オピニオンリーダーによる糖尿病ガイダンス

30. スポートロジーのメインテーマ、糖尿病

河盛隆造 先生(順天堂大学大学院(文部科学省事業)スポートロジーセンター)

河盛隆造 先生

初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 30(2011年10月1日号)

 本稿を執筆している8月初旬において、 巷間の話題と言えば、なでしこジャパンの 活躍です。なみいる強豪を相手に、体格 には決して恵まれていない日本女子チーム が優勝。震災と原発事故で喪失感と不安 が漂う日本に、大きな感動と希望が広がっ ています。スポーツには、する人だけでな く、観戦する人のこころにも影響を及ぼす 確かな力があるのです。

 スポートロジー(sportlogy)とは聞き慣 れない言葉だとお考えでしょう。"スポーツ を科学する"学問をめざして私どもが考え た造語で、体を動かすことの重要性を学 際的に研究する新しい体系を作ろうとして います。今年3月、震災前に東京で開催さ れた第1回国際スポートロジー学会には、 海外からの参加者も含め、脳科学者、基 礎医学研究者、小児科医、体育指導者、 心理学者など500名以上の研究者が会し、 世界の注目を集めました。

 スポートロジーの研究領域はフィジカル 面にとどまらず、将来的には、なでしこ ジャパンが私たちに勇気を与えてくれたよ うな、スポーツ観戦による脳の活性化を、 うつや認知症の予防につなげるといったメ ンタル的な面も含め、スポーツの持つポテ ンシャルを最大限に引き出すことを目指し ています。小児期であっても積極的に体を 動かすことが、筋力の増強、知覚の発達、 機敏さや身体バランスの向上、脳や言語能力の発達、考えることや協調性の育成、 ゲームのルールを覚えるなど、適応力の養 成に必須であることも重視されてきました。 日本の子供たちのスポーツ離れは大問題 かもしれません。

 しかし、目下のメインテーマは「糖尿病」 です。

国民が体を動かさなくなり2型糖尿病が蔓延

 日本人の摂取エネルギー量は1970年代 にピークに達し、 1日平均2,200kcalを超え ていました。以後しだいに減少し、近年は 1,900kcal程度です。およそ30年で300kcal 強も摂取エネルギーが減っています。

 一方でこの間、生活環境の都市化、産 業構造の変化が急速に進みました。その 結果として国民のエネルギー消費が減少す るとともに、エネルギー代謝も低下してき たものと推測されます。そのことが、摂取 エネルギーが減ったにもかかわらず肥満者 (とくに男性)が増加したり、糖尿病や脂質 異常症などの代謝性疾患が急増した背景 にあると言えます。

糖尿病急増のもとにあるインスリン抵抗性の蔓延

 代謝性疾患のうち、対策が焦眉の急と なっているのは糖尿病です。改めて述べる までもなく、糖尿病とそれによる血管障害 は患者さんの大きな負担となり、ときには 人生を享受する機会を奪います。そして、 糖尿病患者数は増加の一途をたどってい ます。

 糖尿病と同じように患者数の多い代謝 性疾患である脂質異常症は、スタチン等に より比較的良好な管理が可能になってきま した。しかし糖尿病の場合、血管障害抑 制を目的に行う薬物介入が医原性の低血 糖や高インスリン血症を起こす可能性があ るなどの理由で、十分量の薬剤を使用で きず、そのため高血糖が持続する、とい う悪循環を形成しているようです。まだ保 持されているインスリン分泌を有効利用す るため、インスリンの働きを高める有効な アプローチが求められます。その最善の 手段がスポーツや運動、"体を動かすこと"であることは、われわれ医療従事者が日々 実感しているところです。

 問題は、スポーツや運動を医療に生か すには、未だエビデンスが十分でなく、指 導者のマンパワーも限られていることです。 そのため実臨床においては、「なるべく多く 歩くように」、「水泳もいいですよ」といった 漠然としたアドバイスにならざるを得ないの が現状です。

スポートロジーが糖尿病臨床に与えるインパクト

 私どもスポートロジーセンターでは、従 来の「体育学」を発展させ、トランスレー ショナルリサーチによる理論を確立し、そ れを大規模臨床研究によってエビデンスと して蓄積、同時に指導者の育成を目的の 一つにしています。現在、核磁気共鳴スペ クトル解析(MRS)を用いた肝・骨格筋の細 胞内脂質の定量、生体内酸化ストレス蓄積 の評価法の開発などを行っています。同時 に、効率的な運動、薬剤との相乗効果の 検討も続けています。そのほかにも自立保 持プロジェクトなども進行中で、その成果 を糖尿病合併症によるQOL低下の抑止に 役立てたく努力しています。

 2型糖尿病は種々の原因で発症してきます。 個々の患者さんの病態を詳細に把握し、豊 富にそろった血糖降下薬を使い分けてオー ダーメイド治療を行えるようになった今日、 糖尿病急増の元凶と言える"体を動かさない" 生活習慣にも適切な個別介入が求められま す。それを可能にする学問がスポートロジー です。そして、スポートロジーが結実したと き、メタボリックシンドローム人口や糖尿病 患者数は自ずと減少するものと考えています。

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

オピニオンリーダーによる糖尿病ガイダンス 目次

2019年04月18日
血圧が低い場合でも循環器疾患による死亡リスクは上昇 降圧薬で血圧を下げても安心はできない
2019年04月18日
ジャディアンスのEMPA-REG OUTCOME試験 ベースライン時の顕性アルブミン尿をともなうDKD患者における複合腎・心血管アウトカムの結果を公表
2019年04月18日
米国内分泌学会が高齢糖尿病患者の診療指針を策定
2019年04月17日
【リニューアル情報】インスリンポンプ・SAP・CGM取り扱い医療機関リスト
2019年04月11日
1型糖尿病の根治療法「バイオ人工膵島移植」も視野に 日本で「動物性集合胚」研究の規制が大幅に緩和 京都大学iPS細胞研究所など
2019年04月11日
ジャディアンスとDPP-4阻害薬を比較したリアルワールド研究「EMPRISE」 入院リスクの低下および入院期間の短縮と相関
2019年04月11日
2型糖尿病治療剤「Imeglimin」の第3相試験で良好な解析結果 ミトコンドリア機能を改善する新たな機序の新薬
2019年04月11日
SGLT2阻害薬「フォシーガ」 2型糖尿病治療における心血管アウトカムへの影響を示すDECLARE-TIMI 58試験のサブ解析
2019年04月11日
HbA1c基準では糖尿病の過小診断につながる可能性
2019年04月08日
「1型糖尿病を根絶するための研究」を支援 日本IDDMネットワーク