『30年来の腎臓病食事療法を再考する』
第3回チーム医療における医師と管理栄養士の役割とは
東京医科大学病院 腎臓内科学分野 主任教授
菅野義彦 先生
「お肉はだめ」「卵もだめ」とダメダメづくしの食事療法を行ってはいませんか? CKD診療ガイド2024では、管理栄養士の食事療法への介入が推奨されています。とはいえ管理栄養士に参加してもらいさえすれば、すべてお任せでよいのでしょうか。
集中連載最終回は、菅野義彦先生に食事療法におけるチーム医療の在り方について実践的なアドバイスをいただきました。明日からの食事療法にすぐに役立つ情報です。
提供:株式会社ヴァンティブ メディカルアフェアズ部
患者さんの価値観によってアプローチは変わる
今回は、外来診療においてCKD患者さんの食事に関する支援をどのように進めればよいのかをお話しします。たんぱく質を制限する食事療法はQOLの低下を伴うため、適応を厳しく判断するべきということを、これまでの2回でお伝えしてきました。
そもそも腎臓病の食事療法は、いざ医師の側から勧めたいと思っても、どうも説得力がないのですよね。自覚症状がある心臓や腹部の疾患なら、ご本人も困っておられるから医師の提案を受け入れてもらいやすいのですが、CKDは基本的に症状がありません。ですから、まずはご本人の意思を尋ねることから始めます。例えば、80歳前後の患者さんには、前段としてこんなふうに伝えています。
「血清Cr値が1.5mg/dL程度なら何とか平均寿命ぐらいまでは大丈夫だけれども、140歳まで生きるつもりなら、ちゃんと腎臓のことを考えた方がいいです」
仮にこの患者さんが5年後、血清Crが1.5mg/dLでも、4.5mg/dLでも、他の要因で亡くなることはあるわけです。問題はそこに至るまでの間、4.5mg/dLにならないことが大事なのか、4.5mg/dLになってもこれまで通りのQOLを保てる「普通の暮らし」が大事なのか。それは患者さんの価値観によって異なりますので、それを問うのです。患者さんに「140歳まで生きたい」「4.5mg/dLにはなりたくない」と言われれば、基本的には低たんぱく療法を勧めない私でも、四の五の厳しく言うことになります。
振り返ってみれば、日本の医療は患者さんを脅して言うことを聞いてもらっていたようなところがあります。「このまま●●を続けていたら長くは生きられませんよ」と。平均寿命が60歳前後の時代であれば、それも意味があったでしょう。しかし今や、85歳の患者さんは誰も脅しに乗ってきません。「もういいです、十分生きたから怖くないし」とおっしゃって、今さらこれから体を丈夫にしようとか、病気を治して健康に生きようなんて思っていない方がとても多いのです。
ですから患者さんがどう思うか、何を大事にしている方かを理解することが大切です。昨今よく言われるSDM(shared decision making:共同意思決定)が欠かせない、ということですね。患者さんのお話をよく聞いて、ご本人が困っていなければそのままこれまで通りでよいと私は考えます。
チームリーダーは誰が適切か
一方、低たんぱく療法を行う場合は、CKD診療ガイド2024にも記載されているように管理栄養士に入ってもらい、しっかりチームで取り組むことが大事です。はっきり言って、医師が独学で、あるいは医師と看護師のみで指導する低たんぱく療法は、ほぼ失敗します。
なぜなら「肉ダメ、卵ダメ」しか言わないので。それは食事療法ではなく、単なる栄養失調食にすぎません。医療者が良かれと思って勧めた食事療法で、患者さんが体調をくずしてしまうのは避けたいじゃありませんか。
管理栄養士の強みは、低たんぱくによって減らしたエネルギーを何で補うか、たんぱく質を減らしつつ、どうやって栄養素のバランスを取るかをきちんと提案できるところにあります。
「いま一番楽しいことは何ですか?」と聞いたときに、「透析帰りにハンバーガーを食べること」と答えるような患者さんに、一辺倒にハンバーガーを禁止するようなアドバイスはお勧めできません。ハンバーガーを食べていい代わりに、自宅では何をどのように食べるかを提案してあげられるのが管理栄養士です。「コンビニに寄るのが楽しみ」という患者さんに、「食品を選ぶときに3つだけ約束を守ってくださいね」と、その方が実践できるルールを教えられるのも管理栄養士。これは医師や看護師だけでできることではありません。
CKDには、ご飯を楽しく食べるのを制限しなければならないほどの絶対的な禁忌食もなければ、逆に“これさえ食べれば他を全て帳消し”といった免罪符のような食品もありません。その人なりの栄養素のバランスが取れていればよいのです。すなわち食事療法の意義は、患者さんの普段の食生活などを聞いて、変えるべき部分があるかどうかを見つけるところにあります。
ですから、食事療法のチーム医療は職種に関係なく、患者さんと最も親しく話ができ、生活情報を得やすい人がリーダーになればいい。医師や管理栄養士がリーダーである必要はありません。関係性によっては事務スタッフのほうが適している場合もあります。患者さんは一人暮らしか、家族がいるのか、経済的な余裕はどうか、自炊が可能なのか等、生活環境を踏まえてどのように栄養バランスを改善できるか、チームで可能性を探ります。
それからCKDや透析患者さんの食事というと、とかく「カリウム」「リン」ばかりが着目されがちですが、私が問題にしたいのは、むしろ低栄養です。地方で自分の畑の野菜をよく食べている方ですとカリウムがつい上がってしまうこともありますが、都市部では摂り過ぎが問題になる人は減っており、むしろ低栄養の患者さんが目につきます。
管理栄養士はもともと食べることが好きでその職を選んだ人が多いですし、いかに少ない予算でおいしく食べられるかを考えることに前向きな意識を持っています。薬では治療ができない低栄養の問題を限られた予算内で解決することも、今後の管理栄養士の重要な役割になると期待しています。
チーム医療の中での医師の役割
では、食事療法のチーム医療における医師の役割は何でしょう。
それは、患者さんが持つ複数の病気の中で問題を見つけ、問題の順位づけをすること。そしてどの病気を食事療法に任せるかを考えることです。その上で、管理栄養士に明確な目標のある精確なオーダーを行います。
これはよくありがちな悪いオーダー例です。
「この患者さんは糖尿病があって、高血圧があって、高脂血症があって、腎臓病があります。管理栄養士さんよろしくお願いします」。
どうですか。忙しいとつい、このようなオーダーをしてしまっていませんか。
このオーダーでは漠然としていて、管理栄養士は自分が何をすればいいのかよくわからないですね。そして、栄養指導のための彼らの持ち時間は30分程度と考えると、患者さんへのアドバイスは1つの問題について7~8分の総論を語るだけで終わってしまいます。これでは、患者さんには通り一遍の話にしか聞こえないのではないでしょうか。
医師の役割は、患者さんと話しあい、たとえば「この方は脂質を減らすのは抵抗があるけど、エネルギーの総量を減らすことはできそう」と診たてることが第一です。その上で、「〇つの病気のうち、糖尿病については薬を減らせる可能性がある」と治療目標を立てます。それが決まれば、あとは管理栄養士さんへのオーダーです。
たとえば、「他の問題は放置してよいから、糖尿病の改善は君に任せた」と言うとします。その際、「改善」だけではやはり漠然としていますので、そこは具体的な目標を加えたいですね。
「他の問題は放置していいから、糖尿病の改善は君に任せた。この方の糖尿病関連の薬剤を4種類から2種類に減らそう」。
ここまで示せれば管理栄養士の意気込みは俄然上がります。
管理栄養士にも研修制度を
CKD診療にとって非常に重要な役割を持つ管理栄養士ですが、病院の中では存在感が薄く、非常に立場の弱い職種であると言っても過言ではありません。そんな方々にとって医師は、こわい存在かもしれません。だから医師に呼ばれた時には出てくるけど、用事が終わると逃げるように引っ込んでしまいます。宴会に誘っても参加しない場合が多いですし、参加しても端っこのほうで遠慮がちにしていて、医師とは挨拶程度の会話のみ。一般的に管理栄養士はそんな雰囲気がある職種であるように思います。
私が勤める東京医科大学病院では管理栄養士が病棟勤務を行っていますが、腎臓内科の中だけでなく、外科病棟や整形外科病棟でのラウンドも実施しています。ラウンドをすると、他の病棟スタッフは管理栄養士の役割を改めて認識することになり、栄養士の存在感が高まります。一方、管理栄養士も患者さんとのかかわりや他職種とのコミュニケーションを通じて、自分の専門性が求められていることを自覚できるようになります。これにより自身の仕事に自信を持てるようになると、医師に対しても臆さず堂々と自分の意見を言えるようにもなるんですね。もはや当院の管理栄養士は誰も私をこわがりません(笑)。宴会にも普通に参加し、皆と楽しんでいます。
昔の医療では、医師の仕事の範囲が今より広く、注射から検査から、医師が一人でこなしていました。今は、医師の仕事の割合は医療全体のせいぜい3分の1程度でしょう。CKD患者さんの数も、やるべき業務も増え、チームアプローチが必須となった今は、各職種の専門性を高めるとともに他の職種に対する医師の意識も変えていく必要があると痛感しています。
前述したように管理栄養士は院内でなかなか存在感を出せず、また、熱意があり幅広く勉強したいと思っている方でも、日常業務に阻まれ学会などにも参加できずにいるケースは決して少なくありません。私はこれからの管理栄養士のために、学び、視野を広げるための研修制度が必要だと考えています。
「透析は避けられる」は幻想
最後に、読者の先生方の中に「低たんぱく療法をやっていれば透析導入は避けられる」という考えをお持ちの方がもしいらしたら、絶対に改めていただきたいということをお伝えしたいと思います。
日本人は食事療法や運動療法などの非薬物療法への“信仰”を抱きがちです。少なくとも患者さんは、「私は努力しているから大丈夫」と思い込みやすい。でも実際は、年齢とともに腎機能が低下することは避けられません。ですから、患者さんに「食事療法で透析導入が避けられるわけではない」と理解してもらうことも、医師の大切な役割だと思います。
私は、低たんぱく療法を行いたい患者さんには、「腎機能低下の進行は遅くなるかもしれない。でも医学的に計算すると140歳になったら全員透析治療が必要になる。たまたまあなたの場合は、大体〇年後ぐらいですよ」と最初にお伝えしています。
透析導入はいずれ避けられないから、どこかで向き合わなければいけない。そして透析導入後のさらに先の人生のために体力を温存しておくことが大事。だからこそ、むしろしっかり食べて栄養を摂ってほしい。それが私のスタンスです。
(ここまで読んでいただくと、第1回の話をより理解していただけると思います。まだ読んでおられない方はぜひご覧ください)
患者さんの中には、人工透析治療は“人生最後の罰ゲーム”や“地獄行き”のようなイメージを持つ方もいます。確かに昔は透析導入後の生活制限が多く、しかも予後が悪く余命も短かった。だから今でも「透析が始まったらもう旅行も行けない、好きなものも食べられない、麻雀もできない」などと思われるのですね。
でも、現在の透析治療は違います。週20時間程度の時間が使われるだけで、血清Cr値が4ぐらいの生活ができる。長生きもできる。透析を続けながらも何でも好きなことができるし、地獄行きなんてとんでもない。こうしたことを早めに患者さんにお伝えして、誤解を払拭しておくことも大切だと思います。
「富士山登山が夢」と語る90歳の患者さんに、私は食事制限どころか「いっぱい食べていっぱいトレーニングをしましょう。透析治療をしていても富士山には登れますから」と話しました。
患者さん自身の人生、患者さん自身の価値観を大事にしたいと考えながら、日々診療しています。
まとめ
- ・患者さん自身の価値観、何を大事にされているかをまず理解することが大切。
- ・患者さんそれぞれ、その人なりの栄養バランスが取れていればよい。
- ・食事療法は管理栄養士に入ってもらい、チームで取り組む。その際、チームリーダーは職種に関係なく、患者さんと最も親しく話ができ、生活情報を得やすい人という観点を持って検討する。
- ・食事の制限のほうに気をとられて低栄養になってしまわないよう注意する。
- ・食事療法における医師の役割は、複数の疾患の中から問題の優先順位をつけること。
- ・医師から管理栄養士へのオーダーには、明確な目標を加える。
- ・食事療法で透析導入が避けられるわけではないことを患者さんに理解してもらう。
東京医科大学病院 腎臓内科学分野 主任教授
菅野 義彦(かんの よしひこ)
1991年慶應義塾大学医学部卒業後、同大学院医学研究科、米国留学、埼玉社会保険病院腎センター、埼玉医科大学腎臓内科、慶應義塾大学医学部血液浄化・透析センターを経て、2013年4月東京医科大学病院腎臓内科主任教授に就任。2021年9月慶應義塾大学大学院システムデザインマネジメント研究科修士課程修了。日本内科学会総合内科専門医、日本腎臓学会専門医、日本透析医学会専門医。日本臨床栄養学会理事長、日本透析医学会理事、日本病態栄養学会理事、公益社団法人日本透析医会 東京透析医会副会長。著書に『栄養指導にいかす検査値の読みとりポイント:見方がわかれば味方になる!』(ニュートリションケア2020年春季増刊/メディカ出版)他。
提供:株式会社ヴァンティブ メディカルアフェアズ部