第29回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(3)
加藤光敏 先生(加藤内科クリニック院長)
初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 55(2018年1月1日号)
はじめに
今回は高齢者に処方する経口血糖降下薬についてです。高齢者、特に75歳以上では新しいことを忘れやすく、予測できない変化に対して対応が後手に回る方が多いという特徴があります。従って、誤って二度服用してもまだ安全が担保されるような、二重の安全性が求められるところです。高齢者の肥満は薬剤選択に影響します。しかし当院での体組成測定装置での結果からも、骨格筋量が毎年減少し基礎代謝が低下していく方が多数を占めるのが明らかです。エネルギー消費が少ないため減量は難しい例をよく見かけます。体重が減らないのを食べ過ぎと決めつけて摂取エネルギーを控えると、蛋白質不足でサルコペニア(筋肉減少症)を助長するなど、壮年までとは違う指導をしなくてはいけません(文献1)。
高齢者の薬物選択のポイント
高齢者に関する講演のあと「どのように糖尿病治療薬を選んでいるのですか?」と聞かれました。私の場合は以下のように考えることが多いと思います。
①まずインスリン分泌とインスリン抵抗性の関与の割合を勘案し、壮年者と同じように医学的に理想と思われる薬剤系統を思い浮かべ選択します。
②次にその患者さんの身体状況を考えます。特に腎機能としてeGFR値・蛋白尿の有無はどの薬剤でも必ず確認します。チアゾリジン薬なら心不全の病態が無いか、女性なら年1~2cm背が急に縮んだことが無かったか聞くことは、転倒骨折の既往より有用性の高い骨粗鬆症問診事項です。α-グルコシダーゼ阻害薬なら腸閉塞のリスクとして腹部の手術の有無を再確認します。
③さらにその患者さんが服用中の他の薬剤との相互作用を考えます。同時に経済的な問題を抱える高齢者が増加していることから1割負担とは言え、薬価を考えて薬を選択するのも大切なことと考えます。
④他の薬剤の服用方法と合致しやすいか考えます。例としては1日2回服用中ならDPP-4阻害薬朝夕2回服用の薬剤を選択。食前後に服用が分かれないように単純化。例を挙げれば、「インスリンが食前なので、ビグアナイド薬と降圧薬も食前に服用」。以上のようなことを考慮しながら処方を決めます。
高齢者向けの経口血糖降下薬の分類について
高齢者における血糖変動幅は「動脈硬化促進因子」というのみだけでなく、低血糖と裏腹であるという重要な側面があるため、薬剤選択および薬剤の組み合わせにおいて「血糖変動幅を小さくする」という考え方は重要です。グルコーススパイクを抑制できればすでに動脈硬化が進行している高齢者には、血管プラークの破綻を防ぐことに繋がります。
現在使用できる経口糖尿病薬は7種類に分類されていますが(文献2)、高齢者においての薬剤を3つに分けて考えてみましょう。【A群】主として血糖変動幅を減少させる薬剤:α-グルコシダーゼ阻害薬、グリニド薬【B群】空腹時血糖が下がり1日の平均血糖を改善する薬剤:SU薬、ビグアナイド薬、チアゾリジン薬【C群】両者の作用を持つ薬剤:DPP-4阻害薬、SGLT2阻害薬。
ここで高齢者では1剤で下がらない場合には、極量に増量ではなく、作用機序の異なる別グループ薬との併用がお勧めです。
経口血糖降下薬の高齢者における注意点
薬剤の作用機序等は過去に記載しましたので省略して、高齢者への注意点に絞り記載します。
【A群】血糖変動幅減少グループ
①α-グルコシダーゼ阻害薬(文献3)
当院でもCGM、FGMと薬剤開始後の血糖変動の変化を患者さんと確かめるのが容易になってきました。腹部症状が少ないミグリトール(セイブル錠Ⓡ)を使ったデータでは食後血糖が見事に抑制されています。先日の患者さんも「服用するとしないとでは、食後血糖測定値が大きく違う」と話してくれました。確かに当院の629人の栄養調査では、高齢者は糖質摂取が多い傾向があり、α-グルコシダーゼ阻害薬の有効性が高いことが推定されます。
注意点としては「お腹の手術をしたことはありませんでしたね?」と聞くことです。なお高齢者では初日から1日3回は腹部膨満感できつい時があるので、ミグリトールなら低用量の25mgで、1日1~2回食前から開始して、慣れたら各食前とするのは一法と思います。高齢者において1日3回食前というのは服薬コンプライアンスの点で不利と思われますが、毎食前にと習慣がついている高齢者は思いのほか服用してくれます。ビグアナイド薬よりも不思議と残薬が少ないものです。
②グリニド系薬剤(文献4)
糖質に偏りやすい食事に対して、グリニド薬の持つインスリンを早く分泌させ、食後の高血糖を抑制する薬効は好ましいと思われ、軽症の糖尿病が適応です。ただしSU薬との併用はほとんど意味が無いので注意です。これも1日3回服用で、「低血糖は注意」とされていますが、食後高血糖の時に有効で、SU薬と異なり、SU受容体から案外簡単に離れていくので夜間の低血糖は皆無ですし、食後の低血糖もほぼ心配しなくて良い薬です。しかしレパグリニド(シュアポストⓇ)はグリニドの中で一番強い印象を私は持っているので、高齢者で食欲が無く、食べられない時にはお薬を飲まなくても良いと話しておくようにしています。
(他の系統の薬剤については次号)
おわりに
高齢者の薬剤選択は難しく、一般的な薬剤選択のステップに加え、認知症の有無、抑うつ状態の有無、家庭環境、キーパーソンの有無、経済状況の確認も求められます。高齢糖尿病患者さんはポリファーマシー(多剤併用)となりがちです。高齢者で自己負担額が少ないからと安易に高価な薬剤を組み合わせていると、そぶりを見せなくとも経済的余裕の無い方もおり、脱落を誘発する恐れがあります。
参考文献
- 1) 高齢者糖尿病治療ガイドライン2017(南江堂):P49-56, 2017
- 2) 糖尿病治療ガイド2016-2017(文光堂):P29-32, 2016
- 3) 加藤光敏. 糖尿病情報BOX&Net.27「糖尿病治療薬の特徴と服薬指導のポイント 第1回」, 2011
- 4) 加藤光敏. 糖尿病情報BOX&Net.30「糖尿病治療薬の特徴と服薬指導のポイント 第4回」, 2011
※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。
糖尿病治療薬の特徴と服薬指導のポイント 目次
- 40. 第40回 インスリンとGLP-1受容体作動薬の新配合薬
- 39. 第39回 心血管病変および心不全抑制効果が期待される「GLP-1受容体作動薬」
- 38. 第38回 心不全の進展抑制が期待される「経口血糖降下薬」
- 37. 第37回 糖尿病腎症の進展抑制が期待される「注射製剤」
- 36. 第36回 糖尿病腎症の進展抑制が期待される「経口薬剤」
- 35. 第35回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(9)〈GLP-1受容体作動薬-2〉
- 34. 第34回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(8)〈GLP-1受容体作動薬-1〉
- 33. 第33回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(7)〈インスリン療法-2〉
- 32. 第32回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(6)〈インスリン療法-1〉
- 31. 第31回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(5)
- 30. 第30回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(4)
- 29. 第29回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(3)
- 28. 第28回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(2)
- 27. 第27回 高齢者糖尿病診療の特徴と注意点(1)
- 26. 第26回 経口血糖降下薬配合剤の現状と注意点
- 25. 第25回 EMPA-REG OUTCOME試験のその後と新たな展開
- 24. 第24回 GLP-1受容体作動薬(2)
- 23. 第23回 GLP-1受容体作動薬(1)
- 22. 第22回 インスリン療法をレベルアップする機器
- 21. 第21回 インスリン製剤 (4)
- 20. 第20回 インスリン製剤 (3)
- 19. 第19回 インスリン製剤 (2)
- 18. 第18回 SGLT2阻害薬 (5)
- 17. 第17回 インスリン製剤(1)
- 16. 第16回 SGLT2阻害薬(4)
- 15. 第15回 SGLT2阻害薬 (3)
- 14. 第14回 SGLT2阻害薬(2)
- 13. 第13回 スルホニル尿素(SU)薬(3)
- 12. 第12回 スルホニル尿素(SU)薬(2)
- 11. 第11回 スルホニル尿素(SU)薬(1)
- 10. 第10回 SGLT2阻害薬(1)
- 9. 第9回 DPP-4阻害薬(3)
- 8. 第8回 DPP-4阻害薬(2)
- 7. 第7回 DPP-4阻害薬(1)
- 6. 第6回 GLP-1受容体作動薬
- 5. 第5回 チアゾリジン薬
- 4. 第4回 グリニド系薬剤
- 3. 第3回 ビグアナイド薬(2)
- 2. 第2回 ビグアナイド薬(1)
- 1. 第1回 α-グルコシダーゼ阻害薬
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