運動療法の保護作用は遺伝的に高リスクの2型糖尿病患者では消失 糖尿病の遺伝子環境相互作用を解明 東京大学

2024.04.10
 遺伝的に低リスクの糖尿病患者では、運動・身体活動による心血管病の保護的作用がみられるが、遺伝的に高リスクの糖尿病患者ではその抑制効果は失われ、高強度の身体活動はむしろ心血管病リスクを高めることを、東京大学などが明らかにした。

 研究は、UKバイオバンクの2万5,701人の糖尿病患者のデータを用いて、2型糖尿病の遺伝リスクと身体活動が糖尿病患者での心血管病の発症に対して及ぼす遺伝子の環境相互作用を解析したもの。

 「糖尿病患者の運動指導では、各人の遺伝リスクに応じて、個別に最適化された生活指導に結実することが期待される」と、研究者は述べている。

遺伝的に高リスクの糖尿病患者では身体活動による心血管病の保護的作用は失われる

 2型糖尿病などは、遺伝因子、食事や運動など環境因子、およびこれらの相互作用によって発症する。一般的に適度な運動習慣は、心血管病を抑制すると考えられ、日本循環器学会や米国心臓病学会、米国心臓協会、欧州心臓病学会のガイドラインでも、心血管病の予防のために1週間に7.5METs・時程度の運動(1週間に150分のウォーキングなどの軽度の運動、あるいは1週間に60分のジョギングなど中程度の運動)が推奨されている。

 しかし、遺伝的に高リスクの糖尿病患者では、身体活動による心血管病の保護的作用が失われることを、東京大学などの研究グループが明らかにした。身体活動の用量依存的な作用を解析したところ、高強度の身体活動はむしろ心血管病のリスクを高めることも示された。

 研究グループは今回、英国のUKバイオバンクのデータを用いて、2万5,701人の2型糖尿病の参加者の遺伝リスクと身体活動が糖尿病患者での心筋梗塞や脳卒中など心血管病の発症に対して及ぼす遺伝子環境相互作用を解析した。

 UKバイオバンクは、2006年~2010年に登録された英国の約50万人の参加者の遺伝因子、環境因子、血液や画像など各種検査データを網羅的に収集し追跡調査するとともに、国民保健サービス(NHS)との接続を介して、疾患の発症や死亡など病歴情報と照合できる世界有数の健康情報データベース。

 研究グループは、2型糖尿病の遺伝リスクの指標として、2型糖尿病のかかりやすさに影響する疾患感受性遺伝子変異の効果の総和であるポリジェニックリスクスコア(PRS_T2D:polygenic risk score for type 2 diabetes)を使用し、身体活動については参加者が申告した通勤、労働、余暇の運動などすべての活動を1週間あたりのMETs・時に変換して用いた。

80METs・時を超える高強度の身体活動は逆に3-pint MACEのリスクを高める

 その結果、糖尿病患者全体(2万5,701人)では1週間あたり10METs・時ずつ身体活動が高まるごとに、心血管病の複合体である「3-point MACE」(心血管病による死亡、非致死性の心筋梗塞、非致死性の脳卒中)のリスクが1.2%ずつ、統計学的に有意に減弱した。

 1週間あたり10METs・時の身体活動による3-point MACEのリスクを、PRS_T2Dにより比較したところ、低い順に25%までの群[PRS_T2D Q1]では2.4%、25%~50%の群[PRS_T2D Q2]では2.3%、それぞれ有意に減少した。遺伝的に低リスクの糖尿病患者では、運動・身体活動による心血管病の保護的作用がみられた。

 しかし、身体活動による3-point MACEのリスク抑制効果は、50%から75%の群[PRS_T2D Q3]では失われ、75%から100%までの群[PRS_T2D Q4、2型糖尿病の遺伝リスクがもっとも高い群]では、統計学的な有意差はないものの、身体活動によってリスクはむしろ0.5%高まった。

 また、restricted cubic spline解析を用いて、身体活動が心血管病に与える用量依存的な効果を検討したところ、身体活動の保護的効果は1週間あたりおよそ80METs・時で最大になることが判明した。

 しかし、PRS_T2D Q4の群では、1週間あたりおよそ80METs・時を超える高強度の身体活動は、逆に3-pint MACEのリスクを有意に高めることが示された。

 なお、糖尿病の治療としてインスリン注射を導入されている群とされていない群に分けたサブグループ解析では、高強度の身体活動による心血管病のリスク上昇は、インスリン非導入群のみで認められる可能性が示唆された。80 METs・時を超える高強度の運動は、解析対象者の12.7%で認められた。

出典:東京大学、2024年

心血管病の予防のために推奨される運動は1週間に7.5 METs・時程度

 研究は、東京大学保健・健康推進本部の平池勇雄助教、自治医科大学医学部/附属さいたま医療センターの山田朋英客員研究員、台湾の台中退役軍人総合病院/国立陽明交通大学のChia-Lin Lee准教授らの国際共同研究グループによるもの。研究成果は、「欧州心臓病学会の機関誌「European Journal of Preventive Cardiology」にオンライン掲載された。

 「全体として、PRS_T2Dと身体活動には心血管病の発症リスクに対して、統計学的に有意な遺伝子環境相互作用を示した。なお身体活動はPRS_T2Dに関わりなく、全死亡のリスクを抑制したため、この相互作用は心血管病に特異的な現象であることが示唆される」と、研究者は述べている。

 「さらに、2型糖尿病の遺伝リスクが高い糖尿病患者(PRS_T2D Q3およびQ4)では、身体活動による心血管病の保護的作用が失われ、遺伝リスクがもっとも高いPRS_T2D Q4の群では高強度の身体活動がむしろ心血管病のリスクを高めることが示された」。

 「長期的には、各人の遺伝リスクに応じて個別に最適化された生活指導を実現し"精密医療"に結実することが期待される。しかし、2型糖尿病の遺伝リスクと身体活動が糖尿病患者での心血管病の発症リスクに対して遺伝子環境相互作用をおよぼすメカニズムは現時点で分かっておらず、さらなる研究が必要となる」としている。

 また、高強度の身体活動による心血管病のリスク上昇は、インスリン非導入群のみで認められており、インスリンを用いた治療の何らかの意味での優位性が示唆されるとしている。

 なお、80METs・時を超える高強度の運動は、解析対象者の12.7%のみで認められおり、「心血管病の予防のために1週間に7.5 METs・時 程度の運動が推奨される」という現行の指針は、多くの場合で引き続き有効であると考えられるとしている。

東京大学保健・健康推進本部
Interaction between type 2 diabetes polygenic risk and physical activity on cardiovascular outcomes (European Journal of Preventive Cardiology 2024年2月22日)

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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