私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み

62. インスリン治療と低血糖

後藤由夫 先生(東北大学名誉教授、東北厚生年金病院名誉院長)

「私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み」は、2003年1月~2009年8月まで糖尿病ネットワークで
全64回にわたり連載し、ご好評いただいたものを再度ご紹介しています。

筆者について

1. 血糖の恒常性

 糖尿病は血糖が異常に高くなる状態(高血糖)である。血糖は血液に含まれるブドウ糖(グルコース)で、普通は500mLの缶ビールに小さな角砂糖(6g)の1/10個を入れたくらいの濃度である。炭水化物の多いものを食べると血糖は上昇して150mg/dLくらいになるが、糖尿病では 200~300mg/dLにもなる。また1日絶食しても70mg/dL以下になることは少ない。事故などで1カ月間も食物をとらず、水だけをとっていても、血糖60~80mg/dLでそれ以下になることはない。

 食物をとらないでも血糖が下がらないのは、体の脂肪や蛋白質が分解して脂肪酸やアミノ酸となって、それが肝臓でブドウ糖に合成されて放出されるからである。これを糖新生という。

 このように空腹状態でも血糖が保たれるのは、脳細胞はブドウ糖をエネルギー源としているので、それを確保するためである。心臓を拍動させるのは脂肪酸でもできる。脳細胞だけはブドウ糖が必要なのである。それでどうにかして血糖値を維持するように体ができている。

2. 低血糖

 糖尿病は高血糖なので、それを是正するためにインスリンを注射したり、インスリンを分泌させる薬などを服用する。しかしそれらが量が多すぎたり、食べる量が少なかったり、いつもより多く運動したり、力仕事をすれば、血糖の消費が多くなって血糖が下がりすぎる。

 血糖が60mg/dL以下は低血糖と言われている。しかし糖尿病の人は高血糖なので80mg/dLでも低血糖の症状を起こす人もいる。特に高齢だったり、脳血管障害のある人は血糖の低下に弱く、症状を起こしやすい。低血糖が進行すると意識が朦朧となり、もっと進行すると昏睡状態となり、いくら揺り動かしても反応しないようになる。この状態が長時間続くと血糖が回復しても植物人間になってしまう。手当が遅れれば死亡することもある。このように低血糖は危険なものである。したがって、よく知っておく必要がある。

3. 低血糖の症状は多様で動悸・冷や汗だけではない

 低血糖の症状として教えられるのは動悸と冷や汗が多い。しかし症状は多様で気付かないでいる症状が少なくない。症状の現れ方、その順序などはその人によってだいたい一定しているので、よく気を付けて、覚えておかなければならない(表1)。

表1 低血糖の症状
自律神経症状
空腹感
発汗
動悸
心拍数増加
ふるえ(振戦)
熱感
顔面紅潮
脱力感
倦怠
むかつき
頭痛
荒い呼吸
四肢のうずき
暑くて目がさめる
脳機能低下の症状
□周のチクチク感
めまい、しびれ、耳鳴り
計算がおそくなる
考えがまとまらない
単純作業にミスをする
人の話が聞きとれない
物を落とす、ねむ気
仕事遂行に努力がいる
失語、片麻痺
読む、話すのが困難
呂律が回らない
千鳥足(協調運動拙劣)
二重視・霧視
閃光暗点、視野の空白点
気分の異常
不安感
冷静になれない
いらいら感
けんか腰(怒り)
頑固
あわてる感じ
神経質
疲労感
悲しみ、不幸感
抑うつ的
多幸感
後藤由夫:千万人の糖尿病教室、文光堂、p93、2006
 低血糖になると、なんとなく体が変だと思う、力が入らない、だるい感じがして仕事ができにくくなる、次第にものがはっきり見えなくなったり二重に見えたりする。手足が重く感じ、思うように動かない。口の周りや口の中がしびれたり、ピリピリする感じが起こったりする。口や舌の筋肉の動きも悪くなるので、呂律の回らない、酔っぱらっているような話し方になる。足がよろけて話が呂律が回らないので、酔っ払っているように見えるわけである。

 そのときすぐに糖質を食べさせたり、飲ませたりすれば10分もすれば正常になる。しかし、そのことを知らない人ばかりだったりすると、手当が遅れたり、とんでもないことが起こるわけである。例えば学校でそれが起これば、友達や教師が低血糖のことを知らなければ大変なことになる。取り返しのつかないことにならないように一緒にいる人たちには話しておくことがなによりも大切である。

 一番危険なのは自動車運転中に低血糖が起こることである。手足が思うように動かず、反応も鈍くなるので事故を起こすことになる。また、非常に重要な計器、メーターの監視を担当することなども要注意である。米国では以前、計器のミスで大事故(洪水)が起こったことがあったそうである。このようなことが起こると糖尿病をもつ人の職場が制限されることになりかねないので注意が必要である。睡眠中に起こるとどうなるか。低血糖になると大抵の人は暑くて目が覚めたり、怖い夢で目が覚めたりする。汗で気付く人も多い。

 軽い低血糖でも何度も起こすと脳細胞が障害されて知能低下なども起こる。

4. 低血糖を起こす状況

 どんなときに低血糖を起こすか。食事をとらないとき、多いのはインスリンを注射して食事の準備をしているときに、来客があったり、急用ができたりして食事をとらないでしまうこと。このときは何か炭水化物を含む食物を少しでも食べて対応すること。

 また、インスリンを注射して食べるまで15~20分くらいあるので、一風呂浴びてから食べようとして風呂に入ると、血行が盛んになってインスリンの効果が速く現れて低血糖になる。そのほかインスリンが効いて減量してもよい頃になっても減量しないで続けたときにも起こる。この場合は当然医師に連絡して用量を話しあうこと。医師の連絡先電話などを聞いておくこと。

5. インスリン治療、低血糖についてのアンケート調査

 我々は1999年-2000年にかけて、仙台、横浜、尼崎で日本糖尿病協会主催の講演会を開き、参加した人たちにアンケートを手渡し、後日479名の方から回答を得てそれを集計したのが表2である。

 この結果をみると糖尿病の人たちがどのようにインスリン治療に取組み、また低血糖をどのようにしているかを知ることができるので、参考にしていただきたい。

表2 インスリン治療と低血糖に関する調査

インスリン治療について

A. 注射をすすめられたことは[n=269] 例数(%)
1) すすめられたことはない 153(57)
2) すすめられて注射している 74(28)
3) すすめられたがしていない 25(9)

B. 注射をすすめられてもしなかった理由[n=25]
1) 一生打つのがいやだから 9(36)
2) 打たなくても大丈夫だと思うから 9(36)
3) 打つのは最後の手段だから 8(32)
4) 上手く打てそうもないから 7(28)

C. 注射の指示の遵守状況[n=78]
1) 守っている 62(80)
2) たまに打ち忘れる 13(17)
3) よく打ち忘れる 0(0)
D. 注射を忘れるのはどんなとき[n=13]
1) 外食したとき 7(54)
2) 他人の家で食事したとき 5(39)
3) 旅行 4(31)
4) うっかりして 4(31)

E. 打ち忘れたときはどうしていますか[n=13]
1) 打たないで次回から指示どおりに 6(46)
2) 次回に血糖値を測って調節する 3(23)
3) 医師の指示を受けてから打つ 1(8)
4) 次回に少し多く打つ 0(0)
低血糖
A. 低血糖の説明をうけたか[n=355] 例数(%)
1) 受けた 319(90)
2) 受けていない 19(5)
3) 受けたかどうか覚えていない 17(5)

B. 低血糖の対処法を知っているか[n=355]
1) よく知っている 302(85)
2) あまりよくわからない 36(10)
3) 知らない 10(3)

C. 低血糖の対処法は[n=355]
1) いつも飴を持っている 170(48)
2) 病院からブドウ糖をもらっている 122(34)
3) すぐ食べられる何かを持っている 90(25)
4) ジュースや清涼飲料水を持っている 36(10)
5) いつもチョコレートを持っている 19(5)
6) グルコガンを用意している 13(4)
7) 対処法は特に考えていない 37(10)

D. 低血糖になったことがあるか[n=355]
1) ある 201(57)
2) ない 149(42)

E. 低血糖の誘因となった状況[n=201]
1) 食事が遅れたとき 121(60)
2) 運動したとき 83(41)
3) 夜中(就寝中) 48(24)
4) 仕事が忙しいとき 38(19)
5) カゼをひいたとき 11(6)
6) 酒を飲んだとき 3(2)

F. 経験した低血糖の程度[n=201]
1) 食事・飲む物を自分で捕える程度 131(65)
2) ほとんど気にならない程度 33(16)
3) 他人の手助けが必要だった 12(6)
4) 意識がなくなかった 9(4)

G. 低血糖の経験者に―怖いと思うか[n=201]
1) 対処法を知っているので大丈夫 89(44)
2) 少し心配している 70(35)
3) 非常におそれている 31(15)
4) 特に気にしない 8(4)
後藤由夫ほか:新薬と臨牀 50 (3): 321-331、2001

(2015年10月21日)

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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