1. 40分かかって血糖値がでた
後藤由夫 先生(東北大学名誉教授、東北厚生年金病院名誉院長)
「私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み」は、2003年1月~2009年8月まで糖尿病ネットワークで
全64回にわたり連載し、ご好評いただいたものを再度ご紹介しています。
ラジオもテレビも昔からあったように思われるが、放送がはじまったのは1925年と53年で、そう遠い話ではない。糖尿病患者さんが多くなったのは20年前からのことで、糖尿病の患者さんがさっぱりいない時代もあったのである。そのような時代の移り変わりについて述べてみたい。
現在は簡易血糖測定器を用いて患者さんが自分で血糖を測り、しかも10秒以内で値がわかる時代であるが、日本糖尿病学会が発足した58年頃は血糖測定に40分もかかっていた。現在のように検査部はなく、血糖は医師が採血し測定を行っていた。つまり血糖を測るのが糖尿病担当医の仕事だったわけである。血糖は大学病院やそれに準ずるような所だけで測っていたのであって、東京でさえ大学以外は4、5カ所しかなかったのである。
血液は耳朶(みみたぶ)をランセットなどで刺して血液を0.1mLの細長いハーゲドロン・ピペットにゴム管をつけて口で吸い取り、正確に0.1mLを硫酸亜鉛溶液と水酸化ナトリウム溶液をまぜた除蛋白液の入った試験管に流し込み、撹拌混合してから煮沸熱湯槽に入れて凝固させ、濾過する。濾液にフエリシアン化カリ試薬を一定量加えて20分間煮沸熱湯中で反応させ、冷却してからグルコースにより還元されずに残ったフエリシアン化カリをヨードメトリー法によりミクロビューレットで滴定するものであった。試験管を洗うのも、試薬を作るのもすべて医師達の仕事で、午前中に採血、昼から測定、合間あいまに病棟を回診するのが当時の日課であった。
このHagedorn-Jensen法またはその変法では、すべて準備を整えて採血しても、測定値が出るのに40分はかかった。したがって糖尿病昏睡の患者さんが入院して注射したインスリンの効果をみながら次のインスリン注射量を決定するのも、このスピードで行っていたことになる。
もうひとつの問題は、この方法はグルコースの還元力を測るものなので血液中に含まれるグルタチオン、グルクロン酸、尿酸、クレアチン、VCなどの還元物質も一緒に測定されることになる。本当のグルコースの値(真糖値、true sugar)は、濾液に酵母を入れて発酵させBenedictがsaccharoidsと呼んだ非発酵性還元物質量を測り、血糖値からこの値を差引いて求めることになる。したがって当時の生化学者はこの非発酵性還元物を除ける除蛋白法に工夫をこらしたわけである。Folin-Wu法ではこの値が20~30mg/dLと高く、Hagedorn-Jensen法では15~20mg/dL、そしてセントルイスのSomogyiが考案したZnSO4とBa(OH)2を用いる方法では真糖に近い値が得られるといわれた。灘酒の酵母を使ってSomogyi法の濾液の非発酵性還元物質を測ってみたら数mg/dLの少量であった。そんな実験をして間もなくADAに出席し、小柄で腰も曲がった高齢のSomogyi博士を見ることができた。
1959年頃には、glucose-oxidase法がglucostatとして市販され、それから間もなく真糖という言葉も死語になった。
Wasserbad
採血用-Kapillar-pipette
漏斗と濾過
藤井暢三:生化学実験法-定量編.南山堂
(2014年01月20日)
※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。
私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み 目次
- 1. 40分かかって血糖値がでた
- 2. 診断基準がないのに診断していた
- 3. 輸入が途絶えて魚インスリンが製品化
- 4. 糖尿病の研究をはじめる
- 5. 問題は解けた
- 6. 連理草から糖尿病の錠剤ができた
- 7. WHOの問合わせで集団検診開始、GTTでインスリン治療予知を研究
- 8. インスリン治療で眼底出血が起こった
- 9. 日本糖尿病学会が設立 そこでPGTTを発表
- 10. 糖尿病の病態を探る
- 11. 経口血糖降下薬時代の幕開け
- 12. 分院の任期を終えて米国へ
- 13. 米国での研究
- 14. 2年目のアメリカ生活
- 15. 食品交換表はこうしてできた
- 16. 日本糖尿病協会の出発
- 17. 糖尿病小児の苦難の道
- 18. 子どもは産めないと言われた
- 19. 発病する前に異常はないか
- 20. 前糖尿病期に現れる異常
- 21. 栄養素のベストの割合
- 22. ステロイド糖尿病
- 23. 網膜脂血症
- 24. 腎症と肝性糖尿病
- 25. 糖尿病者への糖質輸液
- 26. 糖尿病と肥満
- 27. 血糖簡易測定器が作られた
- 28. 糖尿病外来がふえる
- 29. 神経障害に驚く
- 30. 低血糖をよく知っておこう
- 31. 血糖の日内変動とM値
- 32. 血糖不安定指数
- 33. 神経障害のビタミン治療
- 34. 糖尿病になる動物を作ろう
- 35. 糖尿病ラットができた:無から有が出た
- 36. 国際会議の開催
- 37. IAPで糖尿病はなおらないか
- 38. 日本糖尿病学会を弘前で開催
- 39. 糖尿病のnatural history
- 40. 薬で糖尿病を予防できる
- 41. 若い人達の糖尿病
- 42. 日本糖尿病協会が20周年を迎える
- 43. 糖尿病の増減
- 44. 自律神経障害 (1)
- 45. 自律神経障害 (2)
- 46. 自律神経障害 (3)
- 47. 自律神経障害 (4) 排尿障害
- 48. 自律神経障害 (5)
- 49. 瞳孔反射と血小板機能
- 50. 合併症の全国調査
- 51. 炭水化物消化阻害薬(α-GT)
- 52. アルドース還元酵素阻害薬
- 53. 神経障害治療薬の開発
- 54. 人間ドックと糖尿病
- 55. 糖尿病検診と予防
- 56. 中国医学と糖尿病
- 57. 日本糖尿病協会の発展
- 58. 学会賞
- 59. 糖尿病の病期
- 60. 食事療法から夢の実現へ
- 61. インスリン治療と注射量
- 62. インスリン治療と低血糖
- 63. 糖尿病の性比
- 64. 糖尿病と動脈硬化─高血糖は動脈硬化を促すか?─(1)
- 65. 糖尿病と動脈硬化─高血糖は動脈硬化を促すか?─(2)
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