高血糖による「糖尿病性筋萎縮」の病因解明 骨格筋の幹細胞「サテライト細胞」の増殖能力が衰えるのが原因 高血糖が筋肉の再生能力を低下
骨格筋の幹細胞である「サテライト細胞」は、筋の再生で中心的な役割を担っており、その増殖能力が衰えると、筋の再生能力の低下し、筋肉の萎縮につながる。
グルコース(糖)は細胞が増殖する上で大切な、エネルギー源(ATP)と部品(核酸)の前駆体だが、糖の濃度が高いと、サテライト細胞の増殖能力は低下することを明らかにした。
高血糖による骨格筋の萎縮(糖尿病性筋萎縮)の病因解明と治療方法の開発につながる可能性がある。
高血糖が筋を再生させるサテライト細胞の増殖力を低下させる
骨格筋は、肉離れや外傷によって損傷しても速やかに修復できる再生能力に富んだ臓器だ。筋の再生で中心的な役割を担うのは、「サテライト細胞」と呼ばれる骨格筋の幹細胞。
サテライト細胞は、筋線維(筋細胞)の外側表面に存在している。ふだんは分裂を行っていないが、筋線維が刺激を受けると、再生・肥大に必要な筋核数を確保するため、細胞周期に入って増殖を繰り返す。その後、ほとんどの細胞は融合して筋線維へと分化することで、筋線維を修復する。
サテライト細胞は、ふだんは筋線維に密着するのみで何もしていないが、自身が付着している筋細胞が傷つくと、いったん増殖して数を増やし、その後、傷口を埋めるように融合して筋細胞を修復する。
サテライト細胞の増殖能力が衰えると、筋の再生能力の低下、そして筋肉の萎縮につながることから、そのメカニズムの理解が求められている。
東京都立大学の研究グループはこのほど、サテライト細胞を生体外(シャーレ)で培養する実験系を用いて、細胞の増殖能力の機序を調べた。グルコース(糖)は、細胞が増殖する上で大切な、エネルギー源(ATP)と部品(核酸)の前駆体であり、一般的に細胞を培養する方法として高濃度の糖を与えることが知られている。
これに対して研究グループは、サテライト細胞は培養液の糖の濃度が低いほど増殖力が促進しており、糖の濃度が高いと増殖能力が低下することを発見した。
また、このサテライト細胞のみに見られる特性を利用して、糖濃度を低下させた培養液を用いることで、これのみを純粋かつ大量に培養する方法の開発に成功した。
血液中の糖濃度が高い糖尿病患者は原因不明の筋萎縮が生じるが、高糖濃度がサテライト細胞の増殖力を低下させるという今回の発見は、その病因解明につながると期待される。
研究は、東京都立大学大学院人間健康科学研究科の古市泰郎助教、眞鍋康子准教授、藤井宣晴教授らの研究グループによるもの。研究成果は、国際科学誌「Frontiers in Cell and Developmental Biology」オンライン版に掲載された。
低糖濃度だとサテライト細胞は未分化状態を維持
これまで、サテライト細胞は筋細胞が損傷して再生するときだけに必要だと考えられていたが、近年、たとえ損傷が起きなくてもサテライト細胞は骨格筋になり(筋細胞に分化し)、筋線維のサイズを維持する働きを担うことも分かってきた。
したがって、サテライト細胞による筋再生能力の機序の解明は、筋萎縮の予防・治療に貢献されると考えられるが、その詳細は解明されていなかった。
そこで研究グループは、サテライト細胞の増殖力を解析するために、マウスの骨格筋から単離したサテライト細胞をシャーレで培養した。細胞培養は、栄養成分や化合物組成などの環境をコントロールすることが可能で、細胞の機能解析に有効だ。
一般的に、細胞を培養する際には高濃度の糖を与えることが常識だが、今回の実験では、糖を抜いた基礎培地で調製した低糖濃の培養液(動物血清成分の糖は含まれる:最終濃度2mM)を用いた。
すると予想に反して、培養後のサテライト細胞の数が増加した。細胞増殖の指標となるタンパク質や、増殖細胞を標識できるEdUを有する細胞が、低糖濃度では増加していたことから、糖濃度を低下させると増殖が促進することが分かった。
EdUは、DNAヌクレオシドの1つであるチミジンの類似化合物。EdUの存在下で細胞が増殖すると、DNAが合成される際にEdUが取り込まれるため、増殖期の細胞を標識することができる。
つまり、サテライト細胞は生体内では眠った状態(休止期)にあるが、培養されると活性化して増殖し、次第に筋細胞に分化しながら増殖を停止することが明らかになった。
そこで研究グループは、細胞状態(休止期、増殖期、分化期)の指標となるタンパク質を染色することで、糖濃度によるサテライト細胞の分化ステージの違いを調べた。
その結果、低糖濃度で培養された方が、未分化状態(筋細胞にならずに幹細胞として留まっている)を維持していることが分かった。活性化したサテライト細胞が再び休止状態に戻る機構は、それが枯渇するのを防ぎ、次の損傷機会に再生するために重要だ。
このように、糖濃度はサテライト細胞の分化にも影響を与え、その数の維持にも寄与することが示された。
高血糖状態は筋の再生力や筋量の維持を悪化させる
では、どうしてサテライト細胞は低糖濃度の環境でも増殖できるのだろうか。今回調製した培養液は、30%容量が血清成分で構成されており、そこに糖が残っているため、糖濃度は0(ゼロ)ではない。
サテライト細胞がそのわずかな糖を利用しているかどうかを検証するために、血清中の糖をグルコース分解酵素(Glucose Oxidase)によって分解し、極めて低い糖濃度(0.1mM)の培養液を調製した。
しかし、予想に反してサテライト細胞は、通常の培地の1%以下に相当する糖濃度のこの培養液でも正常に増殖した。
低濃度の糖が細胞の増殖を促進するということは、つまり過剰な糖はサテライト細胞の増殖能力を抑制するということになる。一般的に使われる培養液の糖濃度は、ヒトの血糖値に置き換えると、重度の糖尿病患者のそれに相当する。
糖尿病に罹患すると筋萎縮が生じる(糖尿病性筋萎縮)が、その原因はまだ明らかにされていない。今回の研究の結果から、高血糖状態が直接的にサテライト細胞の増殖能力を低下させ、それが筋の再生力や筋量の維持を悪化させている可能性が考えられるという。
「今後、サテライト細胞増殖の分子機序を理解することによって、筋萎縮の病因解明や治療法の開発につながることが期待できます。サテライト細胞は糖以外のエネルギー基質(アミノ酸や脂質など)を利用していることが推察されますが、その詳細はまだ分かっていません。糖濃度がどのような機序でその増殖を制御しているのかは、今後さらなる研究が必要となります」と、研究グループは述べている。
東京都立大学人間健康科学研究科ヘルスプロモーションサイエンス学域
Excess glucose impedes the proliferation of skeletal muscle satellite cells under adherent culture conditions(Frontiers in Cell and Developmental Biology 2021年3月1日)