オピニオンリーダーによる糖尿病ガイダンス

35. テーラーメイドを目指す糖尿病の治療

阪本要一 先生(東京慈恵会医科大学糖尿病代謝内分泌内科教授、
慈恵医大晴海トリトンクリニック所長)

阪本要一 先生

初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 35(2013年1月1日号)

糖尿病治療テーラーメイド化に必要なもの

 「テーラーメイド治療」という言葉が社会 に広がり始めたのは、ヒトゲノムの解読が 現実味を帯びてきた、今から十数年前のこ とだと思います。当時はマスコミなどで「こ れからは個々の遺伝情報に基づいた最適 な治療が可能になる」と喧伝されていまし た。時が経ち、今では例えば癌や肝炎の 治療の際、薬剤感受性の判定に遺伝情報 を活用するなど、テーラーメイド治療は徐々 に実現ししつあります。

 糖尿病の治療ではどうでしょうか。

 現在も増え続けている2型糖尿病や、そ れによる合併症の発症にかかわる遺伝子 は多数あって、単一遺伝子の異常を同定す れば解決する問題ではありません。そのた め糖尿病治療に遺伝情報を生かせるよう になるまでには、今しばらく時間がかかり そうです。

 ただ、糖尿病治療のテーラーメイド化に 求められるのは遺伝情報だけではありま せん。血糖レベルや肥満の有無は言うに 及ばず、高血糖の主因がインスリン分泌不 全かインスリン抵抗性か、年齢、罹病期間、 家族歴、家族構成、理解力など、勘案すべ き要素は多岐にわたります。

ADA/EASDのステートメント改訂

 糖尿病に特異的な細小血管合併症の抑 止のために、できるだけ厳格な血糖管理 が有用であることは揺るぎない事実ですが、その実現が容易ではないこともまた事 実です。そこで医療スタッフは、前記のよ うなさまざまな背景因子を考慮し、管理目 標の理想との妥協点を見出だし、食事・運 動療法の指導、薬剤選択に当たっている のが現状と言えるでしょう。

 ところで2012年4月、ADA(米国糖尿病 学会)とEASD(欧州糖尿病学会)の血糖 管理に関するステートメントが改訂されま した。今回の改訂では、従来HbA1c 7.0% (NGSP値)としていた血糖管理目標を、重 症低血糖回避の必要性、あるいは進行し た合併症があるといった条件次第で7.5? 8.0%、またはそれ以上を推奨するとされま した。また治療法決定にあたって、個々の 患者さんのHbA1cや年齢、体重、人種、遺 伝的素因などを考慮すべきと強調している ことも大きな変更点で、論文のサブタイト ル"A Patient-Centerd Approach"は、患 者さん中心の医療への移行を促すものと 言えます。

大規模臨床研究の成果と限界

 治療目標が一部緩和された背後には、 ACCORDに代表される近年の大規模臨床 研究の結果が影響していると考えられま す。確かにこれら臨床研究では、細小血 管障害抑止に有効な厳格な血糖管理が、 大血管障害にも有効だろうとの事前予測 が否定され、かえって死亡が増える可能性 さえ示されました。

 ただし臨床研究には、参加者が登録基 準に合致している人に限られ、追跡期間が 疾患自然歴に比して遥かに短いという限界 があります。ふだん私たちが接する患者さ んは、実に多様な背景をもった集団です。 むしろ臨床研究の登録基準に合わない方 のほうが多いかもしれません。

 また欧米における糖尿病患者の死因の 第一は心血管病ですが、日本人の心血管 病は未だ欧米ほど多くありません。さら に、インスリン分泌量も欧米人と日本人と では大きく異なります。それらも糖尿病の 治療法選定を左右します。改訂されたス テートメントでは、治療法決定にあたり考 慮すべき因子としていみじくも「人種」も取 り上げています。このステートメントを日本 人糖尿病患者さんに援用するにあたって は、より注意深い考察が必要と言えます。

エビデンス不足のEBMを補うチーム医療による糖尿病NBM

 改訂されたステートメントが、患者さん中 心の医療を強調し、治療法の決定にも患者 さんのかかわりを求めていることは、換言 すれば、あらゆる糖尿病患者さんに適用可 能な強固なEBMがまだ確立されていない 現状の表れなのかもしれません。そのよう な状況で、患者さんの意思を尊重し治療を 進 める座 標 軸 はなに かと考えるとき、 narrative based medicine(NBM)とチー ム医療というキーワードが一つの答えにな るのではないかと思います。

 NBMは「物語と対話に基づく医療」など と訳され、患者さんの声を傾聴し、患者さ ん本人と医療者が人生という物語の中で疾 患をとらえ、共通認識をもって治療を進め ていく医療です。サイエンスと異なり、具体的 な手法を画一化できないため臨床への応用 にハードルもありますが、EBMを補完する ものとして徐々に浸透してきています。

 とは言っても、一人の医師が患者さんそ れぞれの生活状況や家族関係、人生観な ど、QOLに関わる因子をすべて把握するこ とは不可能ですし、医師がもっている医学 的専門知識や経験のすべてを患者さんと共 有することも難しいことです。ぜひ伝えて 理解してもらいたいけれども上手に伝わら ない情報を、互いにいくつも抱えています。 そのような溝を埋めるためには、医師以外 の医療スタッフと患者さんおよび、患者さん のご家族がさまざまな場面で会話をし、問 題を共有して現実的な解決策を探ることが 求められます。患者さん中心のチーム医療 によるNBM、それが現時点における糖尿 病のテーラーメイド治療なのではないかと 考えています。

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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