第25回 EMPA-REG OUTCOME試験のその後と新たな展開
加藤光敏 先生(加藤内科クリニック院長)
初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 51(2017年1月1日号)
はじめに
SGLT2阻害薬が日本で最初に発売されたのは2014年4月でした。通常の新薬ならその薬の学習はとうに終了です。ところがSGLT2阻害薬は発売2年半が過ぎても学術講演会がいまだにあり、新しい話題が尽きない薬です。今回はSGLT2阻害薬(以下SGLT2-i)に関しての最近の情報を取り上げます。
EMPA-REG OUTCOME試験と腎に対するサブ解析結果
EMPA-REG OUTCOME試験は、エンパグリフロジン(以下EMPA)10mgまたは25mgの追加投与の大規模臨床試験です。アジア人22%を含む2型糖尿病患者7,020人の解析で、主要アウトカム(3ポイント複合心血管イベント:心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中)が有意に少なく、全死亡率も低かったという結果が2015年9月EASD(欧州糖尿病学会)で発表され会場は熱気に包まれました(文献1)。
EMPA-REG OUTCOME試験の腎機能に関する解析は、1年後の2016年6月のADA(米国糖尿病学会)で発表され、同時にNEngl J Med online版でも報告されました(文献2)。なお対象のeGFRは26%の症例で60mL/分/1.73m2未満で、RAA系薬剤は81%、利尿薬は43%に使用されていました。この試験は腎症の発症または悪化を①尿アルブミンが300mg/gCr以上に増加②血中クレアチニン値が2倍③透析導入④腎不全死と定義。その結果腎症の発症・悪化を39%、透析導入を55%有意に減少させていたのです!
興味深いのは経過中のeGFRの推移で、プラセボ群ではeGFRは次第に、3年間で6mL/分 程度低下していきましたが、EMPA10mgと25mgの両群で、平均eGFRはいったん3mL/分 余り落ちたものの、そのまま3年間保持されたという驚きの結果でした。
従来SGLT2-iは①eGFRを急に落とすので腎機能悪化に注意。②eGFRが低ければ尿糖排泄効果も弱く、使用の意義は低いとされていました。しかし今回の結果では、慢性腎不全の患者に早めにSGLT2-iを開始すると長期予後が良いのでは、と考えさせる結果だったのです。
本試験はeGFRの中等度以上の低下症例は多くありませんでした。これからになりますが、CKDを対象としたカナグリフロジンによるCREDENCE試験やダパグリフロジン国際共同Ph3試験の結果も待たれます。
腎機能保護の機序と新仮説
2型糖尿病の尿細管ではSGLT2が過剰発現し、ブドウ糖・NaClの再吸収が亢進。濃度が下がるため、遠位尿細管緻密斑(macula densa)で「GFRが低下」と認識し、輸入細動脈を拡張させ糸球体内圧を上昇させます(TGF:tubuloglomerular feedback mechanism)。ここでSGLT2-iを使用すると尿細管でNaClの再吸収が減りmacula densaでのNaCl濃度が上昇、「GFRが保たれた」と判断し輸入細動脈拡張を解除。このようにして腎臓が保護されると考えられています(文献3)。
しかしTGFの理論だけですべてを説明できません。そこに登場した新仮説がケトン体です。E.Ferrannini(文献4)は、インスリン抵抗性の高い状況ではブドウ糖が心臓や腎臓で充分に利用できず、エネルギー効率の悪い脂肪酸がよく使われエネルギー不足の状態と考えられる。S.Mudaliar(文献5)によると、酸素1分子からブドウ糖は2.58分子のATPが造られるが、パルミチン酸の例では2.33分子しか産生されない。炭素2単位からブドウ糖では223.6kcal/molだが、ケトン体は243.6kcal/molのエネルギーを産生できるので、代謝上有利としています。SGLT2-iの使用で血中ケトン体が上昇すると、エネルギー効率の良い第三のエネルギーとして利用され、臓器保護につながる。これが別々の論文から見えるストーリーですが、議論となるかもしれません。
2016年9月欧州糖尿病学会(EASD)
2016年のEASD期間中、夜の研究会でEMPA-REG OUTCOME試験筆頭著者のZinman先生と、SGLT2-iについて話す機会がありました。ケトン体を利用できないノックアウトマウスは心不全が重症化する。ヒトでは心筋梗塞・脳卒中よりも、心不全・心不全死を忘れない。少なくとも初期にはSGLT2-iのNa+利尿、降圧で早期の有効性を示したと思う。なおHt(ヘマトクリット)の上昇は腎組織には有利である。などの主旨の重要な意見を聴けたのは幸いでした。
我々医師には血中ケトン体は危険との「常識」があります。ケトアシドーシスは危険として、ケトーシス時のケトン体は、エネルギー代謝で有利に働く可能性があるわけで、糖尿病におけるケトン体の有用な側面を考える転換期にあるのかもしれません。
今後の実臨床に向けて
この薬は服薬で尿量が増え、本当の意味のプラセボ薬が難しい薬であることを指摘したく思います。EMPA-REG OUTCOMEでは総死亡などバイアスがかかりにくい事項も早期から改善しており、有効性は明白です。しかし原著を読むと、脳卒中が有意ではないが増加しているなども見えてきます。SGLT2-iでは「水バランスの変化」に注意し、日本人で投薬中止後にstrokeが増えないかなどの検討も必要と思います。脳卒中が多い日本での脱水注意は、過剰反応と
は思えません。確かにSGLT2-iはK+が下がりにくい「マイルドな利尿薬」です。しかし他の利尿薬との併用時は注意を払う必要があります。
最後にSGLT2-iはもっと積極的に使用されてしかるべき薬と考えています。しかし実臨床の現場では、引き続き使用症例の効果をしっかり確認していく必要があるものと考えている次第です。
参考文献
- 1) Zinman B et al. N Engl J Med 373:2117-2128,2015
- 2) Wanner C et al. N Engl J Med 375:323-334,2016
- 3) 加藤光敏 糖尿病情報BOX&Net.No44 SGLT2阻害薬(5)
- 4) Ferrannini E et al. Diabetes Care39:1108-1114,2016
- 5) Mudaliar S et al. Diabetes Care 39:1115-1122,2016
※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。
糖尿病治療薬の特徴と服薬指導のポイント 目次
- 40. 第40回 インスリンとGLP-1受容体作動薬の新配合薬
- 39. 第39回 心血管病変および心不全抑制効果が期待される「GLP-1受容体作動薬」
- 38. 第38回 心不全の進展抑制が期待される「経口血糖降下薬」
- 37. 第37回 糖尿病腎症の進展抑制が期待される「注射製剤」
- 36. 第36回 糖尿病腎症の進展抑制が期待される「経口薬剤」
- 35. 第35回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(9)〈GLP-1受容体作動薬-2〉
- 34. 第34回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(8)〈GLP-1受容体作動薬-1〉
- 33. 第33回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(7)〈インスリン療法-2〉
- 32. 第32回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(6)〈インスリン療法-1〉
- 31. 第31回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(5)
- 30. 第30回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(4)
- 29. 第29回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(3)
- 28. 第28回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(2)
- 27. 第27回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(1)
- 26. 第26回 経口血糖降下薬配合剤の現状と注意点
- 25. 第25回 EMPA-REG OUTCOME試験のその後と新たな展開
- 24. 第24回 GLP-1受容体作動薬(2)
- 23. 第23回 GLP-1受容体作動薬(1)
- 22. 第22回 インスリン療法をレベルアップする機器
- 21. 第21回 インスリン製剤 (4)
- 20. 第20回 インスリン製剤 (3)
- 19. 第19回 インスリン製剤 (2)
- 18. 第18回 SGLT2阻害薬 (5)
- 17. 第17回 インスリン製剤(1)
- 16. 第16回 SGLT2阻害薬(4)
- 15. 第15回 SGLT2阻害薬 (3)
- 14. 第14回 SGLT2阻害薬(2)
- 13. 第13回 スルホニル尿素(SU)薬(3)
- 12. 第12回 スルホニル尿素(SU)薬(2)
- 11. 第11回 スルホニル尿素(SU)薬(1)
- 10. 第10回 SGLT2阻害薬(1)
- 9. 第9回 DPP-4阻害薬(3)
- 8. 第8回 DPP-4阻害薬(2)
- 7. 第7回 DPP-4阻害薬(1)
- 6. 第6回 GLP-1受容体作動薬
- 5. 第5回 チアゾリジン薬
- 4. 第4回 グリニド系薬剤
- 3. 第3回 ビグアナイド薬(2)
- 2. 第2回 ビグアナイド薬(1)
- 1. 第1回 α-グルコシダーゼ阻害薬
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