糖尿病治療薬の特徴と服薬指導のポイント

第32回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(6)
〈インスリン療法-1〉

加藤光敏 先生(加藤内科クリニック院長)

筆者について

初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 58(2018年10月1日号)

はじめに

 近年、高齢者にも副作用をあまり心配すること無く使用できる薬剤が増えてきました。高齢者としてイメージしているのは70歳以上です。確かに、高齢者が長年服用している治療薬でコントロールが良好なら、治療法を変更しない方が良いことを経験します。
 まずは服薬および生活状況を確認しなければなりませんが、服用薬剤が次第に増えていくにも関わらず、血糖コントロールが良くならない高齢者が問題です。高齢者は罹病期間が長く、インスリン分泌が遅延型で、インスリン分泌量は減少している症例が多い特徴があります。しかし医療サイドでも、「当然インスリンを使用すべきだが高齢だから」とインスリン導入を敬遠しがちです。今回は高齢者のインスリン療法について考えます。

高齢者糖尿病の特徴

 高齢糖尿病患者の服薬に関しては ①薬物代謝・薬物排泄能の低下 ②自律神経機能の低下 ③食事摂取量が不安定 ④服薬アドヒアランスの問題があり、低血糖を起こしやすいとされています(文献1)。
 また高齢糖尿病のインスリン分泌に関しては ①インスリン分泌が遅く ②骨格筋量の減少と関連してインスリン抵抗性が高く③食後高血糖を起こしやすく ④インスリン分泌能自体低いのが特徴です。健常者でも膵β細胞の総量は1gにも満たないといわれます。高齢者は個人差がありますが、β細胞が少なくインスリン注射が好ましい高齢者は多いのです。

インスリン枯渇前に高齢者にインスリン導入を

 このように高齢者の糖尿病薬物療法では、インスリン療法は今でも重要な治療法です。インスリン分泌が著しく低下しているにも関わらず、高齢者だからインスリン療法は難しいだろうと、即断するのは考えものです。当院でも84歳でインスリン導入をした方がいます。高齢者ではインスリンが必要と判断したら早めにインスリンを導入するのが重要です。
 まだβ細胞が残存している、またインスリン注射手技の理解できる時に導入するのが、大切です。ぎりぎりまで待ってから導入するのは、患者さんや医療者両方に負担がかかります。ハードルが高くなって導入するのでなく、「早めに導入」して糖尿病合併症や大血管障害のリスクを少なくしておき、将来手技がおぼつかなくなったら経口血糖降下薬のみに戻せば良いのです。

高齢者に対するインスリンの効用

 当院に高齢者の方が紹介来院されました。従来の薬物を多種併用しても血糖コントロールが悪く、明らかにインスリンの必要な病態でした。学歴は高いのですが、同じ事を何度も話しています。頼りないがインスリン自己注射可能と判断してインスリンを少量から外来で開始しました。すると1週間で頭が軽くなったと話し、間もなく頭脳明晰な方に戻りました。インスリンの高齢者に対する効果に目を見張った症例でした。
 インスリンには種々の作用があり、一般的な効果は若年者も高齢者も同様かもしれません。しかし、認知症に対する効果が注目されています。
 まず高齢者糖尿病では、血管性認知症Vascular dementia(VD)とアルツハイマー病Alzheimer disease(AD)の両方とも多いことが知られています(文献2)。ここで文献3によると、「インスリンは脳の糖エネルギー代謝を調整する他、神経伝達やシナプス可塑性にも作用する」「適正量のインスリンとブドウ糖により、記憶が促進される」「インスリン受容体は脳内では、臭球、視床下部、また記憶に重要な海馬に高濃度に局在する」ことが紹介されています。またインスリンを点鼻投与すると、インスリンは篩板(しばん)を通して脳に移行して、脳でのインスリン作用を高めて、認知機能に好影響を与えることが期待されています(文献4)。
 近年の論文ではインスリンが脳内のインスリン感受性を高めることが、認知機能保持に極めて重要であることがレビューされています(文献5)。
 またMC(I 軽度認知症)を含む認知症60名にインスリンデテミルを21日間点鼻した研究ではアルツハイマー病の発症リスクを上げることで知られるApoEε4遺伝子を持つ患者のみではありますが、認知機能の改善を認めたと報告されています(文献6)。
 インスリン注射で認知症の進行を有意に抑制しているかの結論はまだとして、高齢者におけるインスリンの意義を考えさせる興味深い事柄です。

おわりに

 高齢者の治療ガイドラインでは低血糖に配慮した目標値を定めています。高齢者だからこそ低血糖に至らない範囲で血糖コントロールの改善をみることが必要です。しかし相手は確かに若年・壮年者の方とは異なります。インスリン枯渇症例をどのように判断するか、また高齢者にはどのようなインスリンを選べばよいのか、導入とその継続が難しいと予想される場合はどうするかを次回のテーマとしたく思います。

参考文献

  • 1) 清水辰徳、山田祐一郎:月刊糖尿病 Vol.9(No9):58-64, 2017
  • 2) Cheng G et al.:Med J 42:484-491, 2012
  • 3) 横野 浩一:日本内科学会雑誌99(7):152-158, 2010
  • 4) 荒木 厚:Progress in Medicine 35:1451-1455, 2015
  • 5) B Cholerton et al.:Eur J Pharmacol:719(1-3):170-179, 2013(PMC2017)
  • 6) Claxton A et al.:J Alzheimers Dis. 44(3):897-906, 2015

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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