n-3系脂肪酸のEPAが神経障害や炎症性疼痛に有効 副作用が少なく有効な鎮痛効果 トランスポーター創薬に期待

2022.07.26
 岡山大学は、魚油やアマニ油などに含まれるn-3系多価不飽和脂肪酸(PUFA)のエイコサペンタエン酸(EPA)が、神経障害性や炎症性疼痛に有効であることを、分子メカニズムで解明した。

 EPAが、小胞型ヌクレオチドトランスポーター(VNUT)を阻害し、神経障害性と炎症性疼痛、インスリン抵抗性を改善するという。

 EPAは既存の医薬品よりも副作用が少なく有効な鎮痛効果を発揮した。EPAは医薬品として利用されており、適応拡大(ドラッグリポジショニング)に向けた臨床試験への展開なども期待できるとしている。

EPAは神経障害性疼痛に有効 メカニズムを解明

EPAは強力なVNUT阻害剤であることを確認
出典:岡山大学、2022年

 岡山大学は、魚油やアマニ油、エゴマ油などに含まれるn-3系多価不飽和脂肪酸(PUFA)であるエイコサペンタエン酸(EPA)が、小胞型ヌクレオチドトランスポーター(VNUT)を阻害することで、神経障害性や炎症性疼痛を予防・改善できることをモデル動物で見出した。

 EPAが神経障害性や炎症性疼痛に有効であることはこれまで報告されていたが、その分子メカニズムは不明だった。研究により、必須栄養素のEPAが慢性疼痛を予防・改善する分子メカニズムを解明した。

 EPAは医薬品として利用されており、適応拡大(ドラッグリポジショニング)に向けた臨床試験への展開なども期待できる。今後、神経障害性や炎症性疼痛を予防・治療できる医薬品や健康食品の開発につなげたいとしている。

 慢性疼痛は軽微なものを含めると、世界人口の20~25%の罹患者がいるとされ、その医療費は世界で年間600億ドルに上り、毎年100億ドルずつ増加すると推定されている。

 このうち、がん、糖尿病、ウイルス感染などの神経障害が原因の神経障害性疼痛や、がん、痛風、リウマチなどによる炎症が原因の炎症性疼痛は、耐え難い慢性疼痛だ。

 既存医薬品では鎮痛効果が十分であるとはいえず、モルヒネなどのオピオイド製剤や一般的な鎮痛薬のNSAIDsでは神経障害性疼痛に十分に奏効せず、また、神経障害性疼痛治療薬ではめまいや傾眠、意識消失などの副作用があり、患者のQOLを著しく低下させるおそれがある。疼痛管理は臨床的に重大な課題だが、副作用の少ない、効果的な鎮痛薬はみつかっていない。

 一方、EPAは、1970年代のデンマーク人とグリーンランドのイヌイットの疫学調査以降、多くの基礎・臨床研究により、神経保護効果、心血管保護効果、抗炎症効果によって、慢性疼痛やうつ病、高脂血症や動脈硬化、糖尿病、慢性炎症などに有効であることが報告されている。

 EPAはアラキドン酸カスケードに関わるシクロオキシゲナーゼ(COX)を拮抗阻害することで、炎症促進作用や発痛増強作用をもつプロスタグランジンの産生を抑制することが知られている。

 しかし、EPAは神経障害性疼痛に有効であるにもかかわらず、COX-2阻害剤(非ステロイド性抗炎症薬:NSAIDsなど)では神経障害性疼痛に奏効しにくいなどの分子メカニズムの矛盾があり、これまでの分子標的だけでは全てのEPAの薬理効果を説明できていなかった。

VNUTがEPAの分子標的 神経障害・慢性炎症・インスリン抵抗性を改善

VNUTは神経障害性疼痛の予防と治療に有効

プリン作動性化学伝達の役割
出典:岡山大学、2022年

 研究グループはこれまで、小胞型ヌクレオチドトランスポーター(VNUT)や、その選択的阻害剤を同定し、VNUT阻害は神経障害性や炎症性疼痛、慢性炎症、インスリン抵抗性や高血糖を改善できることを明らかにしてきた。

 トランスポーター(輸送体)は、生体膜を貫通しているタンパク質のうち、物質の輸送を担うタンパク質の総称。そのうちVNUTは、分泌小胞のATP濃縮を司っており、プリン作動性化学伝達の必須因子のひとつ。

 VNUTは、神経や内分泌、免疫細胞の分泌小胞に局在し、膜電位差を駆動力として塩化物イオン依存的にATPを小胞内に輸送する。分泌小胞が開口放出されると、ATPやその代謝物がプリン受容体に結合し、下流に情報を伝達する。この伝達様式をプリン作動性化学伝達といい、伝達異常によって慢性疼痛やうつ、代謝異常や慢性炎症などを引き起こす。

 EPAの薬効は、これまで見出してきたVNUT阻害剤の薬効と極めて類似しているため、研究グループは、VNUTがこれまでの薬理効果の矛盾を説明できるEPAの分子標的であると仮説を立て研究を行った。

 まず、トランスポーターの独自の評価技術を用いて、EPAがVNUTのATP輸送活性を阻害するかを評価した。ヒトVNUTタンパク質を精製し、人工膜小胞に組み込むことで、単一のヒトVNUTタンパク質を含む人工膜小胞を調製した。

 この小胞を塩化物イオン存在下で、膜電位差依存的なATP輸送活性を測定した結果、極めて低濃度(半数阻害濃度IC50=67nM)のEPAでVNUTのATP輸送活性がほとんど阻害されることを見出した。

 構造が類似したn-3系PUFAやEPA代謝物の一部でもVNUTは阻害された一方で、n-3系PUFAのもう1つの代表格であるドコサヘキサエン酸(DHA)、炎症性脂質メディエーターを産生するn-6系PUFAの代表格であるアラキドン酸では、VNUTを強く阻害しなかった。

 さらに、塩化物イオンはATPを小胞内に輸送するVNUTのアロステリック調節因子だが、EPAはこの塩化物イオンに対して競合的に阻害するアロステリック阻害剤であることを突き止めた。

 アロステリック調節因子は、タンパク質の基質結合部位と立体構造上異なる部位(アロステリック部位)に結合する低分子の調節因子。この調節因子が結合することで、タンパク質の活性が変化する。

EPAはプリン作動性化学伝達を遮断することで神経障害性疼痛を改善

EPAはVNUTを標的に神経障害性疼痛を改善する
出典:岡山大学、2022年

 研究グループは次に、神経障害性疼痛の発症に関与する神経細胞でATP放出の遮断効果を検証した。その結果、低濃度のEPAは神経細胞からのATPの開口放出を完全に阻害することを明らかにした。その他の伝達物質の開口放出は阻害しなかったため、EPAはプリン作動性化学伝達を選択的に遮断できることが示された。

 そこで、抗がん剤誘発性神経障害性疼痛モデルの野生型マウスとVNUT遺伝子破壊マウスでEPAの薬効を評価した。化学療法治療を受ける患者の多くは、6ヵ月以内に神経障害性疼痛などの副作用を生じることが知られており、副作用の軽減は化学療法治療の重要な課題のひとつだ。

 VNUT遺伝子破壊マウスでは、野生型マウスに比べて、抗がん剤(パクリタキセル)により誘発される神経障害性疼痛が軽減し(治療効果)、さらにその発症が大幅に遅延すること(予防効果)を明らかにした。

 神経障害性疼痛の代表的な既存医薬品(プレガバリンやデュロキセチン)は、めまいや傾眠、意識消失などの副作用が報告されている。野生型マウスにEPAを投与すると、既存医薬品よりも鎮痛効果が高いこと、また、既存医薬品における傾眠などの副作用がEPAでは観察されないことが明らかになった。

 VNUT遺伝子破壊マウスではEPAの薬効が消失したことから、EPAはプリン作動性化学伝達を遮断することで、神経障害性疼痛を改善できることが明らかになった。興味深いことに、EPAは神経障害性疼痛だけでなく、神経障害によって生じるインスリン抵抗性や、炎症性疼痛もVNUTを標的に改善できることも分かった。

新規VNUT阻害剤 新しいタイプのトランスポーター創薬につながると期待

 今回の研究より、EPAやその代謝物は生理的なVNUT阻害剤であり、VNUT阻害により神経障害性疼痛や炎症性疼痛、インスリン抵抗性を予防・治療できることが動物実験で明らかになった。

 EPA製剤はすでに脂質異常症や動脈硬化症の治療で臨床応用されており、また、健康食品としても広く利用されているため、すでにヒトに対する安全性は実証されている。実際には、VNUT遺伝子破壊マウスは野生型マウスと比べて、重篤な症状はこれまでにみつかっていない。

 さらに、これらの疾患に対してEPA+DHA製剤よりもEPA製剤の方が有効であるとも報告されている。DHAはEPAほど強くVNUTを阻害しなかったため、このような研究報告はVNUTの重要性を強く支持しているといえる。

 研究は、岡山大学自然生命科学研究支援センターゲノム・プロテオーム解析部門、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(薬学系)膜輸送分子生物学分野の宮地孝明研究教授、加藤百合特任助教(現:九州大学薬学研究院助教)、原田結加特任助教、東京農業大学応用生物科学部の岩槻健教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」に掲載された。

 「トランスポーター(輸送体)創薬は技術的な難しさから、まだ萌芽的な研究領域であり、その開発例も多くありません。私の研究室では、独自の研究技術・基盤を用いて、トランスポーターを標的に生活習慣病の予防や治療に役立つ薬学・栄養学的な研究に取り組んでいます」と、宮地研究教授は述べている。

 「これまでに栄養と医薬品から作られた"ニュートラシューティカルズ"という言葉が提唱されていますが、EPAはそのひとつとして代表的と言えます。また、新しい薬効の適応拡大により既存医薬品を有効利用するドラッグリポジショニングは、開発期間の短縮や開発コストの低減などにつながります」と、研究者は述べている。

 また、プリン作動性化学伝達は、がん、アルツハイマー病、うつ病、潰瘍性大腸炎、肝炎などのさまざまな難治性疾患の発症に関与しており、EPAやその代謝物はVNUTを標的にこれら疾患にも有効であると考えられるという。さらに、新しいVNUT阻害剤の開発は生活習慣病に対する全く新しいタイプのトランスポーター創薬につながると期待されるとしている。

岡山大学自然生命科学研究支援センター ゲノム・プロテオーム解析部門
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(薬学系)膜輸送分子生物学分野
Vesicular nucleotide transporter is a molecular target of eicosapentaenoic acid for neuropathic and inflammatory pain treatment (Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 2022年7月19日)

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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