糖尿病診療・支援のための腎臓病リスキリング 慢性腎臓病と SDM*

患者さんの未来と治療をポジティブに変えるSDM
~医療従事者が今できること~

特別インタビュー

国家公務員共済組合連合会 枚方公済病院
内分泌代謝内科部長 糖尿病センター長

田中永昭 先生

たなか ながあき 大阪市立大学2000年卒。日本内科学会認定内科医・総合内科専門医、日本糖尿病学会認定専門医、日本内分泌学会認定専門医。前所属先の関西電力病院では、糖尿病・内分泌代謝センター部長として糖尿病・内分泌代謝疾患の専門的治療に従事。糖尿病のある方への誤解や偏見(スティグマ)を解消するための活動(アドボカシー活動)に精力的に取り組んでおり、講演も多数行っている。

提供:株式会社ヴァンティブ メディカルアフェアズ部

 SDMは、医療者が持つ医学的な情報と、患者自身が持つ生活背景や価値観等の情報を医療者と患者が共有しながら、共に治療に関する意思を決定していく考え方。医療者が意思決定をする「パターナリズム」や、医療者が患者に選択肢を提示し、患者が自己責任で意思決定をする「インフォームドアプローチ」の後に登場した概念です。SDMは現在、多くの疾患領域で取り組みが進められており、治療プロセスにおける医療者と患者の関り方が変わりつつあります。糖尿病領域でのSDM普及に尽力しておられる田中永昭先生に、その現状と展望を聞きました。

医療者と患者は「対等」で「相補的」な関係性であること

 SDMとはShared Decision Making(以下「SDM」)の略で「共同意思決定」と訳されます。米国では「臨床医と患者さんが協力して、患者さんにとって最も重要なことや、患者さん個人の関心、嗜好、目標、価値観に沿った、十分な情報に基づいた医療上の意思決定を行うためのコミュニケーションのプロセス」と定義されています。*
 もう少し具体的に申し上げるならば、糖尿病診療では医療従事者と糖尿病のある方が話し合いのもとに治療目標を設定し、その目標を達成するためにどのような治療方法をとり、どうやって進めていくかを一緒に決めていくことです。医療従事者は専門的な知識や経験から治療の選択肢を提供するのに対し、患者さんは自身の専門家として生活背景や価値観、人生の目標といった情報を医療者に提供します。対等で相補的な関係性に立ち、互いに必要な情報を出して共有し、共通の治療目標に向かって共に進んでいく考え方がSDMです。

医学モデルの在り方が見直され始めている

 SDMの概念自体は決して新しいものではなく、日常の診療で行っている先生方は数多くいらっしゃいます。ただ、SDMについての十分な理解と実践が広く浸透しているかといえば、そうではない現状があります。その理由として、医師の時間的制約の他、話し合うスキルが不足している場合があります。また、その背景には、医療者の専門的な知識を患者さん側にいかに提供するか、という部分に注力が置かれていた医学教育があるということも言えるでしょう。
 例えば急性疾患であれば、医師から患者さんへの一方向のモデルが適するケースがあるかもしれません。しかし現代に多くみられる、糖尿病のような人生長く付き合っていく慢性疾患ではどうでしょうか。意思決定における人の関わり方や治療のスタンスは自ずと異なってくるはずです。従来型の医学モデルだけで患者さんを診てしまうと、本来の目的を見失うおそれがあります。集中的な医療の投入により検査値を良くすることは可能かもしれませんが、目の前の患者さんにとって、そのやり方が本当に幸せなことなのかは別の話になる可能性がありますので、患者さんが本当はどう思っているのかをきちんと知っておくことが、その方にとって必要な医療を提供するうえで大変重要な要素だと考えています。
 今、スティグマやアドボカシー活動の考えが広がっている中で、SDMに改めて注目が集まっています。医学モデルの在り方、医療従事者と患者さんの関係性についての考え方は、今まさに変革の途中にあると感じています。

定期的な振り返りで「実行可能性」を見直す

 日常診療の中でSDMをどのように実践するか、具体的な方法論をお話ししたいと思います。
 SDMは糖尿病治療の初回診療から始まります。治療目標を設定するにあたり、医師はまず、患者さんに現在の病状を伝え、患者さんからはご本人の社会的、経済的、心理的な問題を聞き取り、その上で適切と思われる治療目標を提案します。治療法は、食事療法、運動療法、薬物療法等の中から選択肢をいくつか提示して、患者さん自身に選んでもらいます。医師が一方的に治療方針を決めるのではなく、治療目標から目標達成プロセスまで、患者さんと話し合いながら全てを一緒に決めていくのがSDMです。
 治療目標を設定したら、その目標をどの程度達成できているか、達成できていない場合は何が原因なのかを定期的に振り返って確認します。例えば「HbA1cを7%未満にする」という目標を設定し、薬物療法を選択して目標を達成できなかった場合、飲み忘れや中断がないか、規定通りに服薬できない背景に副作用や生活上の不都合があるのか等、達成できていない原因を共に探ります。1日3回食前服用薬の場合、朝は服用できても、昼食前や夕食前はつい忘れてしまうというケースがあり、個々の患者さんの生活リズムに適した処方となっているか等を互いに話し合うのです。
 患者さんの現実の生活において実行可能な治療と、我々医師の提案がそもそもずれていないかを全体的に鑑みる必要もあります。現代人の生き方やライフスタイルは多様であり、人によっては、子育てや介護などを自らの病気の治療より優先したい時期もあります。
 患者さんは心の中で「これは実現できないな」と思っていても、医師の前ではよい返事をすることがあります。このような関係は適切な患者・医師関係とは言えず、治療目標を達成するのが難しくなっていきます。治療目標が達成されていないにも関わらず、治療が適切に強化されていない状態を「クリニカルイナーシャ(Clinical Inertia;臨床的惰性)」と呼び、1年以内に改善することが望ましいとされています。医師は少なくとも年に1回は治療目標や達成のためのプロセスを患者さんと共に振り返る機会を持ち、それが患者さんに合っていない場合、実行可能な目標や治療法の変更を提案しなければなりません。

重要なタイミングでは時間的余裕を設ける配慮を

 患者さんが治療上の重要なタイミングを迎える際は、特に配慮が必要と考えます。
 例えば糖尿病のある方の中でも、合併症である糖尿病性腎症が進行した患者さんの場合の例では、腎臓内科の受診を促すタイミング、あるいはさらに進展して腎代替療法の選択肢を考慮するタイミングでは、今後の治療についてじっくり話し合う時間を設けるようにします。
 医師から初めて腎代替療法の選択肢を提示する段階においては、否定的な反応をされる患者さんが多くいらっしゃいます。患者さんにとって非常に大きな出来事であり、重要な選択となりますから、そうした反応は当然で、すぐに患者さんにご理解いただくのは難しいことです。医師はそれを見越して2手3手、手前から早め早めに話をし、患者さんに見通しを示す必要があります。2回、3回と繰り返し話し合ううちに患者さんの理解が進み、覚悟が生まれ、受容されるようになっていきます。病状の進展によっては時間的猶予がない場合もあるかもしれませんが、可能な限り患者さん自身が理解し、次のステップに向けて意思を固めるまでの時間的余裕を設けることが大切です。

患者さんをよく知ることがSDMの第一歩

 治療目標達成に向けての患者と医療従事者との適切な関係性という話で申し上げますと、医療従事者は普段から、患者さんが言いたいことを気軽に話せる環境、世間話ができるような関係性を築いておくことが大切だと考えています。私自身、反省することがまだまだ多いのですが、医療や健康のことだけでなく、患者さんが今大事にしていることは何か、マイブームは何か、何を食べたいと思っているのか等を伺っています。運動療法の関連では、ただ「運動してくださいね」と言うのではなく、最近出かけた場所はどこかを聞きます。例えばお城巡りでも推しのコンサートでも、患者さんの好きなことから会話の糸口を見つけ、気軽に話してもらえる関係性を作り、その方の価値観や人生観を引き出すのです。
 また、患者さんの血糖値がいつもより上がった場合は背景に家庭内トラブル等の事情が介在していることもありますので、食事や服薬といった話に留まらず、もう一歩踏み込んで「何かなかったか」と聞いてみます。もちろんプライベートの問題は医療では解決できませんが、血糖値や血圧に影響し、実際は医療にかかわってくることです。そのため患者さんが日常生活で困っていることを聞くこと、相手をよく知ることは医療者にとって大事なことだと思っています。これからSDMを進めようと思っている方は、今すぐできるSDMの第一歩として、患者さんを知ることから始めてみるのはよいことかもしれません。

患者さんと医療者は同じ輪の中の「チームメイト」

 SDMは、多職種の医療従事者がチームとして関わることも大切で、患者さんの情報は医療チーム内で共有されるべきものです。医療チームには職種ごとの強みがある他、患者さんにとって話しやすい人がいるなど、相性のメリットも生まれます。医師一人の力で全てを網羅することはできません。患者さんが看護師や管理栄養士に話す内容には医師が把握しきれていない貴重な情報がたくさんあり、その情報は治療方針や薬剤の選択に役立ちます。チームとしてのSDMは、患者さんに対する深い理解と信頼関係を生み、チーム医療の強化につながります。
 ここで注意すべきは、糖尿病のチーム医療においては患者さんを輪の中心にせず、あくまでチームの構成メンバーの1人と捉えることです。チーム医療というと、どうしても頭の中で患者さんを輪の中心に据えがちですが、各職種のメンバーが患者さんを取り囲むイメージを持ってしまうと、大勢の医療従事者と患者さんが対峙する形になり、糖尿病のある方に対するスティグマを生む原因になります。互いに肩を組み同じ輪に並ぶメンバーの仲間同士として、共通の目標を達成するべく共に進む意識をもちましょう。

糖尿病医療チームのSDMでは、患者さんは輪の中央ではなく、同列に並ぶメンバーとして考えたい。

「療養指導」から「目標達成計画」へ

 現在、日本糖尿病学会・日本糖尿病協会合同でのアドボカシー活動が進められており、私は従来使われてきた「療養指導」という言葉を「目標達成計画」に変えることを提案しています。
 「療養」という言葉は新型コロナ感染症や結核の治療時に使われることがありますが、今は感染症以外の病気で使われることは稀で、「隔離」のニュアンスを含んでいます。そのため、糖尿病などで使われる際はスティグマを生む要因になると考えられます。また、「指導」は「指示」や「命令」を意味します。これは医療従事者目線の一方的な行為を表す言葉であり、患者の思いや立場が完全に欠落しています。
 「目標達成計画」は、医療従事者と患者のいずれもが主語となり、お互いが対等の立場で共通の目標を作っていくというニュアンスが伝わりやすい言葉です。使う言葉を変えていくことで、これからの糖尿病診療を担う若手の医療従事者に適切な理解を促すと同時に、既にSDMを実践されている先生方の診療をより正確に表現できると考えています。

糖尿病のある人のネガティブな感情を解消したい――SDMへの期待

 もし、日本のどこの病院に行ってもSDMが正しい理解のもとに実践され、患者さんと医師に‟対等で相補的な関係性“が見られるようになれば、疾患の概念や医療に求められるあり方は大きく変わっていくと思います。患者さんのスティグマは解消され、慢性疾患がネガティブなものでなくなる可能性すらあります。疾患は自分のキャラクターの一部に過ぎなくなり、疾患を持ちながらも「人生の目標をどう達成するか」「そのために何をすべきか」を考えるようになる――そこで医療者に求められるのは、‟患者さんが充実した人生を全うできるように必要な医療を提供するには何が必要か”という意識です。
 今は物事が変わる過渡期にあり、SDMはそんな世界に移行する一つのきっかけであると考えています。

参考文献

提供:株式会社ヴァンティブ メディカルアフェアズ部