糖尿病診療・支援のための腎臓病リスキリング 慢性腎臓病と SDM*

医師のことばと糖尿病治療
~SDMを支えるコミュニケーション~

 第2回「頭」の理解と「心」の理解

石井 均 先生

市立奈良病院 教育研修センター センター長
糖尿病・内分泌内科シニアアドバイザー
石井 均 先生

 現代医療において必要性が叫ばれているSDM(Shared Decision Making:共同意思決定)。医療者は糖尿病をもつ人(person with diabetes:PwD。以下PwD)の意思決定にどのようにかかわっていくことが望ましいのか―。

 石井均先生のインタビュー第2回目では、SDMにおけるPwDの「心」の理解を焦点に、医療者の関わり方について詳しくお話しいただきました。

提供:株式会社ヴァンティブ メディカルアフェアズ部

治療における“大きな壁”も、医療者とPwDが一緒に乗り越える

 SDMは近年、特に欧州においては「患者さんの権利を守るための必須の医療倫理」という共通認識ができました。糖尿病領域ではまだ道半ばという状況ですが、その概念が確立されつつあるのは間違いありません。

 SDMは医師がPwDの病気に対する考え方を知り、治療内容について十分に説明した上で質問を受け、両者がよく対話して合理的な治療目標を設定することを言いますが、そのプロセスをたどるなかで、PwDの治療参加意欲を向上させ、行動変容を促すという側面もあります。

 医療者の間でSDMという呼称が認識される以前の1990年代の研究でも、こうした(今でいうSDMの)アプローチを行うことで患者の自律性が高まり、高血圧症患者のアドヒアランス向上や血圧の改善、禁酒・禁煙・減量プログラムの継続率の向上といった有用性が示されています。糖尿病領域においても、PwDは医師が自分に選択権を与えてくれていると感じるほど自律的な動機づけができ、血糖管理の改善をもたらすという報告もあります1)

 今回はSDMの行動変容を促す側面と、いずれ現われる治療の「壁」への対応について少し詳しく説明しましょう。前回、私がジョスリン糖尿病センターで学んだ“治療同盟”は、PwDの心と行動を支える基礎となるというお話をしました(インタビュー第1回:患者と一緒に山をのぼる「治療同盟」という考え方 参照)。

 糖尿病治療において、インスリン導入や合併症による透析導入といった大きな治療変更を行う時、患者さんはしばしば抵抗を示し、「治療の開始」は大きな“壁” となって立ちはだかります。こうした壁を乗り越えるときに治療同盟によるSDMは特に重要です。

 インスリンは近年、週1回の持続型製剤などの登場により、治療の受容のハードルがかなり下がりました。しかし特に若い人にとっては、一旦治療が開始されれば将来にわたってずっと治療を続けていかなければならないわけですから、インスリン治療の必要性を理解はしても、心情的にはなかなか治療に踏み出せないことがあります。

 透析導入にいたっては、受容の壁はさらに高い。透析導入が近いと聞いて「もう終わりだ」と思う人もいれば、「自業自得だ」と自責の念に駆られたり、「どうすれば導入までの期間を延ばせるのか」、「透析をしながら仕事が両立できるのか」など、後悔、不安、焦りといった感情を抱かれます。

 特に、それまで自分は健康だと思っていたのに、足のむくみが気になって病院を受診したら突然医師から「透析」と言われたというような人は、「受け入れられない」「信じられない」といった否認から始まり、逃れられない事実だと理解したときには落ち込み、極端な場合には希死念慮を抱くこともある。キューブラー・ロス博士(Elisabeth Kübler-Ross)が「死ぬ瞬間」(On Death and Dying)に著した死の受容の4段階モデルに近い反応が起こり得るのです。

石井 均 先生

 そこで、できるだけそのような事態にならないようにするために、早い段階で“治療同盟”、すなわち医療者とPwDの信頼関係に基づくSDMをしっかりと行っておきたい。

 糖尿病性腎症からの透析導入には、そこに至るまでの長い経過があります。ジョスリン糖尿病センターの精神科医で、私の上司であったアラン・ジェイコブソン博士(Alan M. Jacobson, M.D.)は、「透析導入を急に言ってはダメなんだよ」と教えてくれました。

 「ある時期まで“治す”治療に専念していたPwDに、急に透析への移行を告げれば強い衝撃を与えてしまうことになる。医師はPwDに、現在行っている治療の目的、腎臓の状態、検査数値の傾きから将来予想される経過にいたるまでを早期から丁寧に説明し、どの段階になったらどうなるのか、どのような選択があり、そのときにPwDはどうしたいのか、どうなりたいのかを継続的に話し合っておかなければならない。そうすることで本人の心の中に準備ができる」

 この、30年前に学んだジェイコブソン先生の教えは今も色褪せません。
 今は当時と違い、PwDは自分でもインターネットを使って腎機能や透析治療について調べることができます。PwDは医療者に提供された情報だけでなく、自分で調べた知識に基づいた質問を投げかけることがあるでしょう。医療者はそうした質問のひとつひとつに向き合い、応える。そうしたコミュニケーションを積み上げていけば、PwD本人の思考はおのずと問題解決型になっていき、透析導入も受け入れやすくなります。私はこうして、大きな壁もPwDと医療者が一緒に乗り越えていくことができると考えています。


医師が備えるべき“非認知能力”について

 前回、医師の役割は病気の治療と、治療に対する患者の反応をケアすることの両方であると述べました。一般的に、PwDの治療のために医師に必要なのは、病気や治療法、薬剤などの「知識」であり、 “認知的な能力”です。一方、PwDの反応へのケアに欠かせないのは、“非認知的な能力”、つまり優しさや忍耐力、共感力など、「知識以外の能力」です。医師は“非認知能力”により、PwDに提供する医学的な知識が本人にとってどのような意義を持ち、彼らの感情にどう響くのかを理解することが求められます。

 SDMにおいても、医師は自分の提案や告知に対してPwDがどう思うか、どう感じるかを理解する必要があります。また一方で、PwDの理解にも、認知的な理解と情動的な理解(直感)のギャップが存在します。頭でわかっていても、心では受け入れられないということが起こるのです。

 そういった場面で重要な 医師の“共感力”は、PwDとの関係づくりに欠かせないと言われる一方で、医師がPwDの感情に振り回されることを恐れる意見もあり、常に議論になるところです。
 実は医師の共感力による対応にも2種類あり、「PwDの痛みや治療への恐れ、不安は理解した。それを踏まえたうえで治療法を説明しよう」というアプローチが“認知的共感優位”の対応だとすれば、「PwDが辛そうな今はまず感情のケアを優先して、落ち着けば治療についての気持ちを再度確認して説明をしよう」とするのが“情動的共感優位”の対応です。

 がん医療だったらどうでしょう。一生懸命治療をしたのに転移が見つかってがっかりしている患者を目の前にする。その時、医師も一緒になってがっかりしていたら、次のプランが浮かばなくなる。だから情動的共感は邪魔になる、という意見もあります。しかし私は、目の前の患者さんの悲しい気持ちに対する同調性がなければ、反応へのケアは成立しないと思います。

石井 均 先生

治せなくても、ケアできない病気はない

 早期からの主治医との十分な対話がないと、本人が予後を自分で思い描いたり、あるいは医師は伝えたつもりなのに本人が話を聞いていないということが起こり、いざ腎代替療法の選択をするとなった段階で、否定的な反応が現われます。

 外来では、医師が伝える情報をPwDにしっかり手帳に書いてもらうようにしたり、検査データをチェックしてもらい記憶に残すよう促すことが大事ですが、それでも「聞いてなかった」「そうは思っていなかった」と言われることがあります。

 医師の「伝え方次第」ともよく言われるところですが、それは多分にPwDとの関係性による影響が大きい。どんな方に対しても医師の意図が正しく伝わる、絶対的な正解が存在しないのが、コミュニケーションの難しさです。

 最後に、透析導入の提案を拒否したPwDに対してどう対応するかについても述べておきたいと思います。
 透析導入後に「もっと早くからやっておけばよかった」とおっしゃる当事者は少なからずいらっしゃいます。だから最初からビシビシ強い言葉で透析導入を促して何とか早く進めるべきだという考え方もあります。しかし私はその考え方はとりません。
 「先生のおっしゃることは(頭では)わかるけれども、どうしても今は(感情的に)受け入れられない」と言われるような場合、私は本人の気持ちを尊重します。ただし、感情への理解と表裏一体で、医学的な情報を提供する必要があります。そして私はこのようにお伝えします。
 「あなたの気持ちはわかりました。でも、苦しくてこれはもう無理、と思うような体の訴えがあったら、遠慮しないですぐ救急車を呼んでください」

 私たちは、透析を希望しないPwDに「あなたが困ったときには必ず自分たちが診ます」というメッセージを伝えていました(天理病院)。そして実際に救急で来られた患者さんの受け入れもしました。もし、その方の透析導入提案時に、そのようなメッセージを伝えていなかったら、いざという時に「透析を受け入れなかった自分が悪い」などと考え、受診をためらっていたかもしれません。

 糖尿病治療の目的は合併症を防ぐことにあります。しかし合併症になった後も、PwDの人生は続いていきます。自分が診ていた方が合併症になっても、医療者には変わらない役割がある。それは、本人が思うような生活を続けていけるように支援し、少しでも日々のQOLが良くなるようにケアを提供することです。医学で治せないことはあっても、医療でケアできない病気はありません。

石井 均 先生

参考文献

  • 1)Williams GC, et al : Supporting autonomy to motivate patients with diabetes for glucose control. Diabetes Care 21:1644-1651,1998.

市立奈良病院 教育研修センター センター長、糖尿病・内分泌内科シニアアドバイザー

石井 均(いしい ひとし)

1976年京都大学医学部卒業後、同大学院医学研究科博士課程修了。天理よろづ相談所病院内分泌内科を経て、1993年に米国のジョスリン糖尿病センターに留学。アラン・ジェイコブソン氏、ウィリアム・ポランスキー氏らから「糖尿病の心理・社会的領域」を学び、帰国後、糖尿病患者への心理的アプローチに取り組む。天理よろづ相談所病院副院長兼内分泌内科部長、奈良県立医科大学糖尿病学講座教授、同大学医師患者関係学講座教授を経て現職。臨床心理に基づく糖尿病治療の第一人者。『医療現場の共感力』『病を引き受けられない人々のケア』 『糖尿病医療学入門』『糖尿病エンパワーメント』他著書多数。

提供:株式会社ヴァンティブ メディカルアフェアズ部