHO健康開発総合研究センター (WHO神戸センター)
Implication of using cognitive function-related simple questions to stratify the risk of long-term care need: population-based prospective study in Kobe, Japan (Health Research Policy and Systems 2022年11月29日)