高次構造をもつ腎臓をES細胞から作るのに成功 腎臓再生に向け前進 熊本大学
腎臓の高次構造を多能性幹細胞から構築するのにはじめて成功
研究は、熊本大学発生医学研究所の西中村隆一教授、谷川俊祐氏、田中悦子氏らの研究グループによるもの。研究成果は、科学誌「Nature Communications」にオンライン掲載された。
腎臓は、多数に分岐する管の周囲に濾過をつかさどる装置が配置された、複雑で高次な構造をもつ臓器で、この高次構造は、「ネフロン前駆細胞」「尿管芽」「間質前駆細胞」という3種類の前駆細胞から作られる。
研究グループはこれまで、この3つのうち2つの前駆細胞(ネフロン前駆細胞と尿管芽)を多能性幹細胞(マウスES細胞やヒトiPS細胞)から誘導する方法を確立してきた。
今回の研究で、マウスES細胞から間質前駆細胞を誘導する方法を開発した。さらに誘導した間質前駆細胞を、同じくマウスES細胞から誘導したネフロン前駆細胞と尿管芽と組み合わせることで、完全にマウスES細胞由来の腎臓の高次構造を構築することに成功した。作った腎臓組織をマウスに移植すると、血管が進入し、成熟がさらに進んだ。
研究は、腎臓という複雑臓器特有の高次構造を、試験管内で完全に多能性幹細胞のみから構築することに成功したはじめての例となる。
「研究は、間質前駆細胞の誘導法を確立し、他の2種類の前駆細胞と組み合わせることで、完全に多能性幹細胞由来の腎臓の高次構造構築を実現したものです。腎臓という複雑な臓器本来の高次構造を試験管内で多能性幹細胞から構築することに成功したはじめての例であり、ヒトあるいは他臓器への応用が期待されます」と、研究グループでは述べている。
ヒトのiPS細胞に適用すればヒト腎臓の高次構造も作れるはず
腎臓の高次構造を作り上げているネフロン前駆細胞・尿管芽・間質前駆細胞の3つの前駆細胞のうち、ネフロン前駆細胞は血液を濾過して尿を産生する重要な装置であるネフロン(糸球体や尿細管)に分化する。一方、尿管芽は多数に分岐して集合管と呼ばれる尿の排泄路を作り、その分岐の先端で各々のネフロンとつながる。
これらネフロンや集合管の隙間を埋めるのが間質であり、3番目の間質前駆細胞から作られる。しかし、この間質前駆細胞は、ネフロンの分化や尿管芽の分岐をコントールする役割ももつため、これがないと腎臓の高次構造は形成されない。
研究グループは2014年に、マウスES細胞およびヒトiPS細胞からネフロン前駆細胞の誘導法を確立して、ネフロンを含む腎臓組織の作製に世界に先駆けて成功した。さらに2017年には、尿管芽を多能性幹細胞から誘導する方法を発表している。
今回の研究では、間質前駆細胞を多能性幹細胞から誘導する方法を確立し、ネフロン前駆細胞および尿管芽と組み合わせることで、多能性幹細胞から高次構造を有する腎臓を作ることを目的とした。
まず、胎児期のマウス腎臓を用いて、間質前駆細胞に特徴的な遺伝子群やその発生メカニズムを同定した。次に、間質前駆細胞の起源である後方中間中胚葉と呼ばれる組織を抗体を用いて単離する方法と、それを間質前駆細胞まで誘導する培養条件を確立した。
これらをもとに、マウスES細胞から後方中間中胚葉を経由して間質前駆細胞を誘導する方法を開発した。この誘導した間質前駆細胞を、同じくES細胞から誘導したネフロン前駆細胞および尿管芽と組み合わせて試験管内で培養することで、多数に分岐する集合管の周囲にネフロンが配置された腎臓本来の高次構造を作ることに成功した。
この腎臓組織をマウスに移植すると、血管が進入してさらに成熟し、濾過機能に重要なメサンギウム細胞や血圧調節をになうレニン産生細胞など特殊な間質細胞もES細胞から分化した。
つまり、腎臓形成に必須な3つのピースのうち欠けていた3つ目(間質前駆細胞)の誘導法を確立することで、完全に多能性幹細胞由来の高次構造をもつ腎臓を構築することに成功した。
「間質前駆細胞の誘導法をヒトのiPS細胞に適用すれば、高次構造をもつヒト腎臓を作れるようになるはずであり、将来の移植可能な腎臓作製に向けた重要な技術基盤になります。また、より本物に近い腎臓を作ることで、病態の再現や創薬への貢献も期待されます」と、研究グループでは述べている。
「分岐する管構造の周囲に機能ユニットが配置されるという高次構造は、腎臓に限ったものではなく、肺や肝臓、膵臓など多くの臓器に共通しています。今回用いた間質前駆細胞誘導法の原理を応用すれば、他臓器でも同様の高次構造を試験管内で作れるようになる可能性があります」としている。
熊本大学発生医学研究所 腎臓発生分野
Generation of the organotypic kidney structure by integrating pluripotent stem cell-derived renal stroma (Nature Communications 2022年2月1日)