私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み

8. インスリン治療で眼底出血が起こった

後藤由夫 先生(東北大学名誉教授、東北厚生年金病院名誉院長)

「私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み」は、2003年1月~2009年8月まで糖尿病ネットワークで
全64回にわたり連載し、ご好評いただいたものを再度ご紹介しています。

筆者について

1. 分院内科の科長となる

 学位をとり大学の医局を離れることになった。仙台の街を南下して広瀬川を渡ると長町で、国鉄長町駅には広い操車場があり、駅の近くに大学病院の分院があった(図1)。戦時中軍医養成のために臨時医学専門学校ができ、その臨床実習のために造られた分院であった。戦争もすんで学校も廃校になって存続意義はないわけであったが、地域医療とスタッフのプールのために存続していた。3つの内科で2年間づつ担当していたのが回ってきて1956年の4月から内科々長、講師となり、学位を目指している医員3名とともに内科を担当することになった。

図1 長町分院の入口
2階の真中あたりが内科外来であった。

 街の一般病院と同じでいろいろの病人が診療に訪れた。糖尿病の患者さんも次第にふえて、大学病院では経験ができなかった合併症を持った方もみえた。その中につぎのような予想外の合併症を起こした方がいた。

2. インスリン治療で網膜症出現

 60歳男性、3年前大学病院で糖尿病といわれた。空腹時血糖270mg/dL、尿糖1日140gでインスリン治療で尿糖陰性となり退院。退院後インスリン治療を中止。当時はインスリンの自己注射が認められていなかったこともあって退院後は中止。

 今回は頭痛とめまいがあるとのことで来院された。血圧150/90、空腹時血糖248mg/dL、尿糖量1日75g。腰椎穿刺ほか当時の神経学的検査を行ったが異常がなく症状も軽快した。入院数日後より毎食前に速効性インスリン15単位、1日3回注射したところ3日朝に低血糖発作があり1日35単位に減量。その後尿糖が多くなったのでインスリンを1日50単位まで増量しその後減量した。(経過は図2参照)

図2 60歳男性 入院後の空腹時血糖値、尿糖排泄量の経過
Endocrinologia Japonica 6,9-13,1959より

 入院2日目に眼科に紹介し、動脈硬化性変化はあるが出血、白斑などなしとの報告を受けた(図3)。1カ月後の32病目に眼底検査を依頼したところ。前回みられなかった出血、白斑がみられるとの返事を得た(図4)。

図3 入院第2日目の網膜所見
当時は眼底カメラがなく眼科医のスケッチが記録であった。
図4 入院第32日目の網膜所見
出血および白斑が散在している。
Endcrinologia Japonica 6,9-13,1956より

 治療によって糖尿病網膜症が急に現れることを報告した人がなかったので、第1回糖尿病学会で発表し論文として報告した。

3. 食事療法だけでも網膜症が増悪

 インスリン療法開始後に網膜症の悪化する例はその後わが国でぼつぼつ経験されるようになった。1980年前後になり糖尿病患者さんの眼底を頻繁に検査したら、スルホニル尿素剤で治療してコントロールが良好になって網膜症が増悪した例、そして食事療法だけで5kg以上減量したら、それまでなかった網膜症が急に現れた症例も経験した。ヨーロッパで CSII により厳格にコントロールすると網膜症や腎症が一時的に増悪することもその後報告された。

 インスリン治療により網膜症が増悪する機序については、はじめエピネフリン分泌を考えたが、1980年頃に血小板機能の亢進が網膜症の進展と関連することがわかったので、インスリン注射による血小板機能を検査したが変化はなかった。自律神経障害を持つ人ではインスリン注射で血圧が下がることもわかり、またインスリンで血管の透過性が増すことも知られているのでこれらの相乗効果で増悪することも考えられるが、納得できる説明はない。体重を減らしただけでも増悪する例のあることは、一層説明を困難にしている。

 いずれにしても、長町分院で増悪例を経験してから網膜症に強い関心を抱くようになった。

(2014年06月01日)

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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