オピニオンリーダーによる糖尿病ガイダンス

16. 空腹時血糖障害(IFG)の見方

岩本安彦 先生(東京女子医科大学糖尿病センターセンター長)

岩本安彦 先生

初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 16(2008年4月1日号)

空腹時の正常値上限は 110? 100?

 米国糖尿病協会(ADA)が2003年に空腹時 血糖値の正常域上限を100mg/dL未満とし、 IDFなどからもメタボリックシンドローム (MetS)診断の血糖の基準値は100mg/dLと 発表されました。また国内で4月から開始さ れる特定健診でもその基準値は100mg/dL となっています。こうした流れを受け、空腹 時血糖の基準値を変更すべきか否か、現在、 関係各方面で検討が重ねられています。

110 を100 に下げるメリット

 空腹時血糖の正常値上限を110mg/dL未 満から100mg/dL未満に下げると、どのよう なメリットがあるのでしょうか。

 そもそも空腹時血糖の正常値上限を下げ ることで対象が広がることになる「境界域」 とは、「正常域」にも「糖尿病域」にも属さな い群のことです。この群は、糖尿病特有の 合併症が起こる可能性は低いものの、糖尿 病への移行率と、動脈硬化性疾患の発症率 が高く、継続的なフォローが必要とされる 群として特徴づけられます。このことから、 これまで「正常域」と判定されていた空腹時 血糖100~109mg/dLの群が、この二つの特 徴に合致するかどうかという観点から、こ のテーマの検討が必要とされています。

 一つめのポイント、糖尿病への移行率に ついては国内でも舟形町や広島における研 究で、100~109mg/dLの群は100mg/dL未 満の群より約2倍の頻度で糖尿病に移行し やすいというエビデンスが得られています。 つまり現行の基準値は、糖尿病を見逃すことは少ないものの、糖尿病予備群を確実に 見出すにはやや高いということです。

 また100~109mg/dLの群に対して経口ブ ドウ糖負荷試験(OGT T)を施行すると、2時 間値が境界域となる耐糖能障害(IGT)が高 頻度に見つかることもわかっています。こ れは、空腹時血糖100~109mg/dLの群も動 脈硬化性疾患の高リスクである可能性を示 唆し、これが二つめのポイントにも合致す るだろうと言えます。

背景に糖尿病の病態の変化も

 このような基準値変更の必要性が生じてき た理由はどこにあるのでしょうか。理由の一 つは、現行基準における75gOGTT2時間値の 正常上限である140mg/dLに対応する空腹時 血糖を、ROC曲線から求めると100mg/dL 前後になる、という報告が多いという点です。

 これに関連し筆者は空腹時血糖が100~ 109mg/dLに該当する人の頻度の経年的な変 化を検討したいと考えています。まだ詳細 にデータを比較していませんが、この20年 間で中高年男性の肥満の頻度は2倍近くに 増え、日本人でもインスリン分泌低下型の 高血糖より、欧米型のインスリン抵抗性に よる高血糖が増えていることは確かです。 それとともに、健康な人も含めた平均的な 血糖変動パターンが変化してきて、そのこ とも基準値変更の潮流の背景にあるのでは と考えています。

110 を100 に下げるデメリット

 さて、110を100にすることには前述のよ うなメリットがある一方で、デメリットも あります。具体的には、「正常でない」と判 定される数が従来の数倍に増えると予想さ れる点です。しかもその人たちにOGTTを 施行すれば、半数以上は「正常型」と判定さ れることがわかっています。したがって他 の検査指標を見ず空腹時血糖値だけから判 断し保健指導を行うと、過剰な介入につな がるかもしれません。

 そもそも「耐糖能障害」とは糖の負荷に対 する代謝の異常であって、それを糖の負荷 がない状態で判断するには自ずと限界があ ります。空腹時血糖の基準値を下げた場合、結果はより多様で不均一なものにならざる を得ません。

 しかし一方で空腹時血糖検査には、脂質 などの他の健診項目と同時に実施できると いう大きな利点があります。とくに、IGTや MetSのスクリーニングのような膨大な数に上 る対象の早期発見が、社会的な課題となっ ている今、それを簡便な検査で拾い上げる ために、空腹時血糖の基準値を下げるとい う方法を否定すべきではないでしょう。

 「正常高値」という考え方

 空腹時血糖値が境界域の場合、現状では OGTTを施行しますが、基準値が下げられ 対象者が急増した場合、医療側のキャパシ ティーの問題が生じます。本来優先される べき110~125mg/dLの人の受診機会が減り かねません。また、従来よりさらに軽度の 糖代謝異常に対してどのように治療・指導 するかという医療者側の意思が統一されて ないと、受診者が混乱しかねないという問 題も予想されます。

 これらの諸点を考慮しながら、日本糖尿病 学会では現在、空腹時血糖値だけで判定す る場合、100~109mg/dLを「正常域」か「境 界域」かに割り振るのではなく、「正常高値」 と位置付けて、個々の病態に応じて対処し ようという方向で検討中です。実際的には 例えば、検診で「正常高値」が2年続いたら OGTTを勧めるという対応が考えられます。 新しい区分は血圧値の分類における「正常高 値血圧」と同様に、糖尿病一次予防の機運 を社会に浸透させる契機にもなるでしょう。

 なお、MetSの診断における血糖の基準値 も、関連8学会で腹囲径の基準値とともに 検討されているようです。

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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