63. 糖尿病の運動療法:理論と指導方法
佐藤 祐造 先生(愛知みずほ大学 学長)

初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 63(2020年1月1日号)
安静は糖尿病の発病・増悪因子
筆者は糖尿病治療研究会発足(1980年)の約10年前に糖尿病運動療法についての研究を開始しましたが、当時は「強い運動を20〜30分続けなければ、体の脂肪は燃えないので、短時間の運動は役に立たない」とされていました。
しかし、最近では、テレビの長時間視聴など座位行動(座位および臥位におけるエネルギー消費量が1.5メッツ以下の全ての覚醒行動)が問題であることが判明しています。米国糖尿病学会も、「糖尿病患者は歩行やストレッチなどを行うことにより安静時間(コンピュータ作業、テレビ視聴)を30分毎に中断し、減少させなければならない」と勧告しています。
生活習慣介入により糖尿病発症予防が可能
食事制限と運動による糖尿病発症予防に関しては、DPP(糖尿病予防プログラム、米国)の研究成績がよく知られています。JDPP(日本糖尿病予防プログラム)も、生活習慣介入群では対照群より減量度が大であり、糖尿病発症が53%低下することを明らかにしています。筆者もメンバーの一員でしたが、その後も解析が継続されており、白色脂肪細胞アドレナリン受容体(β3-AR)遺伝子変異(Trp64Arg)について検討を加え、本変異が減量効果発現、HDL-コレステロール(HDL-C)上昇と相関のある事実が報告されています。すなわち、β3-AR多型者は生活習慣介入による減量効果が少ないなど、介入効果発現には体質(遺伝因子)が関係しており、食事制限をより厳しくするなど、体質を考慮に入れた個別の生活習慣介入を行わなければなりません。
運動にはいろいろな効果がある
①運動筋でブドウ糖、脂肪酸の利用が促進され、食後の運動実施は、食事による血糖上昇を抑制し、血糖コントロールの改善が期待できます。②身体トレーニングの継続により、インスリン抵抗性が改善します。トレーニング効果は、筋肉で産生・分泌されるマイオカインを介して発現します。③加齢や運動不足による筋萎縮(サルコペニア)や骨粗鬆症の予防に有効です。④血清HDL-Cの上昇、TGの低下、軽度高血圧の改善をもたらすなど、抗動脈硬化的に作用します。⑤体力・全身持久力、運動能力が改善し、日常生活のQOLが向上します。⑥認知機能低下を防止します。⑦ストレスの解消やうつ状態の改善にも有効です。
運動療法指導体制は不十分
日本糖尿病学会は「糖尿病運動療法・運動処方確立のための学術調査研究委員会」(委員長:佐藤祐造)を設置し、医師側、患者側に質問紙調査を実施しました。その結果、いずれの調査でも、食事療法の指導はほとんど全ての患者に行われていますが、運動療法の指導に関しては、約4割と食事療法とは大きな「較差」が存在しました。また、食事療法は管理栄養士・栄養士が指導していますが、運動療法に関しては、主として医師が指導し、コメディカルスタッフ(理学療法士、健康運動指導士等)の参画が少なく、運動療法の実施率は52%にとどまっていることが判明しました。
さらに、多変量解析の結果、運動指導の回数を年に数回と増加させ、運動の種類、頻度、実施時間等を具体的に説明し、運動実施が好きになるような指導を行うことの重要性も明らかとなりました。
運動処方の実際
(1)軽・中等強度の運動を1回10〜30分、週3〜5日以上行います(合計150分)。(2)運動の種類としては、散歩、ジョギング、ラジオ体操、自転車、水泳(後2者は肥満者に適)など全身の筋肉を使う有酸素運動があげられます。超高齢社会の現在、高齢者糖尿病患者が増加していますが、サルコペニアを合併している高齢者では、軽い強度のスクワット、チューブ運動、カーフレイズ(ふくらはぎのトレーニング)などのレジスタンス(筋力)トレーニングも実施します。(3)安静時間には30分ごとにブレーク(中断)を入れます。(4)日常生活が多忙な場合、エレベーターの代わりに階段を使うなど、生活習慣の中に運動を組み込むよう指導します。活動量計を用いて評価し、1日8,000歩以上を目指します。なお、健康づくりのための身体活動指針2013(アクティブガイド)では、もう10分歩く(プラス10)ことの重要性を強調しています。(5)血糖降下性薬物、インスリン使用患者では運動を行う際SMBGを実施し、運動前、中、後に適宜補食します。(6)運動療法指導実施にあたっては、コメディカルスタッフ(糖尿病療養指導士が望ましい)を加えた医療チームの編成を行い、理学療法士、健康運動指導士等が、個々の患者の病態に応じて継続的かつオーダーメイドな指導を行います。
※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。
オピニオンリーダーによる糖尿病ガイダンス 目次
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- 65. 糖尿病の食事療法:新しいエビデンスからの構築を目指して 阪本 要一 先生
- 64. 新たな糖尿病合併症ターゲット ~認知症と心不全~ 清水 一紀 先生
- 63. 糖尿病の運動療法:理論と指導方法 佐藤 祐造 先生
- 62. J-DOIT3:2型糖尿病患者を対象とした血管合併症抑制のための多因子介入研究 -J-DOIT3の結果と追跡研究への期待- 岩本 安彦 先生
- 61. 糖尿病患者を悩ます神経障害とは?-基礎と臨床から考える診断と治療- 加藤 宏一 先生
- 59. GLP-1受容体作動薬による動脈硬化抑制 綿田 裕孝 先生
- 58. Diabetic kidney disease(DKD)は本当に必要な用語なのか? 守屋 達美 先生
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- 53. 糖尿病患者の死因の第1位はがん! 岩瀬正典 先生
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- 50. 日本人の糖尿病はどこまで欧米化するのか? ~待ったなしの肥満対策~ 田中 逸 先生
- 49. 高齢者糖尿病における治療のさじ加減 阪本要一 先生
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