糖尿病網膜症を測れる「スマートコンタクトレンズ」の開発へ 糖尿病患者の涙中糖度をワイヤレスで計測
糖尿病患者の涙中糖度をワイヤレスで高感度に計測
涙に含まれる生化学成分は、夾雑物を多く含むため、一般的に反応選択性を有する酵素電極が用いられ測定されるが、涙中糖度は濃度が極端に低いため、得られる信号は微弱だ。
そのため涙中糖度をワイヤレスで測ることは非常に困難で、既存の技術ではセンサの特性を示すのみにとどまっていた。
早稲田大学の研究グループは今回、新たに開発した繊維型酵素センサを回路に組み込むことで、ワイヤレスで高感度に計測することに成功した。
新しい原理のワイヤレス回路を開発し、センサ感度を2,000倍に改善するのに成功。このシステムには、検出器側に負性抵抗を搭載することで効果をえるため、従来型センサ回路をそのまま利用できるという特徴もある。
健常者の涙中糖度は0.1~0.3mM(平均値0.16±0.03mM)、糖尿病患者の涙中糖度は0.15~0.6mM(平均値0.35±0.04mM)だが、新たに開発した技術では、0.1~0.6mMの糖度をワイヤレスで見分けることが可能となった。
国内では失明原因第2位、グローバルでは失明原因第1位になっている糖尿病網膜症の、ワイヤレス計測が実現でき、糖尿病患者の治療や予防、健康管理に利用できることを実証したとしている。
さらに、この新しい計測システムにより、皮膚を介した血中乳酸の計測も実現したため、2.0mM以上で致死率が増加する敗血症のモニタリングへの応用も期待される。
スマートコンタクトレンズに搭載し、糖尿病網膜症をワイヤレスで計測
研究グループは今後、「スマートコンタクトレンズ」への搭載などを視野に入れて開発を進め、新産業の創出につなげたいとしている。
今後はこの研究成果の事業化に向け、開発した計測レンズを用いて医学部眼科と共同で臨床試験に取り組むことを計画している。さらに、同プロジェクトにご興味のある企業からの問い合わせにも対応するとしている。
コンタクトレンズは、屈折異常を矯正して視力を補強するウェアラブルな高度医療機器としての利用が一般的だが、近年、これらレンズと電子デバイスを組み合わせた「スマートコンタクトレンズ」の開発が活発化している。
その使途用途は、主に▼視覚拡張機器、▼生体情報計測機器、▼疾病治療機器に大別され、これら新市場に向けた材料・デバイス・システム開発が進められている。
これまで海外の新興企業がスマートコンタクトレンズのプロトタイプを開発しているが、ワイヤレスシステムの設計であり、この仕様をどうするかによって性能(センサ機能、検出方式消費電力)と価格(センサレンズ、ワイヤレス計測器、レンズ素材)が大きく異なってくるという課題があった。
研究は、早稲田大学大学院情報生産システム研究科の高松泰輝氏、三宅丈雄教授の研究グループによるもの。研究成果は、「Advanced Materials Technologies」にオンライン掲載された。
研究は、日本医療研究開発機構(AMED)、研究成果展開事業大学発新産業創出プログラム(START)大学・エコシステム推進型大学推進型、東電記念財団、カシオ科学振興財団、キヤノン財団の助成によって実施された。
微弱な生体信号をワイヤレスで測る新しい原理の共振結合回路システム
涙に含まれる糖度(グルコース)を計測する場合、計測対象は微弱な信号変化(0.1~0.6mM)となるため、既存技術(Loss-Loss結合回路)での読み取りでは、グルコース濃度にともなう共振特性の変化率(感度)を読み取るのは極めて難しかった。
そこで研究グループは、量子効果を取り入れたパリティ・時間(PT)対称性共振結合回路(Gain-Loss結合回路、並列接続)を新たに開発することで、共振結合系の高Q値化を実現し、共振回路型バイオセンサ(化学抵抗器:数百 Ω)での微弱な抵抗変化(数Ω,これまでは計測が困難な信号)を増幅しながら測る、ワイヤレス計測システムを開発した。
このGain-Loss結合回路を用いた場合、結合系のQ値を理想的に高くすることができるため、高感度なワイヤレス計測が可能にまる。しかし、既存技術の回路系(直接接続)では、センサ側に溶液抵抗を含む高抵抗な糖度センサ(化学抵抗器(R1):数百 Ω)を直接組み込むことはできず、よって微弱な抵抗変化(r:数Ω)を共振回路特性に反映することは困難だった。
そこで、Gain-Loss結合のセンサ側に2極式バイオセンサ(化学抵抗器)を並列に接続することで、共振回路の振幅変調(AM)を実現した。また、並列接続共振回路でのパリティ・時間(PT)対称性について理論的な成立を証明し、実験的に結合系Q値の増加(高感度化)、および微弱な生体信号をワイヤレスで計測するに成功した。
「本システムは、センサ側の抵抗値(R1)と極性の異なる負性抵抗を検出器に設置するだけで良いため、既存のセンサをそのまま利用できことが特徴です。また、センサ側に電源を設置することが不要となるため、使い捨てレンズなどの消耗品センサの単価を抑えることが可能となります。なお、本ワイヤレス計測システムは、ヒトのみを対象とするものでなく、犬などのペット産業にも応用することができます」と、研究グループでは述べている。
「さらに、本ワイヤレス計測の仕組みは、上述した体表計測に加え、体内への応用にも技術的優位性を示します。一般的に、体内埋め込みデバイスへのワイヤレス給電およびワイヤレス計測を実現する際、皮膚で交流電場のエネルギー吸収が生じるため(誘電損失)、給電効率および計測感度が著しく低下します。一方、PT対称性の仕組みを利用すると、皮膚抵抗を加味した負性抵抗を調整(チューニング)できるため、高いセンサ感度を維持させたままワイヤレス計測が可能となります」としている。
早稲田大学大学院情報生産システム研究科
Wearable, Implantable, Parity-Time Symmetric Bioresonators for Extremely Small Biological Signal Monitoring (Advanced Materials Technologies 2023年4月8日)