私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み

47. 自律神経障害 (4) 排尿障害

後藤由夫 先生(東北大学名誉教授、東北厚生年金病院名誉院長)

「私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み」は、2003年1月~2009年8月まで糖尿病ネットワークで
全64回にわたり連載し、ご好評いただいたものを再度ご紹介しています。

筆者について

1. 膀胱がいっぱいなのに出ない

図1 下腹部に充満した膀胱に見られる治療不十
分な糖尿病患者(42歳、男性)


図2 真横からみた写真で凹んでいるところが臍部
 1962年頃、42歳の男性が糖尿病半昏睡で入院してこられた。意識は朦朧として、下腹部に図12のように幼児頭大の腫瘤がみられる。嚢胞状なので尿で充満した膀胱と思われたので導尿したところ1Lほどの尿が出て最後は混濁していた。紹介された方で初診の方だったが早速インスリン治療を行い、血糖の回復とともに排尿障害もなくなり、すっかりよくなって退院された。
 この例が印象的だったので、それから泌尿器科の先生の協力を得て排尿障害のある方の検査をしていただいた。当時は残尿量はカテーテル導尿で測り、また膀胱機能検査は、カテーテルで膀胱に温水を入れていくと、ある量になると急に尿意が起こって膀胱内圧が高くなり、それ以上水を入れることはできないのが普通である。ところが糖尿病性無緊張性膀胱(神経因性膀胱)になると、膀胱内容が増量しても内圧が上昇せずにだらだらと拡張していく内圧曲線となる。通常の最大膀胱容量は300~400mLであるが、低緊張性になると800mL以上の容量になる。そして残尿量も500mL以上になる。
 膀胱・尿道は腰仙髄から出る下腹神経、骨盤神経と陰部神経などの支配を受けている。これらの神経には自律神経と体性神経とが含まれ、膀胱の内圧が高まると尿意が起こり排尿運動が起こる。これらの神経が高血糖のために障害されるとこの排尿機構が円滑に起こらなくなり残尿も起こるようになるのである。図の症例はインスリン治療によって排尿障害が完治したので、この方は糖尿病のコントロール不良の状態が続いて神経障害が起こったものと思われた。

2. インスリン中止で下腹部腫瘤

図3 無緊張膀胱のレントゲン像

図4 気尿症のレントゲン像(米国例)
 中学生のときから糖尿病となり毎月岩手県から汽車で母親といっしょに受診に来ていた女性がおられた。18歳になりコントロールが不良になって短期間入院することになった。入院後2日ほどインスリンを休止したところ、下腹部に妊娠5、6カ月の子宮のように腫瘤が現れ驚いた。これもインスリン治療で腫瘤は消失した。この方では泌尿器科でX線写真を撮っていただいた。その結果は図3のように膀胱が松毬(まつかさ)状に写った。これは無緊張膀胱の特徴的な形であると聞かされた。またこのX線写真をみると左右の尿管も写っているのが見られる。腎臓から尿が膀胱に注ぐ尿管は、膀胱に斜めに入り込んでいるので、膀胱壁に筋緊張があれば、膀胱から尿が腎臓の方に逆流しない仕組みになっている。ところがこのX線写真でははっきりと逆流しているのがみられる。これでは膀胱炎になれば腎盂炎も起こってしまうと心配した。
 その後も10歳代の糖尿病で膀胱障害のいろいろな例を経験した。自己導尿をしなければならない方もおり、いずれも遠方の方で受診されるのも大変なことと思った。
 図4はその頃米国から内視鏡の研究に来ていた医師にいただいた気尿症の膀胱のX線写真である。中央の、写真にみるかき氷のようにみえる白い部分が膀胱の中の空気でその底に水平面が見え、膀胱に溜まっている尿とわかる。つまり尿に含まれているブドウ糖が膀胱内の細菌により分解されて炭酸ガスを発生したのである。日本では見ることもないが米国では医療事情の違いでそのような例もみられることが分かった。それから弘前大学でまた新しい多くの経験をした。

3. 残尿の調査

 1976年8月より再び東北大学で研究を続けることになった。糖尿病では合併症の予防と治療が最重要課題であることは分かったので、その研究に力を注ぐことにした。超音波診断法も進歩し、残尿量も導尿なしに測定できないか検討していただき、図5のように長径と前後径の積が最も導尿による実測値と合うことが分かった。そこでこの方法で残尿量を多人数について測定し表1のような成績を得た。

図5 超音波診断装置で測定した膀胱径と残尿実測地との一致
表1 糖尿病患者の残尿量と臨床的背景および神経学的検査(40~59歳)との関係

M±SE(例数);なし群に対し * p<0.01、** p<0.001

 40歳~59歳の糖尿病の人達313名についてみると、残尿のない人は198名、50mL以下の人達は80名、50mL以上の人は35名であった。この3群に分けてみると年齢の平均は58歳、60歳、60歳とほぼ同様であったが、罹病期間は10.9年、11.8年、13.5年と残尿の多い群で長いのがみられ、また平均空腹時血糖値も132mg/dL、137mg/dL、147mg/dLと残尿の多い群では血糖も高いのがみられた。インスリン治療症例の占める割合は残尿のない群では34%、残尿50mL以下の群では51%、50mL以上の群では66%であった。
 増殖性網膜症例は残尿のない群では9%なのに対し残尿50mL以下の群では20%、50mL以上の群では66%に認められた。蛋白尿はそれぞれ24%、48%、51%であった。
 神経興奮伝導速度もにみられるように残尿量50mL以上の群では明らかに低下しており、心拍変動数も低下しているのがみられた。アキレス腱反射も表1にみるように38%、74%、91%と差が有意であった。
 表2は項目別に残量の平均値を示したもので、インスリン治療者では残量が多く、罹病期間の長い人ほど多いのがみられた。合併症では網膜症、蛋白尿のある人、神経機能の低下している方ほど残尿量が多いのがみられた。
 治療は血糖コントロールが第一で、その他対症治療法を行ったが、逆行性射精をともなう例などは特別の治療を行った。
 このように排尿障害は重要なので訴えがなくとも残尿量のUSによる測定は行った方がよいと考えている。

表2 糖尿病の人(40~59歳)の臨床事項別にみた残尿量

* p<0.05、** p<0.01

(2015年10月06日)

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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