『30年来の腎臓病食事療法を再考する』
第1回たんぱく質制限は、目の前の患者にとって本当に必要か
東京医科大学病院 腎臓内科学分野 主任教授
菅野義彦 先生
糖尿病性腎症を含め保存期CKDの患者さんにはたんぱく質制限を主とする食事療法が勧奨されています。一方で、高齢化する患者さんにはサルコペニア、フレイルといった問題も併存します。たんぱく質の摂取不足は、サルコペニアやフレイルの重要な要因の一つであり、CKD診療が抱えるジレンマとなっています。この矛盾する問題を私たちはどう考え、何を優先して患者さんに向き合えばよいのでしょうか。
腎臓病食事療法の専門家として著名な菅野義彦先生に、3回に渡ってお話しいただきます。
提供:株式会社ヴァンティブ メディカルアフェアズ部
「先生、そんなことでいいんですか!?」
腎臓内科の外来には、こんな保存期CKDの男性患者さんをよく見かける、という話から始めましょう。
本人より奥さんの方が食事療法に熱心で、旦那さんの食生活を厳しく管理しています。奥さんがお昼どきに外出される際は、「お父さんはお家でおそばを食べてくださいね」。旦那さんが何かちょっとでも揚げ物などをのせたいと思うと「ダメ!」といった具合です。
外来にも毎回奥さんがついてきて、子どもとお母さんの三者面談のようになり、診察中も家庭での血圧や食生活など、すべて奥さんが答えます。そして、決まって奥さんはこう訴えるのです。
「先生、この人昨日は●●を食べちゃって、おとといは△△を食べちゃって…何とか言ってやってください」
そんな時、主治医の私の口から出るのは、およそ奥さんの期待とはかけ離れた言葉です。
「いいんですよ、食べて」。
奥さんは驚いて「先生、そんなことでいいんですか!?」と怒ります。奥さんと見解が異なるのがよくなかったのか、そのうち奥さんは来なくなり、旦那さんがひとりで通院するようになります。
すると、患者さんはたくさん話すようになり、食べることも楽しくなっていきます。こうなったら「あなたがやれることをやりましょう」と、患者さんの食事に対する関心を高める方向にもっていけます。
私が「腎臓病食事療法の専門家です」と言うので、私のことを相当強固な、たんぱく質制限の推進派だと思っておられる医療者は少なくありません。しかし私は、患者さんに厳格なたんぱく質制限をすることはほぼありません。
食事療法は、できる患者さんができることをやればいい。食事をゆっくりゆっくり変えるなら、変えてもいい。でも、変えないなら変えなくてもいい。個々の患者さんのライフゴールや希望を聞いて個別に判断する。それが私の考え方です。
たんぱく質制限に疑問をもった背景
では、どうして私がこのような考えに至ったのか、その背景をお話しします。
2002年にCKDという概念が登場し、2007年には我が国においてもCKD診療ガイドが発刊され、慢性腎不全の早期治療体制が敷かれました。CKDの登場で早期から治療できるようになり、近年は降圧剤、腎保護機能のある糖尿病薬など薬物治療も向上しています。
そのおかげで、昔に比べ保存期CKDから透析導入までの時間が非常に長くなりました。感覚的には10~15年という方もたくさんおられます。昔は多かった「最近何か調子が悪い…」と受診したその日に透析導入という患者さんは明らかに減りました。
新たに人工透析を始める患者さんの年齢も上がり、1980年代は50代でしたが、今は70歳を超えています。昔は考えられなかった90歳での導入はもちろん、100歳でも透析導入が可能な時代です。透析導入後の余命も平均7年を超え、10年以上の患者さんも3割近くまで増えました。透析治療を受けながら30年生きることも十分に可能です。
そもそも30年前と現在とでは透析導入の原疾患が異なります。昔は若年層に多い糸球体腎炎が圧倒的でしたが、現在は約4割を糖尿病性腎症が占めています。また、加齢による腎硬化症も増加しており、今後も変動すると考えています。
患者さんのポピュレーションが変わり、早期治療が進み、薬はよくなり、人工透析装置技術は大きく進化した。これが慢性腎臓病と透析をめぐる変化です。
では、腎臓病の食事療法はどうでしょうか。
糖尿病性腎症を含め保存期CKDの患者さんの食事というと、多くの先生方が反射的に思い浮かべるのは「たんぱく質制限」でしょう。それは無理もありません。なぜなら、医学部時代のテストから医師国家試験から内科の教科書から、あらゆるものにそう書かれていますので。
しかし、保存期が長くなり、透析導入後の人生も長くなってサルコペニアやフレイルという病態が注目されている現在、CKD患者全員にたんぱく質制限を行う考え方は見直すべき時代だと思っています。
「食べること」を許容できなくなる
保存期CKDの長期に渡るたんぱく質制限の影響は、透析導入後に現れます。意外に思われるかもしれませんが、透析治療開始後は、これまでよりたんぱく質を多く摂取するよう食事内容を変える検討をする必要があるのです。
人工透析治療は、腎臓の代わりに老廃物を体外に出すという治療ですから、たんぱく質を摂取できますし、身体を維持するためにむしろ食事をしっかり摂らなければなりません。注意しなければならないのは唯一、カリウムだけです。本来「透析食」という特別なものはなくて、カリウム以外はほぼ普通食なのです。
関連ガイドラインには、保存期CKDのたんぱく摂取量0.6~0.8g/kgを透析期は0.9~1.2g/kgに増やすこと、と書かれています。でも、これはほとんど倍に近い量です。患者さんにとっては、2枚の生姜焼きをいきなり4枚食べろ、という話ですよね。患者さんはそもそも加齢で食が細くなっているのに加えて、長年のたんぱく質制限に慣れていたわけです。突然たんぱく質を増やせと言われても、やっぱり生理的に体がついていきません。
さらに、患者さんは長年の食事制限で、精神的にも「たくさん食べる」を許容できなくなっています。心身ともに食欲を満たす機会を避けてきたことで、心から「ああ美味しかった」と喜べる感情が失われて、食べることに対して強い罪悪感をもってしまっています。
中には厳しい食事療法を自分で行い、お話を聞くと「制限を始めて一年で8キロ痩せました」とおっしゃる患者さんもおられます。必ずしも体重を減らさなくてもよい方が、体重減少のマイナス面を意識する機会を逸してしまったのを見るのは、本当につらいものがあります。
食事というツール以外にも選択肢はある
今でも多くの医療者は、透析をしている患者さんに対してもつい心配になって「食事制限を勧めておこうか」と考えがちです。患者さんの方も、体重をセーブする方が水分除去の際の負荷が少なく、楽に透析ができることを経験的に知っています。いわば、食べないことが “生活の知恵”なんですね。
医療スタッフの方も、体重の変動が大きいと、終了間際に血圧の変動や苦痛から不満を訴える患者さんがいますので、体重を増やさなかった人を褒めたり、つい「体重を増やすからいけないんでしょ」と言ってしまったりします。透析前の血中カリウムやリンの値も、正常値に入らないと、叱ってしまいます。ですが、リンを摂取している患者さんはきちんとごはんを食べている証拠なので、私はむしろ評価しているほどです。
一般に透析患者さんは痩せやすく、だからこそサルコペニアやフレイルが懸念されるのですが、特にHD(血液透析)に比べPD(腹膜透析)は、血中から腹膜透析液にたんぱく質が漏出しやすいため、低栄養状態を起こしやすいことが知られています。とはいえ、各々の体の状況は異なりますから、食事療法はHDだから、PDだから、というカテゴリーではなく、もっと個別化して考えるべきだと思うのです。PDからHDに移行してもしばらくはPDの時の食事を続けてみる。それで何か問題が起こってきたら、その問題を解決する方法をしっかり検討していけばよいのです。必ずしも食事というツールで管理しなくてもよいでしょう。たとえば高リン血症には、薬物治療という選択もあります。問題対処の方法も含めてそれぞれの患者さんに応じて個別に検討することこそが、食事療法だと私は思います。
“記憶”としての食事制限
透析の現場では、今も食べない方へと促すかのようなアドバイスが医療者から行われています。でもこれは、日本の透析の歴史的な背景を考えれば理解はできます。
人工透析療法が日本で開始されたのは1960年代のことです。当時の透析患者さんの平均年齢は30~40代、食欲を抑えるのが難しい年代です。透析装置は性能も低く、当時の医師たちはおそらく“食べて命を落とす”患者さんを毎日のように経験していたことでしょう。「透析患者は食べれば亡くなる」――これが業界としての記憶に残り、1980年代までの30年ほど続きました。
そこから現在に至るまでの間には、先に述べたような大きな変化が起こりました。透析患者の平均年齢が大きく変わったのに同じ食事療法を行おうというのは、無理がある話なのです。どこかのタイミングで明治維新的な方向転換が行われればよかったのですが、時代環境は30年間かけてゆっくり変わってきたので、日本の透析医療は転換のチャンスを逸したまま現在に至ります。これはもう、誰が悪いわけでもありません。
今回は、長期にわたるたんぱく質制限がその後の腎代替療法期にどのような影響を与えるかをお話ししました。次回は、エビデンスと患者の実態から考える保存期CKDの食事療法についてお話ししたいと思います。
まとめ
- ・サルコペニア、フレイル予防の観点から、保存期CKDの食事療法のあり方が問われている
- ・透析導入後は、たんぱく摂取量を増やすよう検討する。基本的にカリウム制限以外は普通食。
- ・食事療法は個別に考えることが重要
- ・透析導入患者の平均年齢は年々上がっており、1980年代は50代であったが、今は70歳を超えている。時代背景もふまえて食事療法を見直す必要がある。
東京医科大学病院 腎臓内科学分野 主任教授
菅野 義彦(かんの よしひこ)
1991年慶應義塾大学医学部卒業後、同大学院医学研究科、米国留学、埼玉社会保険病院腎センター、埼玉医科大学腎臓内科、慶應義塾大学医学部血液浄化・透析センターを経て、2013年4月東京医科大学病院腎臓内科主任教授に就任。2021年9月慶應義塾大学大学院システムデザインマネジメント研究科修士課程修了。日本内科学会総合内科専門医、日本腎臓学会専門医、日本透析医学会専門医。日本臨床栄養学会理事長、日本透析医学会理事、日本病態栄養学会理事、公益社団法人日本透析医会 東京透析医会副会長。著書に『栄養指導にいかす検査値の読みとりポイント:見方がわかれば味方になる!』(ニュートリションケア2020年春季増刊/メディカ出版)他。
参考文献
提供:株式会社ヴァンティブ メディカルアフェアズ部