「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標値」を発表 HbA1c「8.5%未満」も許容 日本糖尿病学会など

2016.05.25
 日本糖尿病学会と日本老年医学会は、高齢の糖尿病患者を対象とした血糖コントロールの目標値をつくったと発表した。高齢者や年齢や健康状態、治療内容などで区切り、それぞれが無理なく効果的に糖尿病の治療を行えるよう工夫されている。
第59回日本糖尿病学会年次学術集会

個々の患者に合わせて安全・効果的に
血糖をコントロール

 日本糖尿病学会と日本老年医学会は「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標値」(HbA1c値)を発表した。

 今回発表した目標値は、2013年に日本糖尿病学会が発表した「血糖コントロール目標」(熊本宣言2013)をさらに深化させ、65歳以上の高齢者について、よりきめ細かく目標を設定したことが特徴となる。

 高齢者を年齢や健康状態、治療内容などで区切り、個々の患者に合わせて安全かつ効果的に糖尿病の治療を行えるよう工夫されている。

 糖尿病の高齢者は増加しており、国内の糖尿病有病者数は約950万人のうち約3分の2は65歳以上とみられている。一方で、高齢者には心身機能の個人差が大きいなど特有の問題があり、血糖コントロールを困難にしている。さらに、高齢の糖尿病患者では「重症低血糖」が起こりやすく、低血糖は認知機能を障害し心筋梗塞や脳卒中などのリスクを高める。

 目標では、日常生活動作(ADL)レベル、認知機能、薬物療法の内容などによって7.0%未満~8.5%未満のきめ細かなHbA1c目標値を策定。重症低血糖のおそれのある薬剤を服用している患者では「下限値」も設定された。

 「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標」基本的な考え方は、以下の通り。

(1)血糖コントロール目標は患者の特徴や健康状態:年齢、認知機能、身体機能(基本的ADLや手段的ADL)、併発疾患、重症低血糖のリスク、余命などを考慮して個別に設定すること。
(2)重症低血糖が危惧される場合は、目標下限値を設定し、より安全な治療を行うこと。
(3)高齢者ではこれらの目標値や目標下限値を参考にしながらも、患者中心の個別性を重視した治療を行う観点から、表に示す目標値を下回る設定や上回る設定を柔軟に行うことを可能としたこと。

高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(HbA1c値)
治療目標は、年齢、罹病期間、低血糖の危険性、サポート体制などに加え、高齢者では認知機能や基本的ADL、手段的ADL、併存疾患なども考慮して個別に設定する。ただし、加齢に伴って重症低血糖の危険性が高くなることに十分注意する。

低血糖が高齢者の血糖コントロールの障害になっている

 高齢者糖尿病の治療に大きな影響をおよぼす要因のひとつは低血糖だ。高齢者では肝・腎機能の低下によって薬物の代謝が遅延しているだけでなく、低血糖の自覚症状が軽微で、合併する神経障害をはじめとする種々の疾病の影響でさらに症状が出にくくなっている場合がある。

 高齢者の低血糖で重症合併症を併発しやすい要因としては、長期罹病、重症低血糖の既往、動脈硬化の進展、血糖コントロールの不良、自律神経障害の合併などが知られており、高齢者では1回の低血糖でも極力避けるべきだという。

 特に経口血糖降下薬のなかでも強い血糖降下作用をもつ「インスリン製剤」「SU薬」「グリニド薬」を使用する際には十分な配慮が必要となり、単独使用では低血糖の少ないDPP-4阻害薬やGLP-1受容体作動薬でも、SU薬と併用する場合は注意を要する。

 高齢者糖尿病の健康寿命を維持するためにはどのような治療が必要なのかをあきらかにする目的で、「高齢者糖尿病に対する前向き大規模臨床介入研究(J-EDIT研究)」が行われた。65~85歳の血糖コントロール不良の高齢者を、治療目標値に向けた治療を行う強化治療群と、通常治療群の2群に分け、追跡調査を行った。

 その結果、高齢の糖尿病患者では血糖コントロールが不良のまま経過する例が多く、高血糖は脳卒中などの糖尿病合併症の危険因子となる一方で、HbA1c7.0%の良好な血糖コトンロールを維持している高齢者でも合併症のリスクが上昇するという「Jカーブ現象」がみられた。

 今回発表された目標では、低血糖を回避するため、個々の患者に合わせて上限値を7.0~8.5%まで緩和するとともに、下限値を6.5~7.5%に設定したのが大きな特徴だ。

 管理目標値の設定に、患者の特徴・健康状態や、薬物療法の内容を加味したのは、欧米のコントロール指針にはない日本の独自の試みだという。

高齢者の認知症や介護の予防も重視している

 新しいコントロール目標では、患者の「日常生活活動度」(ADL)や認知症の程度に合わせて、血糖コントロールの目標値をゆるめる工夫もされている。

 ADLは、人が生活をおくるために行う活動の能力を示したもの。「手段的ADL」とは、日常生活を送る上で必要な動作のうち、例えば、買い物や洗濯、掃除などの家事全般や、金銭管理や服薬管理、外出して乗り物に乗ることなど、社会生活を行う上で必要となる複雑で高次な動作が障害されるADL。

 一方、「基本的ADL」とは移動、階段昇降、入浴、トイレの使用、食事、着衣、排泄などの、身の回りのことをするために最低限必要で、生きていくうえで基本となる能力を示す。

 日本老年医学会によると、高齢の糖尿病患者は「手段的ADL」が1.65倍、「基本的ADL」が1.82倍低下しやすいという。

 この目標を活用するためには、ADLや認知機能を簡便に評価する必要があるが、両学会では公式サイトで日常診療に有用な情報を掲出していく予定だという。

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