妊娠糖尿病とPM2.5が関連 妊娠初期の曝露が影響 PM2.5が糖尿病の危険因子である可能性
PM2.5が糖尿病の危険因子である可能性
「微小粒子状物質(PM2.5)」は、大気汚染物質のひとつで、大気中に浮遊している大きさが2.5μm(1μmは1mmの1,000分の1)以下の粒子で、複数の成分(炭素成分、硫酸イオンや硝酸イオンなどのイオン成分、鉄やアルミニウムなどの無機元素成分他)から構成されている混合物質。
これまでの研究で、PM2.5と呼吸器系や循環器系の病気との関連性が認識されているが、さらにPM2.5は糖尿病の危険因子でもあるという可能性が指摘されている。
PM2.5にさらされると血糖値が上がる、インスリンの作用が鈍るなど、糖代謝に異常が生じるという報告がある。そのため、PM2.5は妊娠糖尿病の原因にもなるのではないかと考えられていた。
そこで、東邦大学、九州大学、国立環境研究所、東京都環境科学研究所による研究グループは、PM2.5と妊娠糖尿病とに関連性があるのか、とくに妊娠のいつの時期のPM2.5が影響するのかを調べる疫学研究を行った。
東京23区の妊婦8万2,773人を解析対象に
研究は、東京23区を対象地域として実施したもので、23区内生活環境中のPM2.5全体濃度とその他の汚染物質であるオゾン濃度は、複数の一般環境大気測定局の測定データを比較し、おおむね均一だったことから、晴海測定局での測定データを23区内のPM2.5全体濃度とオゾン濃度の代表値とした。
それに加えて、晴海測定局から東に5kmほどの東京都環境科学研究所で、2013年4月から測定されていたPM2.5の炭素成分(有機炭素、元素状炭素)とイオン成分(硫酸、硝酸、アンモニウムなど)の成分濃度も利用した。
対象となった妊婦集団の匿名情報は、日本産科婦人科学会による周産期登録データベースから提供を受けた。2013~2015年に東京23区内でこの登録事業に協力した39病院で単胎出産し、必要なデータが得られた妊婦8万2,773人を解析対象とした。
対象者1人ひとりについて、出産日とその日での妊娠週数から妊娠初期(0~13週)と、妊娠中期(14~27週)に該当する期間を求めて、おおむね3ヵ月の平均PM2.5濃度を推定した。妊娠前での曝露の影響を指摘する研究もあることから、妊娠前3ヵ月の平均濃度も推定した。
統計モデルを使い、PM2.5濃度や成分濃度が四分位範囲上昇した場合に、妊娠糖尿病と診断される女性が多くなるか(オッズ比)を算出した。その際、出産時年齢、妊娠した季節、出産回数、喫煙や飲酒習慣、妊娠前の肥満度、過去の妊娠糖尿病診断歴や不妊治療を勘案して、これらの背景情報の違いによる影響を取り除いた。
対象となった妊婦8万2,773人の出産時平均年齢は33.7歳で、4.8%(3,953人)が妊娠糖尿病と診断されていた。
妊娠初期のPM2.5濃度が高いと妊娠糖尿病の診断が増える
統計モデルを使用し関連性を検討したところ、妊娠初期のPM2.5全体濃度が高くなると、妊娠糖尿病と診断される例が多くなることが示された。
平均汚染物質濃度の四分位範囲(IQR)増加あたりのオッズ比(OR)と95%信頼区間(CI)を推定したところ、PM2.5全体濃度が高くなると、妊娠糖尿病の診断のORは、妊娠初期で1.09(95%CI 1.02-1.16)、妊娠前3ヵ月で0.98(同0.93-1.04)、妊娠後期で1.04(同0.98-1.11)となった。
なお、妊娠初期のPM2.5全体濃度平均は16.8μg/㎥だった。日本の環境基準では、PM2.5の曝露は1日平均値が35µg/㎥以下であることが望ましいとされている。
妊娠初期について妊娠糖尿病と関連する特定のPM2.5成分があるか調べたところ、有機炭素との関連性が示唆された。
なお海外の先行研究で妊娠糖尿病との関連性が指摘されているオゾン濃度についても検討したが、今回の研究では関連は示されなかった。
PM2.5が誘因の炎症反応や酸化ストレスが原因か?
今回、妊娠初期でのPM2.5全体濃度が相対的に高かった妊婦で、妊娠糖尿病と診断される例が多くなる傾向が示された。妊娠糖尿病との関連性は海外では報告されていたが、日本からははじめての報告となる。
妊娠糖尿病では、妊娠初期にはじまる胎盤形成の異常を認めることがある。胎盤形成の異常は、高血糖値の影響を受けたものと考えられるが、PM2.5が誘因となる炎症反応や酸化ストレスにより、血糖値が上昇するという報告もある。
先行研究でも妊娠初期での濃度との関連性が指摘されているが、それ以外の妊娠期間との関連性を示唆するものもあり、今のところ妊娠のいつの時期のPM2.5が影響するのか結論づけられていない。研究グループは、今後さらに研究を進める必要があるとしている。
また今回は、PM2.5成分のなかでも自動車エンジンから直接排出される、あるいは大気中の炭化水素が大気中で反応して生成される有機炭素との関連が認められた。有機炭素については炎症反応や酸化ストレスを誘導するという報告があるため、矛盾はないと考えられるとしている。
研究は、東邦大学医学部社会医学講座衛生学分野の道川武紘講師、西脇祐司教授、九州大学大学院医学研究院保健学部門の諸隈誠一、生殖病態生理学の加藤聖子教授、中原一成医員、国立環境研究所環境リスク・健康領域の山崎新、新田裕史名誉研究員、地域環境保全領域の高見昭憲領域長、菅田誠治室長、吉野彩子主任研究員、東京都環境科学研究所環境資源研究科の星純也副参事研究員、齊藤伸治主任研究員によるもの。
「今回、対象者の住所が分からなかったので、ひとつの測定局での測定データを全体対象者にあてはめるという簡易なPM2.5濃度評価を行いました。簡易の濃度評価ではありますが、この研究のなかではPM2.5と妊娠糖尿病との関連性は正しいものだと考えています」と、研究グループでは述べている。
「この研究時点で、妊娠初期のPM2.5全体濃度平均は16.8μg/㎥でしたが、PM2.5濃度は年々低くなる傾向にあり、現在、東京23区内でのPM2.5濃度は環境基準である年平均15μg/㎥を下回る濃度になっています。今後、環境基準を下回ってからのデータを利用して再評価する必要があるだろうと考えています」としている。
東邦大学医学部社会医学講座衛生学分野
九州大学大学院医学研究院保健学専攻
国立環境研究所環境リスク・健康領域
Maternal Exposure to Fine Particulate Matter and Its Chemical Components Increasing the Occurrence of Gestational Diabetes Mellitus in Pregnant Japanese Women (JMA Journal 2022年9月26日)