私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み

60. 食事療法から夢の実現へ

後藤由夫 先生(東北大学名誉教授、東北厚生年金病院名誉院長)

「私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み」は、2003年1月~2009年8月まで糖尿病ネットワークで
全64回にわたり連載し、ご好評いただいたものを再度ご紹介しています。

筆者について

1. 食事療法はどう変わったか

 糖尿病の治療はインスリンの発見によって大きく変わった。その発見も遠い昔のように思われるが、まだ100年にもなっていない。インスリン発見以前は、小児が糖尿病と診断されることは現代でいえば進行癌といわれるようなもので、食事療法はちょうど盆栽を育てるようなものであった。なるべく食べる量を少なくして血糖の上昇を抑え、同時に発育に必要な栄養をとらせることであったが、インスリンの併用なしにはそれは不可能なことであった。それで厳重な食事療法、飢餓療法も行われたわけである。
 インスリンの発見以後は食事療法は大幅に緩和されて小児の発育は良好になった。しかし食事制限は厳しいものであった。インスリン療法の効果をみて炭水化物摂取の緩和を提唱したのはウィーンからニューヨークに移住したAdlersbergであり、わが国では山川章太郎教授(東北大)であった。はじめはなかなか受け入れられなかったが、1950年以後は次第にひろまり、特に食品交換表が学会より発行された1965年には、1日に炭水化物を250g以上とることが勧められるようになった。
 さて、日本人の栄養摂取量をみると、表1にみるように1人当り炭水化物は400g以上、穀類は450g以上とっていたのであるが、1970年以後は急速に減少して400g以下となり、1990年以降は300g以下となり、炭水化物の摂取量も300g以下となり、2006年に264gとなった。このような日本人の食事量の変化によって糖尿病の人たちの食事のとり方も変わってきている。
日本人1人1日当たり栄養素摂取量の推移

表1 日本人1人1日当たり栄養素摂取量の推移
年次エネルギー
(kcal)
タンパク質
(g)
動物性タン
パク質(g)
脂肪
(g)
炭水化物
(g)
穀類
(g)
1911~15
1921~25
1926
1931~35
1946
1950
1955
1960
1965
1970
1975
1980
1985
1990
1995
2000
2006
2110
2310
2249
2170
1902
2098
2104
2096
2184
2210
2226
2119
2008
2026
2042
1948
1891
50.0
58.0
64.8
64.0
59.2
68.0
69.7
69.7
71.3
77.6
81.0
78.7
79.0
78.7
81.5
77.7
69.8
 3.0
 6.0
12.7
 7.0
10.6
17.0
22.3
24.7
28.5
34.2
38.9
39.2
40.1
41.4
44.4
41.7
37.5
15.0
17.0
15.2
15.0
14.7
18.0
20.3
24.7
36.0
46.5
55.2
55.6
56.9
56.9
59.9
57.4
54.1
444
481
463
445
383
418
411
399
384
368
335
309
298
287
280
266
264.4





476.8
479.6
452.6
418.5
374.1
340.0
319.1
308.9
285.2
278.8
270.1
1946年以降は厚生省国民栄養調査による。1950年以前の炭水化物は計算により求めた。
穀類は農林水産官房調査課、食糧有給表による。
 ドイツの食事療法は炭水化物の量を中心に考えられており、その量はBrot Einheit(パン単位)として、パンの炭水化物量にすれば何単位かというものであった。近年は米国でも炭水化物のcarboと先の部分をとって呼び、これで炭水化物の摂取量を決めている。わが国では、交換表を用いるエネルギー中心の食事療法から抜け出せない状況なので、カーボ・カウントを受け入れるには年月がいると思われる。
 米国ではカーボの単位を炭水化物15gとしているが、最近のわが国の速効性インスリン治療に対応するカーボではカーボの単位を10gと計算しやすいようにしている。
 わが国では食品交換表ができてから40年以上にもなるが、患者さん方にはこの食事療法が覚えにくく複雑なようである。もっと簡単で使いやすいものに作り替える工夫と努力をするべきであろう。カーボ・カウント法が出てきたのでわが国でも考えみる必要があるのではなかろうか。
 食品交換法を専門職の人たちは良く理解していても、これを利用される患者さんたちが手軽に利用できないのでは問題である。現在、改訂が進められている日本糖尿病学会編「糖尿病治療ガイド」をみても、食事療法は従来のものと変わっていない。実情に即したものに替えることを考える時期に来ていると思われる。

2. 家族数と食事

 わが国で世帯構成人数が多かったのは1935年で1世帯当りの平均人数は5.03人で、3世帯同居は25.4%であった。3世帯同居はその後、急速に減少して1971年に17.0%、1986年に15.3%、そして2001年に10.6%となり、2004年に9.7%となった。これと対照的に、単独世帯は1960年には4.7%であったのが、1989年に20.0%となり、2005年に24.6%となっている。
 すなわち時代とともに多世代同居が少なくなって単独世帯が多くなっている。したがって大勢の家族がいっしょに食事をすることは少なくなって、ひとりで食べているのが多くなった。また家族が多くても仕事や学校の時間などでそれぞれ別々の時間に食事をとることも多く、専業主婦が少なくなって主婦もパートで働くことが多くなっている。
 さて、ひとりで食べる人口が多くなると、それに便利なように業界が反応するので、より生活しやすくなっていく。一方糖尿病食をとることになると、出来合いの調理された食品にはその内容や調味料の明示されていないものは避けなければならないことになる。便利な世の中になったが、いつも同じものにならないように注意も必要である。
 また近年は市場の国際化によって生鮮食品も航空機で世界各地から供給されるので、有害物質の混入の有無にも注意が必要になった。

3. 食事療法のチェックポイント

 食事療法で大切なのは大まかなエネルギー量と蛋白質量である。蛋白質を多く含む食品と、それを1日にどれくらい食べればよいかを教えること、次は炭水化物を含む食品とその量である。
 筆者は、朝、昼、夕食の時間と、主に食べるものを聞いている。また主菜、副菜なども聞いて、その人の嗜好や食事のとり方(食行動)も理解するようにしている。特に調理の仕方などから摂取量の多寡も推定できる。2~4日間の食事の内容と量を書かせるのはもっとも効果的であり、秤量してあるときはその人の食事療法に対する意気込みもうかがえる。
 このような調査をときどき行って血糖コントロールと対比してみれば食事に問題があるかどうかが評価できる。

4. 夢が現実になる

 2007年11月21日ヒト皮膚から人工多能性幹細胞を作るのに、京都大学 山中伸弥教授らとウィスコンシン大チームが成功したと報じられた。
 したがって、インスリンを分泌するβ細胞集塊や膵島を作ることができれば、それを移植し、さらにそれらの細胞が血糖値の変動を感知してインスリン分泌量も加減することができるようになれば、糖尿病は完治できることになる。
 そうなれば食事療法からも、インスリン注射からも、また低血糖の恐怖からも開放されることになる。これはもはや夢ではなくなった。この治療法の完成のために総力を結集すべきである。

(2015年10月19日)

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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