ステロイドが新生血管病変に与える二面性を解明 病的血管新生の抑制と修復的な血管再構築の阻害 糖尿病網膜症など 京都大学
コルチコステロイドなどの抗炎症薬の投与は、病的血管新生を鈍化させる一方で、投与時期によっては、網膜の内在性の血管修復メカニズムを損なう可能性があることが、京都大学などの研究で明らかになった。
抗炎症薬には二面性があり、免疫の有益な機能を保ちながら、過剰な炎症反応を抑えるために、適切なタイミングの投与が重要となると、研究グループは述べている。
ステロイドは病的血管新生を抑制するが、修復的な血管再構築を損なう
コルチコステロイドなどの広域スペクトル抗炎症薬の投与は、病的血管新生を鈍化させる一方で、投与時期によっては、網膜の内在性の血管修復メカニズムを損なう可能性があることが、京都大学などの研究で明らかになった。
ある特定の自然免疫細胞は、病的血管新生を増強させる一方で、別の自然免疫細胞は新生血管を排除する役割があることが示された。
研究は、京都大学医学部附属病院眼科の畑匡侑特定講師(研究当時:モントリオール大学博士研究員)、モントリオール大学のPrzemyslaw Sapieha教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「PNAS」にオンライン掲載された。
抗炎症治療はタイミングによってはまった異なる結果になりえる
糖尿病性網膜症、新生血管型加齢黄斑変性、未熟児網膜症などの網脈絡膜血管障害は、世界の失明原因の上位を占めている。これらの疾患では組織炎症をともない、細胞傷害だけでなく、組織リモデリングに関連しているとみられているが、これまでその詳細は不明だった。
網膜の恒常性維持には、自然免疫の働きが重要だ。糖尿病網膜症や加齢黄斑変性などの網膜疾患では、マイクログリアや単球などの自然免疫細胞が、病的な血管新生や損傷を受けた視細胞を除去するなど、破壊的プロセスのみならず修復的なプロセスの両方に関与している。
この二重の役割を考慮すると、免疫の有益な機能を保ちながら、過剰な炎症反応を抑えるために、抗炎症治療の適切なタイミングが重要となると研究グループは考えた。
コルチコステロイド、とくにグルココルチコイドは、強力な免疫調整作用を持ち、眼疾患を含むさまざまな分野で使用されている。しかし、その幅広い効果のため、しばしば基礎疾患のメカニズムが明確でない場合に使用される。
研究グループは今回、さまざまな網膜疾患の治療で一般的に用いられるデキサメタゾンが、網膜の組織再構築に与える影響について調査した。
まず、酸素誘導網膜症マウスモデルに対してデキサメタゾンを眼内投与することで、抗炎症作用が病的血管新生および血管リモデリングに与える影響を検討した。この実験モデルは、病的な血管新生を再現してあり、糖尿病網膜症、加齢黄斑変性、悪性腫瘍の研究分野で広く利用されている。
デキサメタゾンを病的血管新生の形成初期に投与すると、新生血管の形成が抑制された。その一方で、デキサメタゾンを病的血管新生の退縮期に投与すると、修復に必要な炎症反応が低下し、特定の骨髄系細胞の働きが抑制され、血管再構築を阻害することも確認した。
遺伝学的手法により、CX3CR1を発現するミクログリアが血管新生に関与すること、さらにその一方で、LysMを発現する骨髄系細胞は、損傷した血管や病的な新生血管の部位に集まり、網膜の血管構造の修復過程に関与していることを明らかにした。
「網膜症の病的血管新生の増悪は、自然免疫系によって誘導されるが、新生血管退縮期の炎症を抑制すると、有益な血管の再構築が損なわれる可能性があることが示唆されました。今後は、抗炎症薬の二面性に配慮し、とくに持続的な新生血管が関わる病期での使用についてはさらなる検討がされるべきです」と、研究者は述べている。
「炎症は一概に悪とは言えず、例えば組織修復においては有益なものであることが知られています。今回は、同一疾患に対する抗炎症治療が、タイミングによってはまった異なる結果になりうるところが非常に面白いと思っています。本研究はマウスを使った実験結果ですが、実際の患者さんでも同様のことが起こっているかを検証しているところです。今後も、難治性疾患の様々な病態について、動物実験に加え患者さんデータを用いて検証を重ね、疾患をより深く理解し治療応用へとつなげることを目指しています」としている。
京都大学医学部附属病院眼科
Corticosteroids reduce pathological angiogenesis yet compromise reparative vascular remodeling in a model of retinopathy (Proceedings of the National Academy of Sciences 2024年12月18日)