21. 栄養素のベストの割合
後藤由夫 先生(東北大学名誉教授、東北厚生年金病院名誉院長)
「私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み」は、2003年1月~2009年8月まで糖尿病ネットワークで
全64回にわたり連載し、ご好評いただいたものを再度ご紹介しています。
1. どの食餌式がよいのか
糖尿病の治療の歴史は食事療法の歴史であった。現在でも納得できる根拠を示して栄養素のベストな割合を示した決定版はない。筆者は糖尿病をはじめた頃からこの問題に関心をもっていた。どんな食餌式でも結果は余り変わらないようでもあり、長年にわたって合併症まで比較したものは見当たらない。
1963年4月3日、4日の2日間第60回日本内科学会年次講演会(会頭吉田常雄教授)が大阪大学講堂で開かれることが米国から帰った翌年の春に決まった。それから間もなく「栄養素と臨床」というパネルディスカッションを開くので参加しないか、という招請状をいただいた。学会のシンポジウムに呼ばれるのははじめてだったので喜んで引き受けた。
発表するデータは何もなかったが、2年近くの期間があったので、「糖質と脂質の割合」という題で担当することにして研究をはじめた。
丸浜
2. 高糖質食、高脂肪食、高リノール酸食を比較
当時、糖尿病患者さんは2カ月位入院していたので、食事の組成を変えて血清脂質反応をみることにした。入院糖尿病患者さんに表1のような栄養素組成の食事を2週間ずつ摂っていただき糖尿病状態の変化と血清脂質の変化を調べた。
表1 糖尿病試験食の組成 (g)
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食事試験中はインスリン、経口糖尿病薬の用量はなるべく変更しないようにした。つぎの3症例は食事療法だけで経過をみた症例である。
図1 症例1 57才女
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図2 症例2 50才男
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図3 症例3 55才男
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十数例の成績をまとめてみると、(1)尿糖排泄量は高脂肪食や高脂肪リノール酸豊富食で減少し、高糖質食で増加した。(2)血清コレステロールは高糖質食で低下し高脂肪食、高脂・リノール酸食で上昇した。(3)トリグリセリッドは高糖質食で上昇し、高リノール酸食でも上昇する例が多く、高脂肪食では下降する例が多かった。(4)血中アセトンは高脂肪食で上昇するものが多く、高リノール酸食で下降する例が多かった。(5)FFAは高糖質食で上昇した。これは糖尿病状態が悪化することを示すものと思われた。
3. アロキサン糖尿病ラットでも実験
丸浜学士は180g前後のWistarラットを表2の6種類の試験食で飼育して経過を観察した。ストレプトゾトシンの催糖尿病作用(1963年Rakietinら)の発見以前のことで、アロキサンを静注して糖尿病にしていた。ラットのアロキサン糖尿病が安定してから実験に用いたが、試験食で飼育すると死亡するものが多く、特に高糖質食では32匹中21匹(65%)が30日以内に死亡し40日以上生存したものはなかった。高脂肪食では26匹中12匹(46%)が30日以内に死亡、40日以上生存は5匹(19%)であった。標準食では30日以上生存は8匹中6匹(75%)であった。このことから標準食がもっとも生存率がよく、ついで高脂肪食で、高糖質食がもっとも糖尿病に悪いことがわかった。
表2 ラットの食餌実験の結果
( )匹数
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高脂肪食のラードの70%をリノール酸にした食餌では正常ラットでは血漿コレステロールは増加し、トリグリセリッドが減少したが、糖尿病ラットではコレステロール、血中アセトンが低下しトリグリセリッドが増加した。またStadieのslicerで肝切片を作りメヂウム中で37℃でincubationしケトン体生成をみることも試みたが、リノール酸食で著明に抑制されることがわかった。丸浜学士の論文はひとつの修正もなくMetabolismに掲載された(vol.14,78~87,1965)。
この研究の結論は当然のことながら血清脂質の高値の人と正常の人とでは高脂肪食の影響が異なり、脂質高値例では高脂肪食でその傾向が増強され、リノール酸豊富食で是正される。高コレステロール血症でない例ではリノール酸豊富食でコレステロール値が上昇することが多い。当時リノール酸は動脈硬化の予防になると考えられたが、人によって反応が異なることなどがわかった。
(2015年09月10日)
※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。
私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み 目次
- 1. 40分かかって血糖値がでた
- 2. 診断基準がないのに診断していた
- 3. 輸入が途絶えて魚インスリンが製品化
- 4. 糖尿病の研究をはじめる
- 5. 問題は解けた
- 6. 連理草から糖尿病の錠剤ができた
- 7. WHOの問合わせで集団検診開始、GTTでインスリン治療予知を研究
- 8. インスリン治療で眼底出血が起こった
- 9. 日本糖尿病学会が設立 そこでPGTTを発表
- 10. 糖尿病の病態を探る
- 11. 経口血糖降下薬時代の幕開け
- 12. 分院の任期を終えて米国へ
- 13. 米国での研究
- 14. 2年目のアメリカ生活
- 15. 食品交換表はこうしてできた
- 16. 日本糖尿病協会の出発
- 17. 糖尿病小児の苦難の道
- 18. 子どもは産めないと言われた
- 19. 発病する前に異常はないか
- 20. 前糖尿病期に現れる異常
- 21. 栄養素のベストの割合
- 22. ステロイド糖尿病
- 23. 網膜脂血症
- 24. 腎症と肝性糖尿病
- 25. 糖尿病者への糖質輸液
- 26. 糖尿病と肥満
- 27. 血糖簡易測定器が作られた
- 28. 糖尿病外来がふえる
- 29. 神経障害に驚く
- 30. 低血糖をよく知っておこう
- 31. 血糖の日内変動とM値
- 32. 血糖不安定指数
- 33. 神経障害のビタミン治療
- 34. 糖尿病になる動物を作ろう
- 35. 糖尿病ラットができた:無から有が出た
- 36. 国際会議の開催
- 37. IAPで糖尿病はなおらないか
- 38. 日本糖尿病学会を弘前で開催
- 39. 糖尿病のnatural history
- 40. 薬で糖尿病を予防できる
- 41. 若い人達の糖尿病
- 42. 日本糖尿病協会が20周年を迎える
- 43. 糖尿病の増減
- 44. 自律神経障害 (1)
- 45. 自律神経障害 (2)
- 46. 自律神経障害 (3)
- 47. 自律神経障害 (4) 排尿障害
- 48. 自律神経障害 (5)
- 49. 瞳孔反射と血小板機能
- 50. 合併症の全国調査
- 51. 炭水化物消化阻害薬(α-GT)
- 52. アルドース還元酵素阻害薬
- 53. 神経障害治療薬の開発
- 54. 人間ドックと糖尿病
- 55. 糖尿病検診と予防
- 56. 中国医学と糖尿病
- 57. 日本糖尿病協会の発展
- 58. 学会賞
- 59. 糖尿病の病期
- 60. 食事療法から夢の実現へ
- 61. インスリン治療と注射量
- 62. インスリン治療と低血糖
- 63. 糖尿病の性比
- 64. 糖尿病と動脈硬化─高血糖は動脈硬化を促すか?─(1)
- 65. 糖尿病と動脈硬化─高血糖は動脈硬化を促すか?─(2)
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