日常診療におけるバイオマーカーとしての尿中L-FABPの有用性と可能性
第60回日本腎臓学会学術総会 ランチョンセミナー
L-FABP(liver-type fatty acid-binding protein)は現在、CKD(慢性腎臓病)・AKI(急性腎障害)の病態を把握するバイオマーカーとして保険適用されている。近年では新規測定法が開発され以前に比し利便性が向上した。また腎疾患治療の最近のトピックスの一つである運動との関連においてもL-FABPが良い指標となり得ることが示唆されるなど、新たな知見の集積も続いている。
こうした進歩を背景に、日常臨床でL-FABPを用いるべき場面が拡大してきている。そこで本講演では、L-FABPの開発を主導されてきた木村健二郎先生に、現時点でのL-FABPの適用と、より広範な使用を見据えて今後の可能性を語っていただいた。
演者:木村 健二郎 先生(独立行政法人地域医療機能推進機構 東京高輪病院 院長)
座長:諏訪部 章 先生(岩手医科大学 医学部臨床検査医学講座 教授)
AKIバイオマーカーとしてのL-FABP
尿中L-FABPの話をさせていただくが、昨年、日本腎臓学会など5学会が『AK(I 急性腎障害)診療ガイドライン』を策定しL-FABPも取り上げられているので、まずはAKIとの関連について触れる。同ガイドラインでは尿中L-FABPやNGAL(neutrophil gelatinase - associated lipocalin)を「AKIの早期診断に有用な可能性があり、測定することを提案する」(推奨の強さ2、エビデンスの強さ2)としている。
AKIに対するL-FABPの迅速な反応の一例を図1に示す。これは私が聖マリアンナ医科大学に在職中のあるICU患者の経過だが、L-FABPは血清クレアチニンが顕著に上昇する4日前にピークに達していることがわかる。また図2は人工心肺治療を要した心臓バイパス手術後にAKIを発症したICU患者のバイオマーカーを比較した報告だが、L-FABPやNGALは急速に上昇することがわかる。一方でKIM-1(kidney injury molecule 1)は少し遅れて反応しているが、このような反応の差異を理解するため、各尿細管バイオマーカーについて簡単にレビューしてみたい。
各種尿中バイオマーカーの概略
NGALは好中球のゼラチナーゼに結合している蛋白で、血中から糸球体を通過しほとんどが近位尿細管に取り込まれる。しかし尿細管障害があると取り込みが減り尿中に出現する。同時に遠位尿細管でも産生され、血中濃度そのものも上昇するという機序も加わり尿中排泄が増加する。
KIM-1は近位尿細管上皮細胞に発現している膜貫通型蛋白で、同部位の障害を再生修復する過程で発現誘導され、細胞外ドメインが脱落し尿中への排泄が増加する。図2でKIM-1が他の二つのマーカーよりやや遅れて反応しているのは、修復過程で増えるという機序が関係していると考えられる。
次にL-FABPはもともと肝臓(Liver)で発見されたために'L型'と呼ばれるようになった脂肪酸結合蛋白だ。実際は肝臓だけでなく腎尿細管に多く発現している。腎臓が虚血や酸化ストレス、あるいは尿蛋白、腎毒性物質に暴露された時などには、近位尿細管に脂肪酸が負荷されることになる。脂肪酸は容易に過酸化を受けて間質尿細管障害を発症・悪化させ腎障害を促進する。その時にL-FABPの発現が増え、尿中への排泄が増加する。L-FABPは過酸化脂質との親和性が高く、それを結合して細胞外へ排出することにより、腎保護的に作用すると考えられている1~6)。
なお、肝障害時には肝臓での産生が増加するが、そのほとんどは腎障害がない限り近位尿細管で取り込まれるため、尿中のL-FABPが有意に上がることはないため7)、肝障害を腎障害と見誤ることはない。
NGALとL-FABPの相違
では、NGALとL-FABPとは、どのような違いがあるのだろうか。図3は東大の土井先生らによるAKIの各種マーカーの特徴を主成分分析により解析したものだ。これをみるとNGALはCRP、白血球といった炎症マーカーや腎機能と関連があることがわかる。一方のL-FABPは、乳酸や肝逸脱酵素などと関連することから、腎低灌流・虚血を反映する。肝逸脱酵素との関連は肝腎症候群による影響ではないかと思われる。
このほか、NGALは白血球尿や血尿の影響を受けて上昇するが、L-FABPはそれらの影響を受けにくいことも明らかになっている8)。
L-FABPの測定法と保険適用
L-FABPの測定法と保険適用についてまとめておく。2010年に製造販売承認された時点での測定法はELISA法で、現在もそのキットは販売されている。その後、ラテックス免疫比濁法が開発された。これは生化学の汎用自動分析装置を用いて短時間で測定でき、またクレアチニン補正値も同時に得られるという特徴があり、日常臨床において使いやすい(表1)。
表1 ラテックス免疫比濁法によるL-FABPの特徴等
測定原理 | ラテックス免疫比濁法 |
---|---|
適用検体種 | 随時尿および蓄尿 ※酸性及びトルエン蓄尿は不可 |
測定範囲 | 1.5~200ng/mL(7180形日立自動分析装置による) |
測定時間 | 約10分 |
特 徴 | 院内の検査室で簡便に測定できる。診察前に尿中クレアチニンと同時に結果が出せる |
また最近、イムノクロマト法によるPOCキットも登場した。定性的な検査ではあるが尿試験紙のような要領で測定できるという簡便性から、ベッドサイドや訪問診療などでの使用が期待される。このほか、化学発光酵素免疫測定法という測定法も出てきている。
重要なことは、これら測定法の開発に全て同じ標準物質を用いていて、どの試薬で測定しても同じ値が出るということだ。測定が標準化されているということである。これは臨床検査として当たり前のことではあるが、意外にも標準化が遅れている検査項目がある中で、L-FABPの信頼性は保証されていると言える。
L-FABPはAKIとCKDに保険適用
保険については原則として3カ月に1回算定でき、医学的必要性からそれ以上算定する場合は明細書の摘要欄に理由を記載することとされている。AKIとCKDの両方に適応があるが、前者においてL-FABPとNGALの両者を用いた場合、主たるもののみを算定できる(表2)。L-FABPをAKIに用いる場合はNGALに準じて、診断時に1回、その後は3回までが保険適用になる。
表2 L-FABPとNGALの保険適用条件
D001 尿中特殊物質定性定量検査 | ||
L-FABP(尿) [全測定法に共通] |
NGAL(尿) | |
点 数 | 実施料:210点 判断料:34点(尿・糞便) | |
留意事項 | 原則として3カ月に1回に限り算定する。 | AKIの診断時又はその治療中に、CLIA法により測定した場合に算定できる。診断時においては1回、その後はAKIに対する一連の治療につき3回を限定として算出する。 |
医学的な必要性からそれ以上算定する場合においては、その詳細な理由を診療報酬証明書の摘要欄に記載する。 | ||
両検査を併せて実施した場合には、主たるもののみ算定する。 | ||
対象疾患 | CKD, AKI | AKI |
保健収載 | 2011年8月1日 | 2017年2月1日 |
CKDバイオマーカーとしてのL-FABP
次にCKDとの関連に話を進める。図4は聖マリアンナ医科大学在職中の横断研究で、糖尿病患者の腎症病期の進行とともにL-FABPの排泄が増加することを示しているが、正常アルブミン尿期でも既にL-FABPは健常対照群に比し有意に上昇していることがわかる。また、糖尿病性腎症患者104名を4年間追跡し腎症進展予測因子をROC解析で検討したところ、L-FABPのAUCは尿アルブミンと同等であり9)、かつ両者の併用により予測能がさらに向上することがわかった。
CKDは末期腎不全とともにCVDイベントの危険因子であることが知られている。しかし実際にどの患者にCVDイベントが起きるのか、何を指標に介入すればイベントを抑制できるのかが明確でなく、新たなバイオマーカーの確立が期待されている。
図5は滋賀医大からの報告で、618名の糖尿病患者をL-FABP値で三分位に分け、末期腎不全に心血管イベントを加えた複合エンドポイントとし、12年間追跡した結果だ。L-FABPが腎症進展だけでなくCVDイベントリスクとも有意に関連することがわかる。さらにこの検討では、尿アルブミンが正常レベルであってもL-FABP高値群ではイベントリスクが有意に高いことが示されている(表3)。
表3 正常または微量アルブミン尿期におけるL-FABPと心腎イベントの関連
L-FABP | |||
---|---|---|---|
第一分位 (≦5.0μg/gCr) |
第二分位 (5.0-9.5μg/gCr) |
第三分位 (>9.5μg/gCr) |
|
イベント発生率(1,000人年)*1 | |||
正常アルブミン尿 | 7.8 | 10.9 | 21.7 |
微量アルブミン尿 | 17.8 | 25.7 | 31.0 |
調整ハザード比(95%信頼区間)*2 | |||
正常アルブミン尿 | 1(reference) | 1.49(0.72-3.09) | 2.26(1.15-4.45) |
微量アルブミン尿 | 1.72(0.68-4.38) | 2.70(1.26-5.81) | 2.18(1.08-4.40) |
*2:年齢、性、BMI、HbA1c、TC、logTG、logHDL-C、高血圧、RAS阻害薬の使用、収縮期血圧、拡張期血圧、CVDの既往、eGFRで調整
〔Diabetes Care 36:1248-1253,2013〕
以上の成績は2型糖尿病患者での検討であるが、1型糖尿病においても同じようにL-FABPの高値が腎症進展の予測因子であることや10)、アルブミン排泄とは独立してL-FABP高値が死亡のリスクとなること11)が報告されている。
腎硬化症も含めた検討でもL-FABPはCVD・透析導入・死亡と関連
糖尿病性腎症だけでなく、透析導入原因疾患として経年的に増加している腎硬化症についても、L-FABPの有用性が示されている。例えば、厚労省の多施設共同研究で既に採取されていた尿検体244件を用いた後ろ向きの検討を行った。脳卒中、心筋梗塞、手術が必要な閉塞性動脈硬化症、透析導入、死亡を複合エンドポイントとし、各種バイオマーカーの感度・特異度を解析した。それによるとL-FABPのAUCは3種のマーカーの中で最も大きかった(図6)。
運動とL-FABP
次に、運動の話題を取り上げてみたい。かつて腎疾患の治療において運動は推奨されず、むしろ制限することが多かった。しかし現在では腎臓リハビリテーション学会の設立に象徴されるように、運動の重要性が強調されるようになっている。我々も以前、GFRが30mL/分/1.73m2未満という進行したCKD患者であってもL-FABPを上昇させない中等度負荷の運動であれば安全に施行できることを報告している12)。ここでは最近発表された健常者を対象とした筑波大の論文を紹介する。
非CKDの中高年者を運動習慣の有無で2群に分けると、クレアチニンやシスタチンCによるeGFR、尿アルブミンには群間差がなかったが、L-FABPのみ有意な群間差が認められた13)。さらに12週間の有酸素運動を指導したとろころ、血圧の低下とともに腎関連マーカーではやはりL-FABPのみ有意な低下が認められた(図7)。
また別の報告では、運動耐容能の指標である最大酸素消費量や握力との関連を検討したところ、その双方と有意な関連があるのは前記3指標のうちL-FABPのみであった14)。腎機能低下と運動耐容能低下のメカニズムの関連を解明する上で興味深い知見である。
L-FABPはAKIの早期マーカーであり、糖尿病その他のCKDで腎障害の進展や生命予後を反映するマーカーである。しかし現時点において、L-FABPを指標とする治療介入が予後改善につながるのか否かという点の検討は十分になされていない。先述のように最近、汎用自動分析装置を用いて院内で簡便にL-FABPを測定できるようなったので、今後より多くの先生方の日常診療にお使いいただき、その臨床の中から新たな知見が集積され、さらに有用なツールとなることを期待している。
参考文献
初 出
第60回日本腎臓学会学術総会
ランチョンセミナー 18 第7会場( 仙台国際センター 会議棟 白檀2)
演題:集中治療における急性腎障害バイオマーカー ~L-FABPの可能性~
座長:諏訪部 章 先生(岩手医科大学 医学部臨床検査医学講座 教授)
演者:木村 健二郎 先生(独立行政法人地域医療機能推進機構 東京高輪病院 院長)
共催:積水メディカル株式会社