オピニオンリーダーによる糖尿病ガイダンス

19. 糖尿病治療の新しい見方
~メタボリックメモリーを中心に~

阪本要一 先生(東京慈恵会医科大学糖尿病代謝内分泌内科、
晴海トリトンクリニック院長)

阪本要一 先生

初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 19(2009年1月1日号)

厳格な血糖管理と大血管障害の抑止

 米国でのDCCTおよび英国でのUKPDS という大規模臨床研究によって、糖尿病 は1型も2型も厳格な血糖管理が重要であ ることが示されました。細小血管障害抑 止のためにより良好な血糖管理を目指す という、今日の普遍的な治療指針は、こ の二つの研究によって決定づけられたと 言えます。

 ところが大血管障害については、当初 は両研究ともに有意な抑制効果が示され ませんでした。そのため大血管障害の抑 止に必要な血糖閾値の探索が、現在に至 るまで続けられています。昨年、突然中 止されたACCORDの血糖管理に関する臨 床研究もその一つです。

 ACCORDでは強化療法により心血管死 および全死亡が有意に増えるという意外 な結果が報告されました。また、ほぼ同 時期に発表されたADVANCEやVADTで は、強化療法によって死亡率が高くなる ことこそなかったものの、大血管障害の 抑制効果に有意差はやはり認められませ んでした。

臨床研究でわかるのは、糖尿病自然史の一部に過ぎない

 このように、糖尿病における心血管障 害の抑止については血糖管理の即効的な 有用性は未だはっきりせず、一部では否 定的な結果さえ出ています。しかし、こ れら臨床研究の結果をみるとき留意すべきこととして、糖尿病という疾患の'罹病 期間の長さ'を忘れてはなりません。 仮に一人の若い医師が発症まもない1 型の子どもを受け持ったとします。する とその医師は、患児が成人し家庭をもち 中年に至るまで数十年間、ともに歳を重 ねていくことになります。中高年発症の 患者さんでも、10年、20年という長い付 き合いになることはざらに見られること です。臨床研究の多くは、このように長 い経過をたどる糖尿病自然史の一部分し か把握し得ないという点で限界があるわ けです。

DCCT/EDICの'メタボリックメモリー'、UKPDS 追跡調査の'遺産効果'

 そのような視座に立つとき、冒頭で取 り上げたDCCTに引き続いて行われ、平 均11年間観察されたEDICや、UKPDS終 了10年後の追跡調査は、糖尿病自然史の 全体像により近い結果を表すものとして 大きな意味をもってきます。

 EDICでは、DCCT終了によって旧強化 療法群と旧従来療法群の血糖コントロー ルの差はなくなったにもかかわらず、旧 強化療法群で細小血管障害が引き続き抑 制されることが確認できました。しかも DCCTでは有意差がなかった心血管障害 についても、有意に抑制されていました。

 UKPDSにおいても研究期間終了ととも に血糖コントロールの差はなくなったに もかかわらず、10年経過した後、旧強化 療法群では細小血管障害が引き続き抑制 されており、しかもUKPDS終了時点で有 意差がなかった心血管障害についても有 意差が現れてきています。

 これらの結果から、良い血糖コントロー ルの効果は大血管障害に対してたとえ即 効性はなくても、長期的にみれば次第に 効果が現れてくると言えます。反対に、 血糖コントロール不良の状態が続いた後に 治療を強化しても、コントロール不良期間 の穴埋めは容易でないこともわかります。

 血糖の良否によるこのような長期的な 影響のことを、EDICでは'メタボリック メモリー'、UKPDS追跡調査では'遺産効果'(legacy effect)と呼び、最近注目を集 めています。とくに後者は昨年、ACCORDが突然中止されるというニュー スの衝撃がまだ尾を引く中で発表され、 第一線の臨床医と糖尿病患者さんを強く 励ます結果となりました。

より「早期」の治療がポイントに

 ここで取り上げた大規模臨床研究の結 果から、血糖管理が細小血管障害を抑え ることは間違いない事実であることが改 めて確認できました。しかし大血管障害 の抑止には、従来考えられていたよりも 早期からの血糖管理が必要であると考え られます。そして、すでに心血管疾患の リスクが高くなっている患者さんでは、 急な血糖改善や低血糖は、むしろ危険で あることもACCORDで示唆されていま す。

 合併症の抑止のため「厳格な血糖管理」 をめざすことが現在までの糖尿病治療の 流れであったとすれば、今後は発症を早 期に診断し、診断したら時を移さず積極 的な治療を開始するという「早期介入」 が重要な流れになってくることでしょ う。また、一人の患者さんを前にしたと き、その方が糖尿病の自然史のどの辺り に当たるのかを念頭に置くことも、適切 な治療に欠かせない視点になると言えそ うです。

  • DCCT : Diabetes Control and Complications Trial
  • UKPDS : United Kingdom Prospective Diabetes Study
  • ACCORD : Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes
  • ADVANCE : Action in Diabetes and Vascular Disease
  • VADT : Veterans Affairs Diabetes Trial
  • EDIC : Epidemiology of Diabetes Interventions and Complications
 

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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