私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み

64. 糖尿病と動脈硬化─高血糖は動脈硬化を促すか?─(1)

後藤由夫 先生(東北大学名誉教授、東北厚生年金病院名誉院長)

「私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み」は、2003年1月~2009年8月まで糖尿病ネットワークで
全64回にわたり連載し、ご好評いただいたものを再度ご紹介しています。

筆者について

1. 剖検糖尿病例の集計

 わが国では日本病理剖検輯報が1958年以来毎年発行されている。筆者らは学生や看護学生等の御協力によって。毎年発行される輯報から、糖尿病の病名のある症例を拾い上げてそれを所定事項を記入するカードに転記することを行ってきた。この作業は1985年まで継続することができたのは皆様の御協力の賜物と深く感謝している。

 日本病理剖検輯報から収集した糖尿病例について、われわれが推定した死因を1つにして集計したものが表1である。実際には死因を1つに絞ることは困難であるが、剖検輯報の限られた記載事項から1つにしたものである。1958より85年までの28年の間には、人口ピラミッドの変化などもあり、それによる影響、医療技術、治療法の進歩なども加味して評価しなければならないわけである。

 この表1の死因の変化では糖尿病昏睡、糖尿病の悪化による死亡が時代とともに減少しているのが目につく。また感染症とくに結核死が激減している。そして増加しているのは血管障害で、脳血管障害、冠動脈疾患死が増加している。悪性腫瘍も全体としては増加している。これらはすべて一次性糖尿病例の死因である。

表1 日本病理剖検輯報より収集した一次性糖尿病のおもな死因の年次推移(%)
日本病理剖検輯報より収集した一次性糖尿病のおもな死因の年次推移(%)

 さて、記載内容から二次性糖尿病と思われる症例を表2に示した。二次性と明記されていないので二次性糖尿病を起こす病変のある症例、たとえば膵石症、肝硬変、ステロイド糖尿病などは二次性とした。ステロイド糖尿病は一次性の素因である例に起こりやすいことはわかっているが、二次的な原因が加わっている点からそのように判断した。28年間の統計では一次性14,553例、二次性2,259例、合計16,812例となる。一次性86.6%で二次性13.6%となり、両者の割合は6.4:1.0となる。

表2 病理解剖糖尿病症例の成因(年代別)と二次性糖尿病の頻度
病理解剖糖尿病症例の成因(年代別)と二次性糖尿病の頻度

 つぎに、血管障害の時代による変化をみるために死亡年齢を60歳代、70歳代にして、性別にして示したのが表3である。これをみると脳出血も脳梗塞も年次とともに%が変るあきらかな傾向はみられない。しかし心筋梗塞、冠動脈硬化は1980年以後に高率になる。これらの変化は環境の変化や医療技術の進歩により大血管障害が起こりやすく、また診断が容易になったことも関係しているのであろう。

 また、腎糸球体硬化も年次とともに増してゆく。これは、治療の進歩によって糖尿病になってから死亡するまでの期間が長くなったためと思われる。

表3 日本病理剖検輯報(1958-85年)より収集した60、70歳代の血管病変の頻度
日本病理剖検輯報(1958-85年)より収集した60、70歳代の血管病変の頻度

2. 糖尿病人口の増加

 糖尿病人口の多寡は診断基準値の変化によって変ってくるが、一般人口の血糖値の変化をみても、年々上昇傾向がみられ、また敗戦直後の食糧難を切り抜けるために行った栄養状態および食餌摂取実態調査の延長にある厚労省の調査でも、糖尿病人口(HbA1c 6.1%以上)が増加している。

 さて、糖尿病の治療も多様化しており、それを理解し適切に対処するのも困難になっている。また高血圧の治療と大きく異なる点は、食事摂取が患者さんに任せられていることである。糖尿病の主病態である高血糖は、僅かの食事の超過でも影響を受けて大きく変動する。患者さんは理屈ではそれ以上を食べてはいけないことはわかっていても、食欲はそれよりも強い。また、そこに生甲斐もあると思うよりないので、収容所生活でなければ理屈通りの治療は困難である。

 現在、メタボ健診が行われている。肥満学会で腹囲の基準を決め、血圧、血糖、血液脂質の異常値があれば、指導の対象となる。計画はそれでよいのであるが、その成果は得られるかが問題である。やがて食糧不足がくるのがわかっている。束の間の幸せな時代にいることを意識させ、これを1年でも長続させる方策を考えさせるべきであろう。第2次大戦中の苦労、南方の島々で餓死に追われ、乏しい兵器で戦い斃れた兵士達(遺骨もそのまま放置)、敗戦直前の沖縄の人達の御苦労を思うにつけ、あの戦いをもっと早く終らせる決断が悔まれる。

3. 高血糖と血管障害

 1960年以前の糖尿病患者の多くは10年以上になると視力障害や腎障害、高血圧に悩まされた。当時は光凝固療法も人工透析療法も、そして有効な降圧剤もなかったからである。現在はそれらの糖尿病性3大合併症といわれるものに対する治療法は末梢神経障害を除いて大きく進歩した。これらの細小血管障害は高血糖に大きく左右される。

 では大血管障害macroangiopathyはどうであろうか。現在は大血管障害も高血糖で起こるという考えが一般的である。そして診断基準値から言えば境界型と判定される症例にも大血管障害がみられることから、大血管障害は境界型にも起こるのではなかろうかと推測されている。境界型の人は非常に多いので、もしこれが真実であるならば、非常に憂慮すべきことになる。

 境界域のような血糖値の軽度の異常によっても、あきらかな動脈硬化が起こるとすれば、高度の高血糖では、更に重症の大血管障害が起こることになる。コントロール不良の糖尿病患者には重症の動脈硬化性疾患が起らなければならない筈である。現在は高齢者にも1型糖尿病状態がみられる。また2型でコントロール不良の高齢者も多い。しかしそれらの人達の多数に大血管障害がみられるというエビデンスは認められない。

 糖尿病動物ではどうであろうか。動物飼育場の火災の後に交雑が起こり、現れたといわれるob/obマウス(obese hyperglycemic mouse)は腹の皮がはち切れんばかりに肥満している。高血糖も高度であるが、動脈硬化性疾患が起ったということは聞かない。その後のdb/dbマウスも同様である。また1970年代~90年代に糖尿病をもつ多くの齧歯類がみつかったが、それらが著明な動脈硬化ももっているという報告はない。

 1940年代にアロキサンが作られ、その注射により動物に糖尿病が起こること(Dunnら1943)が見出され、1950年以後はわが国でも方々でその実験が行われた。もっとも興味を惹いたのは、家兎に高コレステロール食を与えると大動脈にアテローマが生ずることは50年前より知られていたので、糖尿病家兎ならば更に高度のアテローマが起こるであろうと推測された。わが国でも方々で実験が行われたが、その推測通りの結果を得た所はなかった。しかしその後1980年頃の折茂肇、丸浜喜亮、筆者の座談会の記事をみると、糖尿病には動脈硬化が起こることを当然のこととして話している。

 しかしその理由はあきかでなく高脂血症、LDLの上昇、低HDLをリスクとして論じている(1980年12月、第一製薬、アサヒメディカル)。その後は糖尿病人口が急増し、肥満と動脈硬化性疾患も増加している。

4. 血糖コントロールが動脈硬化を防ぐか

 今迄の報告でも熊本スタデイのように血糖コントロールは動脈硬化性疾患も防いでいるといわれ、UKPDSにもその傾向がみられたといわれている。しかし今後はより条件をマッチさせた多数例についてこの問題に決着をつけるべきと考える。

(2015年10月23日)

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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