日本の1型糖尿病患者のインスリン枯渇に関わる遺伝子を解明 14年間の経年調査でインスリン枯渇速度の個人差を確認 高リスク患者を予測し早期介入

2025.06.17
 近畿大学、国立国際医療研究センターなどの研究グループは、日本ではじめて行われた1型糖尿病の多施設共同前向き研究で、発症後最長14年にわたる経年調査の結果を解析した結果、1型糖尿病の発症からインスリン分泌が完全に枯渇するまでの期間は一様でなく、個人差があることを確認し、さらにインスリン枯渇までの期間に関わる遺伝子を特定し、遺伝子の型とインスリン枯渇速度の関係性を世界ではじめて明らかにしたと発表した。研究成果は、「Diabetes Care」にオンライン掲載された。

 研究により、サブタイプ診断、HLA遺伝子型、BMIやGAD抗体といった簡易臨床指標を組み合わせることで、インスリンが枯渇にいたる速度が予測可能であることが示された。これにより、早期にリスクが高い患者を抽出し、治療法選択の検討などに役立つことが期待されるとしている。

1型糖尿病の発症後のインスリン枯渇の経過を追跡して調査
日本人特有の1型糖尿病の病態を明らかに

 研究は、近畿大学医学部内科学教室(内分泌・代謝、糖尿病内科部門)の能宗伸輔臨床教授、池上博司名誉教授、国立国際医療研究センター糖尿病内分泌代謝科の梶尾裕氏(糖尿病総合診療センターセンター長)らによるもの。

 1型糖尿病では、発症時に一部残存しているインスリン分泌が、完全に枯渇してしまうまでの期間にばらつきがある。日本人の1型糖尿病は、この期間に応じて「急性発症」、「緩徐進行」、「劇症」の3つのサブタイプに分類されている。

 欧米ではもっとも急速にインスリンが枯渇する「劇症」についてはほとんど報告がなく、「急性発症」についても、日本人は欧米人に比べてインスリンが完全に枯渇している患者が多いとされており、これまで1型糖尿病が発症してからインスリン分泌が低下する経過を長期に追跡した研究はなく、詳細な臨床経過は不明だった。

 日本人は一般的に、欧米人に比べて膵臓のβ細胞が脆弱とみられており、1型糖尿病の根治療法を確立するためには、欧米とは異なる独自のアプローチが必要となる。

 そのため、国立国際医療研究センターと日本糖尿病学会1型糖尿病委員会は、日本初の1型糖尿病研究「TIDE-J(Japanese type 1 diabetes database)」を2011年から開始し、現在も継続している。

 「TIDE-J」は、研究の基礎となる遺伝子や臨床像を合わせたデータベースを整備する多施設共同コホート研究。

 研究グループは今回、1型糖尿病の発症後、インスリン分泌が低下していく自然経過をサブタイプ別に最長14年間追跡して調査し、欧米人にはみられない日本人特有の1型糖尿病の病態を明らかにした。

インスリン枯渇にいたる期間に個人差が
発症後のインスリン分泌低下の速度をサブタイプ別に予測

 その結果、もっとも典型的な経過を辿るサブタイプである急性発症1型糖尿病では、発症後10年で約7割の患者で、インスリンが血液中に検出できなくなるほど低下する「完全枯渇」にいたるが、さらに詳細に調査したところ、同じ急性発症でも枯渇にいたる期間に個人差があり、急速に低下する症例、緩徐に低下する症例、その中間に当たる症例があることが判明した。

 さらに、サブタイプ別にインスリン枯渇にいたる期間に与える予測因子を多変量解析により検討し、遺伝因子として1型糖尿病の発症にもっとも強く関わるHLA遺伝子の型や、BMIや自己抗体といった臨床因子が関与していることが明らかになり、発症後のインスリン分泌低下の速度を予測することが可能であることが証明された。

 1型糖尿病の合併症の進展を予防するために、インスリン分泌を長く保ち、血糖値を安定させることが重要になる。今回の研究の成果により、近い将来に1型糖尿病のサブタイプ別にインスリンが枯渇するまでの期間を予測できるようになり、今後の新規治療を含めた早期介入に貢献することが期待されるとしている。

1型糖尿病のインスリン枯渇速度の比較
A:1型糖尿病のサブタイプ別、B:急性発症のHLA遺伝子型別
出典:近畿大学、2025年

HLA遺伝子型が1型糖尿病の発症後のインスリン分泌の枯渇速度に関連

 研究グループは今回、2010年11月~2023年9月に、発症から5年以内の1型糖尿病患者314人(急性発症 165人、緩徐進行 105人、劇症 44人)を対象に、身長、体重、性別、年齢、発症年月日、病型、HbA1c、空腹時血糖、空腹時血清Cペプチド、膵島自己抗体(抗GAD抗体、抗IA-2抗体、抗ZnT8抗体、インスリン自己抗体)、甲状腺機能、甲状腺自己抗体(抗Tg抗体、抗TPO抗体、TRAb)、インスリン治療内容、HLA遺伝子型などを調査した。

 研究グループが、まずサブタイプ別(急性発症、緩徐進行、劇症)に解析した結果、発症から5年経過した時点で、血中のインスリン濃度が測定限界以下に到達する割合は、急性発症 43.1%、緩徐進行 9.1%、劇症 93.2%となった。各サブタイプが発症から枯渇にいたるまでの詳細な経過を、前向き研究によりはじめて解明した。

 1型糖尿病は、膵臓のβ細胞に対する免疫応答を起こすことによって発症し、遺伝因子として特定のHLA遺伝子型をもつと発症率が高くなる。HLA(ヒト白血球型抗原)は、白血球の表面に発現する分子で、その遺伝子多型が自己反応性T細胞を増やし、自己免疫疾患の発症に関与しているとみられている。

 今回の研究で、HLA遺伝子型は発症後のインスリン分泌の枯渇速度に関連していることも分かり、HLA遺伝子型の違いにより、同じ急性発症1型糖尿病のなかでも、インスリン分泌の枯渇速度に差があり、3群に分かれることが明らかになった。

 また、緩徐進行1型糖尿病の場合は、HLA遺伝子型以外にインスリン分泌に影響を与える臨床因子もインスリン分泌の枯渇速度に影響し、低BMI(体格指数)や、自己抗体の一種であるGAD抗体が陽性である場合、枯渇までの期間を早めることも明らかになった。

 発症後数十年にわたり、インスリン分泌が枯渇にいたらない欧米と異なり、日本人急性発症の7割以上が、発症10年以内に完全に枯渇することから、1型糖尿病の進展に人種差・民族差のがあることが証明されおり、欧米の1型糖尿病は日本の急性発症に類似しているため、欧米でも同様にHLA遺伝子型が病態進展の多様性に関与している可能性があるとしている。

サブタイプ診断、HLA遺伝子型、BMI、GAD抗体を組み合わせることでインスリン枯渇の速度は予測可能

 今回の研究により、サブタイプ診断、HLA遺伝子型、BMIやGAD抗体といった簡易臨床指標を組み合わせることで、インスリンが枯渇にいたる速度が予測可能であることが明らかになった。これにより、早期にリスクが高い患者を抽出し、治療法選択の検討などに役立つことが期待されるとしている。

 「これまで日本人の1型糖尿病は、欧米人と比べて血中のインスリンがまったく測定できなくなるほど低下(完全枯渇)してしまう頻度が高いと言われてきましたが、国内の多数の糖尿病専門施設が参加する共同研究であるTIDE-Jによって、はじめて発症から前向きに追跡調査を行い、詳細な実態が明らかになりました」と、能宗伸輔臨床教授は述べている。

 「欧米における自己免疫性1型糖尿病にあたる急性発症1型糖尿病や、欧米でも類似の病態がある緩徐進行1型糖尿病だけでなく、東アジアを除いてほとんど報告のない劇症1型糖尿病も含めた3つのサブタイプの臨床経過を詳細に比較した検討は世界でも類を見ない貴重な研究成果と言えます。3つのサブタイプが完全枯渇になるまでの臨床経過を明らかにしたうえで、それぞれのサブタイプのなかにも進展に個人差(多様性)があること、さらにその予測因子として遺伝因子の関与が明らかになったという成果が国際的な学術誌に認められたということになります」。

 「これまで1型糖尿病の治療は、発症後に低下したインスリン分泌を注射で補うか、膵臓・膵島移植を行うしかありませんでしたが、米国ではついに将来1型糖尿病を発症するリスクが高い症例に対して発症遅延を目的とした免疫療法が承認され、発症メカニズムに直接介入してインスリン分泌を保護する試みが臨床応用されています。今後、日本における1型糖尿病の病態進展の多様性に関わる予測因子を、TIDE-J研究によりさらに解明し、早期治療介入・病態進展予防につなげたいと思います」としている。

 なお、研究は「日本人1型糖尿病の包括的データベースと収集検体を用いた臨床研究への展開」という課題名で、倫理申請がされている。

近畿大学医学部 内分泌・代謝・糖尿病内科
日本人1型糖尿病の包括的データベースの構築と臨床研究への展開~TIDE-J~(国立国際医療研究センター 糖尿病研究センター)
一般社団法人 日本糖尿病学会 学術調査・研究
New genetic clues explain speed of insulin depletion in Japanese patients with type 1 diabetes (近畿大学 2025年6月16日)
Rapid and Slow Progressors Toward β-Cell Depletion and Their Predictors in Type 1 Diabetes: Prospective Longitudinal Study in Japanese Type 1 Diabetes (TIDE-J) (Diabetes Care 2025年6月13日)

[ TERAHATA / 日本医療・健康情報研究所 ]

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