オピニオンリーダーによる糖尿病ガイダンス

33. 大震災からのメッセージ
~緊急時の糖尿病療養指導~

佐藤 譲 先生(岩手医科大学糖尿病代謝内科教授)

佐藤 譲 先生

初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 33(2012年7月1日号)

 未曾有の規模となった東日本大震災は、 未だ20万人以上の被災者が避難先で暮ら しており、なお現在進行形です。糖尿病 有病率から推測すると、現在も避難中の 糖尿病の患者さんは数万人に上ることで しょう。

 筆者の勤務する岩手医大は、岩手県で も内陸にあるため幸い被害が少なく、震 災発生直後から後方支援的な役割を担い ました。被災地全体を見渡せば、高血糖 昏睡に至り搬送された1型患者さんもいま すし、津波被害が甚大だった沿岸部では、 状況が全くわからない混乱のなか、手探 りでの支援活動が続きました。糖尿病学 会と糖尿病協会の支援により製薬企業か ら貴重なインスリン供給が行われました が、通信・交通の遮断と情報不足のため インスリンが必要な被災地の患者さんに必 ずしもスムーズにお届けできなかったこと が反省点として残ります。  このような貴重な経験を無駄にせず、仮 にまた同じような災害が発生してしまった 時に役立てるために、糖尿病学会で学術 的な調査・研究を行うことになり、「東日 本大震災から見た災害時の糖尿病医療体 制構築のための調査研究委員会」が設立 されました。筆者はその委員長を務めるこ とになり、災害時対応のマニュアル作成な どを進めています。

 今回の震災で繰り広げられた災害時糖尿病医療のすべてを筆者が把握している わけではもちろんありませんが、現在まで に報告されている文献から、来てほしくな いが忘れてはいけない'次への備え'を考察 したいと思います。

被災直後の超急性期:インスリンの確保と低血糖の回避

 大地震発生から数日間は、患者さんご 本人と周囲の方の力が頼りと言えます。緊 急避難所にも十分な水や食糧はありませ ん。ライフラインは止まり、交通・通信の インフラは遮断されています。防災に関す る啓発書などでは「3日間は救助なしで生 きられるように水・食糧等を備えておくこと」 と記されていることが多いですが、糖尿病 (特にインスリン依存状態、主に1型)の患 者さんであれば、インスリンと血糖測定 器、低血糖対策の補食を身に付けて避難 することが不可欠であることを、ふだんの 療養指導で伝えておくべきでしょう。

 なお、今回の震災では医療者側が「イン スリンを必要としている患者さんがどこに いるのかわからない」状態が続き、患者会 に参加している患者さん同士の情報交換 から「どこの病院に行けば良い」という情 報が広まったということがあったようです。 今後、プライバシーに配慮しつつ、 1型糖 尿病患者さんの所在地を一元的に登録す る仕組みを検討する必要があるかもしれま せん。

避難所での急性期・亜急性期:水と食糧の確保、糖尿病治療の再開

 災害発生から数日すると、国内外から DMATなどの医療チームが続々と被災地 入りし、緊急避難所では救命医療が始ま ります。しかし交通インフラはまだ回復し ておらず、本格的な救援物資の補給が始 まるまでには、災害の規模にもよりますが 1~2週間はかかるでしょう。引き続き、水・ 食糧・治療薬の確保がポイントになります。

 地震発生から2週間ほどたつと危機的状 況を脱し、やや落ち着いてきます。救援物 資の補給も軌道にのり、求められる医療 も救命は減って、感染症対策や慢性疾患の管理が主体になってきます。糖尿病にお いても、食事の量(エネルギー)が十分にな ること、救援物資の食糧は炭水化物が多 いこと、そして運動不足が加わるため、高 血糖対策が必要になります。なお、今回の 被災地医療で、ご自身が服用している薬 の種類を言えない患者さんが少なくないこ とが明らかになりました。処方薬の名前・ 用量を覚えるよう、患者さんに改めて指導 したいものです。

仮設住宅等での慢性期:今の生活にあわせた糖尿病治療

 避難所から仮設住宅などに移り、まがり なりにも新しい生活が始まります。患者さ んの生活パターンは、被災前と大きく変わ ることでしょう。そのため血糖管理状況や 合併症の有無を評価し、その時点での生 活にあった糖尿病治療に調整していくこと になります。また、震災直後の緊張が和ら ぎ、親しい人や物を一瞬で失った悲しみを 改めて感じる時期でもあるので、患者さん の精神的ケアにも心を配りたいものです。 医療スタッフ自身の健康管理も大切

 ところで、今回の震災に限らず阪神・淡 路や中越の時も、自らが被災者であり遺族 でもあった多くの医療スタッフが、自主的 に病院・医院に集まり医療に従事し続けた ことが、どれほど現地の人の支えになった か計り知れません。もとより医療機関は公 器ですから、そこに身を置く者として自然 な行動なのかもしれませんが、今回のよう に避難という特殊な状態が極めて長期に及 ぶ場合は、医療スタッフ自身の精神的な健 康への気配りも、ぜひ忘れないでいただき たいと考えています。

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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