日本人の糖代謝異常と大腸がんリスクの関連を分析 インスリン指標のCペプチドが関連 日本分子疫学コンソーシアム
糖尿病の既往歴があると大腸がんリスクが上昇 関連は?
これまで耐糖能異常やインスリン抵抗性が、大腸がんの発がんに関与している可能性が報告されている。高血糖は、細胞内の酸化ストレスを上昇させ、がん化を誘引する可能性が指摘されている。また、高インスリン血症は、細胞増殖の促進や抗アポトーシス作用により、大腸がんのリスクを高めると考えられている。
しかし、アジア人を対象とした糖代謝異常と大腸がんのリスクを調べた大規模な疫学研究は少ない。日本人を対象とした研究では、糖尿病の既往歴があると大腸がんリスクが上がることが報告されているが、一方でインスリン関連指標のC-ペプチドと大腸がんリスクの関連は、男性で正の関連、女性では関連は認められないという報告もある。
これらの観察疫学研究では、血糖値が高い群と低い群で、大腸がんの罹患リスクを比較するにとどまり、比較する群の(血糖以外の)背景因子(たとえば、社会経済状態、人種、肥満や脂質異常などその他の生活要因)が大腸がんの罹患リスクに影響を与えている可能性(交絡)があり、調整を行っても完全には影響を排除できなかった。
また、既存研究では知られていない未知・未観察の交絡因子も想定されることから、因果関係を言及することに限界があった。
Cペプチドが増加するにつれて大腸がんリスクは増加
そこで国立がん研究センターなどの研究グループは、日本分子疫学コンソーシアム(J-CGE)より、日本人のゲノム情報を用いたメンデルランダム化(MR)解析を用いて、血中の糖代謝指標[空腹時血糖値、ヘモグロビンA1c、空腹時Cペプチド]と大腸がんリスクとの関連を分析した。
近年、前提条件を満たせば、交絡因子の影響を最小限にし、因果関係を推測できるMR法が注目されている。曝露に関連する一塩基多型(SNP)などの遺伝子多型は、メンデルの法則により生まれる時にランダムに選択されるため、リスクアレルをもつ群ともたない群の間の背景因子の分布は等しくなると想定される。MR法はこのことを利用して、曝露因子と疾病との間の因果関係について推測する研究手法。
その結果、遺伝的に予測される血糖値・HbA1cと大腸がんの関連は認められなかった。一方、統計学的に有意ではないものの、Cペプチドが増加するにつれて大腸がんのリスクは増加する傾向が認められた。
IVW法による血糖値1mg/dLの増加あたりの大腸がんのオッズ比は1.01倍[95%信頼区間 0.99~1.04]、HbA1c1%の増加あたりの大腸がんのオッズ比は1.02倍[同 0.60~1.73]で、関連は認められなかった。また、他のweighted medianやMR-Egger法などでも、血糖値・HbA1cと大腸がんのあいだには認められなかった。
一方、空腹時Cペプチドと大腸がんのMR解析(IVW法)を行ったところ、Cペプチドの対数変換値1(log-ng/mL)増加あたり1.47倍[同 0.97~2.24]と、統計学的に有意ではないものの正の関連が認められた。しかし、IVW法以外の手法では関連は認められなかった。
MR解析には、IVW法(各SNPにおける曝露のアウトカムに対する比を逆分散で重み付けして合わせることにより、全体としての曝露とアウトカムの関連の強さを求める方法)、MR-Egger法(SNPが多面的効果をもつ可能性を統計学的に考慮する方法)、weighted median法、weighted mode法、MR-PRESSO法、などさまざまな手法が提案されている。研究グループは今回、複数の手法を行うことで結果の頑健性を検証した。
血糖値と大腸がんのMR解析結果
血糖値と大腸がんの関連は認められなかった
Cペプチドと大腸がんのMR解析結果
Cペプチドが増加するにつれて大腸がんリスクの増加傾向が認められた
空腹時血糖値(1万7,289人)、HbA1c(5万2,802人)、空腹時Cペプチド(1,666人)を解析
研究グループは今回、MR解析で使用する、糖代謝に関連するSNPとして、これまで世界から報告されているSNPの情報を集めたデータベースであるGWASカタログから網羅的にSNPを同定した(空腹時血糖値:34SNP、ヘモグロビンA1c:43SNP、空腹時Cペプチド:17SNP)。これらのSNPのセットについて、まず、SNPと各糖代謝指標の関連の強さを推計した。
解析対象者は、J-CGEに含まれる多目的コホート研究(JPHC study)、東北メディカルメガバンク計画(TMM)、日本多施設共同コホート研究(J-MICC study)のなかで、ゲノム情報と糖代謝関連指標のデータを有する参加者(ただし、すでに糖尿病の診断や治療を受けている患者は除く)のデータを用いて推定した。
解析対象者は、空腹時血糖値:1万7,289人、HbA1c:5万2,802人、空腹時Cペプチド:1,666人だった。研究に用いられたSNPによって、研究参加者の空腹時血糖値のばらつきの2.48%、HbA1cの1.22%、空腹時Cペプチドの1.04%を説明できると推定した。
次に、SNPと大腸がんの関連の強さについて、JPHC、J-MICC、長野大腸がん症例対照研究(NAGANO)、愛知県がんセンター病院疫学研究(HERPACC)、およびBioBank Japan (BBJ)プロジェクトで集められた大腸がんの症例と大腸がんのない対照(コントロール)のデータを用いて推定した。解析対象者数は、症例が約8,000症例、対照が約3万8,000例だった。
上記の結果を用いて、2サンプルのMR解析(ひとつのデータセットを用いてSNP-曝露の関連を推定し、別のデータセットを用いてSNP-アウトカムの関連を推定し、それらの結果を用いて曝露とアウトカムの関連を推定する方法)を行い、各糖代謝関連指標と大腸がんの関連の強さを推定した。
日本分子疫学コンソーシアム(J-CGE) (国立がん研究センター がん対策研究所)
Investigating the association between glycaemic traits and colorectal cancer in the Japanese population using Mendelian randomisation (scientific reports 2023年4月29日)