脂肪を燃焼するベージュ細胞の誘導を制御する酵素を発見 過栄養による肥満や糖尿病の改善につながる成果

2022.10.25
 エネルギーの貯蔵と供給をになう白色脂肪組織を、脂肪を燃焼して熱を産生するベージュ脂肪細胞に変化させることが、肥満症や2型糖尿病の新たな治療・予防戦略として注目されている。

 東北大学は、この脂肪組織の質が変化する過程で、タンパク質からリン酸基を取り除く酵素の働きが抑制されることで、遺伝子の使い分けをする遺伝情報であるエピゲノムが変化し、遺伝子の発現を強めたり弱めたりする転写因子を介した転写が活性化され、ベージュ化が誘導される仕組みを明らかにした。

脂肪を燃焼するベージュ脂肪細胞の誘導が肥満や糖尿病の新たな治療戦略に

 ヒトを含む恒温動物は、寒冷環境に長くさらされると、エネルギーの貯蔵と供給をになう白色脂肪組織を、脂肪を燃焼して熱を産生するベージュ脂肪に変化させる仕組みをそなえている。ベージュ脂肪には、肥満や2型糖尿病を予防する働きがあるとみられている。

 脂肪を活発に燃焼するベージュ脂肪細胞の誘導は、肥満症や2型糖尿病の新たな治療・予防戦略として注目されている。

 一方、エピゲノムは、DNAの塩基配列を変えることなく、遺伝子の働きを決める遺伝情報。ヒトのエピゲノムの状態は、加齢にともない少しずつ変化していくとみられている。

 東北大学の研究グループは、細胞内のDNAのメチル化などや、多様なタンパク質を網羅的に調べられるエピゲノム・プロテオミクス解析を行った。

 その結果、β-AR-PKAシグナリングが、MYPT1-PP1βの活性阻害を介して、エピゲノム変化と転写因子を介した転写調節を統合的に制御することで、ベージュ化が誘導される仕組みを明らかにした。

 また、脂肪組織特異的にMYPT1を欠損させたマウスは、高脂肪糖質食を与えても太りにくく、耐糖能異常を引き起こしにくいことが分かった。

 研究成果は、栄養の摂り過ぎによる肥満と耐糖能悪化の改善や、インスリンの働きが悪くなる2型糖尿病などの新たな治療・予防法の開発に応用できるとしている。

 研究は、東北大学大学院医学系研究科/東京大学先端科学技術研究センターの酒井寿郎教授、東北大学大学院医学系研究科の松村欣宏准教授、高橋宙大助教、楊歌氏らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載された。

長期的な寒冷環境により、白色脂肪組織中にベージュ脂肪細胞が誘導され、慢性の熱産生をになっている

出典:東北大学大学院医学系研究科・医学部、2022年

脂肪細胞のベージュ化の誘導で中心的な役割をになう細胞内シグナル伝達系

 栄養の摂り過ぎによる肥満では、肥大化した脂肪細胞が遊離脂肪酸や炎症性サイトカインを多量に産生するようになる。その結果、インスリン抵抗性が誘導され、2型糖尿病などが引き起こされる。

 白色脂肪組織は、エネルギーを脂肪というかたちで蓄える役割と、空腹時などにエネルギーを供給することで、飢えから体を守る役割をになっているが、ふだんは熱を産生する能力をもっていいない。

 しかし、寒冷環境に長くさらされると、白色脂肪組織内に、熱産生能のあるベージュ脂肪細胞が誘導される。このベージュ脂肪細胞が、持続的に熱を産生することで、長期にわたる寒冷環境下でも体温を維持することができるようになる。

 寒冷刺激を脳が感知すると、交感神経終末からノルアドレナリンが分泌される。ノルアドレナリンは、脂肪細胞膜上のβアドレナリン受容体(β-AR)に結合し、細胞内でタンパク質リン酸化酵素(PKA)が活性化され、さまざまな基質のリン酸化を介して熱産生に関与する遺伝子群が発現される。

 この細胞内シグナル伝達系(β-AR-PKAシグナリング)は、ベージュ化の誘導で中心的な役割をになっている。時空間的な遺伝子の発現には、エピゲノムと転写因子による転写活性化の統合的な制御が必要だが、β-AR-PKAシグナリングにより、熱産生関連の遺伝子の発現が制御される仕組みは明らかにされていなかった。

MYPT1-PP1βの活性阻害によりベージュ化が誘導されるメカニズムを明らかに

 そこで研究グループは、先行研究で同定した、白色脂肪組織で寒冷刺激を感知して、ベージュ化を誘導するヒストン脱メチル化酵素JMJD1Aのリン酸化修飾に着目し、質量分析装置を用いて、このリン酸化を取り除く脱リン酸化酵素の網羅的な解析を行った。JMJD1Aはエピゲノム修飾酵素で、遺伝子の働きを活性化する。

 その結果、新規のベージュ脂肪細胞化抑制因子として、脱リン酸化酵素の調節サブユニットであるMYPT1と触媒サブユニットであるPP1βからなる複合体を同定した。

 脂肪組織特異的なMYPT1欠損マウスを作製したところ、このマウスではベージュ脂肪細胞化が顕著に誘導されており、高脂肪糖質食を与えると、対照マウスと比べ、太りにくく、耐糖能やインスリン抵抗性の改善がみられた。

 ベージュ脂肪細胞化の抑制で、MYPT1-PP1β複合体は、JMJD1Aとミオシン調節軽鎖RLCの脱リン酸化をになうことで、JMJD1Aによるヒストン脱メチル化と転写因子YAP/TAZを介した転写プログラムを統合的に制御していることを見出した。

 「本研究により、β-AR-PKAシグナリングが、MYPT1-PP1βの活性阻害を介して、エピゲノム変化と転写因子を介した転写調節を統合的に制御することでベージュ化を誘導する仕組みが明らかになりました。研究成果は、肥満やインスリンの働きが悪くなる2型糖尿病をはじめとする生活習慣病の治療・予防法への応用が期待されます」と、研究者は述べている。

白色脂肪細胞がベージュ脂肪細胞になる仕組み

慢性寒冷刺激条件下では、MYPT1-PP1βの働きは抑制され、JMJD1AとRLCは活性化され、熱産生関連遺伝子がONになる。非寒冷環境下では、MYPT1-PP1βは活性化され、JMJD1AとRLCの働きは抑制され、熱産生関連遺伝子がOFFになる。
出典:東北大学大学院医学系研究科・医学部、2022年

東北大学大学院医学系研究科分子代謝生理学分野
MYPT1-PP1β phosphatase negatively regulates both chromatin landscape and co-activator recruitment for beige adipogenesis (Nature Communications 2022年9月29日)

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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