オピニオンリーダーによる糖尿病ガイダンス

47. SGLT2阻害薬による死亡リスク低下 〜最新の臨床試験(EMPA-REG OUTCOME)に学ぶこと〜

佐藤 譲 先生(NTT東日本東北病院院長)

佐藤 譲 先生

初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 47(2016年1月1日号)

糖尿病治療における血糖管理の役割

 糖尿病の治療目的は、糖尿病であっても健常者と変わらない寿命とQOLを達成することです。実際に良好な血糖管理を維持することで糖尿病に特異的な細小血管症が抑制されることには確固たるエビテンスがあります。QOLに関しても、普遍的なQOL評価法がなく、倫理的な課題からRCTを行いにくいために科学的エビデンスは少ないものの、「糖尿病発症後早期からの血糖管理が患者さんのQOL維持に寄与する」ことはコンセンサスとして異論はないでしょう。

 それでは、「血糖管理によって、糖尿病患者さんの寿命は延びる」のでしょうか?残念ながら、血糖管理が寿命延長に寄与したとする報告はほとんどみられず、ACCORDのような厳格な血糖管理により重症低血糖のためにかえって死亡が有意に増えたという報告さえあります。

血糖降下薬の心血管疾患リスク評価

 患者さんの寿命を延ばすには、糖尿病関連の死因として頻度の高い心血管死を減らすことが必要ですが、米国で2000年代に開発された血糖降下薬の市販後調査で、心血管イベントを有意に増やす薬剤が報告されました。この報告を受けたFDAは、それ以降すべての新規血糖降下薬に心血管疾患リスクを評価する臨床試験を課すようになりました。

 既にいくつかのDPP-4阻害薬に関する臨床試験が終了し、いずれの薬剤もイベントリスクを上げないことが確認され、安全性が担保されました。しかし反対に、イベントリスクを下げることが証明された薬剤もありません。DPP-4阻害薬は基礎研究から血管保護作用が予見されていただけに、やや期待外れの感が漂っていたのが昨秋までの状態でした。

EMPA-REG OUTCOME試験とは

 このようななか昨秋、結果発表されたのが「EMPA-REGOUTCOME試験」です。これはSGLT2阻害薬エンパグリフロジンの心血管イベントリスクを評価したもので、日本を含む42か国で実施された最新の臨床試験です。心血管疾患の既往がある糖尿病患者7,000名強を最長5年(中央値は3.1年)観察したプラセボ対照RCTです。

 その結果は、主要評価項目のMACE(心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中の複合エンドポイント)の有意な減少(HR0.86,p=0.04)、全死亡の有意な減少(HR0.68,p<0.001)、心不全による入院の有意な減少(HR0.65,p=0.002)という鮮やかなものでした。これまでの糖尿病用薬で死亡リスク低下をこれほど明確に示した薬剤はなく、世界の糖尿病医療に与えた影響は「衝撃的」と言ってよいものです。また、エンパグリフロジン以外のSGLT2阻害薬でも同様の試験が進行中で、本試験と似た傾向がみられていると伝えられています。

日本の糖尿病医療へのインパクト

 従来、わが国ではSGLT2阻害薬の使用に際し、高齢患者が多く脱水による脳梗塞の懸念があることや、欧米ほど肥満者が多くないなどの理由で、海外に比しあまり使われず推移していました。しかし本試験の患者背景別サブ解析をみると、人種別で主要評価項目の対プラセボHRが最も低く抑えられていたのはアジア人であり、BMI30で二分した場合はBMI30未満の群、年齢65歳で二分した場合は65歳以上の群で、それぞれHRが低くなっています。つまり高齢で肥満の程度が低い日本人は、イベント抑制のメリットを得やすいのかもしれないわけです。

 一方、注意すべきデータももちろんあります。まず、本試験の対象は心血管疾患既往者であり、極めてイベントリスクが高い患者群の二次予防を評価したものであって、私たちが日常臨床で診ている多くの患者さんとはやや臨床像が異なるという点です。また実薬群で脳卒中が有意ではないものの増加傾向にあったことも気になります(HR1.24,p=0.16)。同薬の副作用である脱水が関与している懸念が完全には否定し切れず、日本人は脳卒中を発症しやすい人種ですから、今後の注視が必要です。

 このような注意点はあるものの、同薬がこれまでの血糖降下薬では成し遂げられずにいた寿命の延長をも達成できる可能性を示したことは大きな前進です。わが国でも同薬の適応を慎重に、もう少し拡大して考慮してもよい時期なのかもしれません。

糖尿病治療=血糖管理ではない

 ところで本試験において、観察期間中のHbA1cの群間差は0.5%前後でした。その程度の差がわずか3年強でイベント抑制につながったとは考えにくいことから、現在さまざまな視点で「本当に効いたのはなにか」という検討が加えられています。現時点では、同薬が血糖降下以外に血圧降下、抗肥満、利尿といった作用をもつことから、それらがトータルで血管保護や心不全抑止に寄与したのではないかと推測されています。

 このように考えると、糖尿病治療の手段は血糖を管理することだけではない、という当たり前のことに改めて気付かされます。糖尿病の患者さんの長寿を達成するためには、血糖はもとより、血圧や脂質、体重などを含めた包括的な管理が重要であることをこの最新の臨床試験は示している、というとらえ方もできます。

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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