オピニオンリーダーによる糖尿病ガイダンス

25. インクレチン治療 ~新薬への期待と課題~

難波光義 先生(兵庫医科大学内科学糖尿病科教授)

難波光義 先生

初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 25(2010年7月1日号)

糖尿病治療のジレンマ

 2型糖尿病の基本的な治療が食事・運 動療法であることは論をまちません。食 事・運動療法をしっかり行ったうえで補 完的に薬物を用いることが原則であり、 患者さんに対しても日々そのような指導 がなされています。しかし、理想的な食 事・運動習慣を続けることが容易でない のも事実です。そもそも糖尿病患者数が 'epidemic'と表現されるほどの勢いで増 加していること自体、その困難さの表れ とも言えます。

 一方、治療が不十分である結果として の高血糖が膵β細胞のアポトーシスを促 し糖尿病の病態(病期)をより進行させる ことから、生活習慣改善の指導に傾注す るあまり薬物療法の開始・追加が病態の 後追いとなると、結局コントロール不良の まま二次無効になってしまいます。かと いって従来の糖尿病用薬のなかには食欲 亢進や肥満の助長、低血糖リスクという 問題を有するものもあり、積極的使用が ためらわれることも少なくありません。

 糖尿病診療にあたるスタッフは長年こ のようなジレンマを感じつつ、薬剤の力 が及ばない部分は患者さんに一層の生活 習慣改善を期待することで、理想と現実 の折り合いを付けてきました。

インクレチン関連新薬への期待

 ご存じのように、昨年末から相次いで DPP-4阻害薬が発売され、GLP-1受容体 作動薬(GLP-1アナログ製剤)も使えるよ うになりました。これら「インクレチン 関連薬」が今、単に血糖降下療法の選択 肢が一つ増えたというだけではなく、それ以上の期待をもって注目されています。

 インクレチンは、もともとは栄養素 を経口摂取した際にインスリン分泌を 促す物質として、その存在が理論的に 推測されていました。その後、主に上 部消化管K細胞、下部消化管L細胞から それぞれ分泌されるGIPとGLP-1がイン クレチンであることが判明し、とくに 後者は糖尿病治療に有用な多面的作用 をもつことが明らかになりました。し かし、血中での半減期がわずか数分で ある点が臨床応用へのハードルでした。 GLP-1のアミノ酸配列を変えるなどして 半減期を延長し開発されたのがGLP-1受 容体作動薬、GIPやGLP-1を分解する酵 素の活性を阻害して半減期を延長させ るのがDPP-4阻害薬(経口薬)です。

 より詳しい解説は他稿に譲り、ここ ではなぜこの新薬が大きな期待を集め ているのかを考えてみます。まず、既 存薬と比較しながらインクレチン関連 薬の特徴を以下に示します。

低血糖を起こしにくい

 インクレチンは血糖濃度に依存してイ ンスリン分泌を刺激します。これは従 来のSU薬やグリニド薬と大きく異なる 点で、インスリン分泌過剰を来さず低 血糖リスクが低いことが第一の特徴で す。ただし他剤との併用、特にSU薬と の場合は、低血糖の発現リスクが高ま りますから厳重な注意が必要です。

膵臓にやさしい

 インスリン分泌を過剰に刺激しないと いうことは、膵β細胞を保護することに もつながります。BG薬やα-GI、チアゾリ ジン薬もインスリン分泌を刺激しません が、インクレチン関連薬、とくにGLP-1受 容体作動薬は、膵β細胞のアポトーシ スを抑制し、さらに動物実験レベルで はβ細胞の増殖作用も認められていて、 ヒトでも長期連用によりその作用が得 られないか、期待されています。

体重が増えない

 インスリン分泌を過剰に刺激しない点 は、空腹感を抑えたり、体重増加の抑制 につながります。GLP-1受容体作動薬で はさらに体重減少作用も認められます。

グルカゴン分泌を抑制する

 膵α細胞からのグルカコン分泌を血糖 濃度依存的に抑制することも、従来の糖 尿病用薬にないユニークな作用です。

多彩な膵外作用をもつ

 このほかGLP-1受容体作動薬には、食 欲抑制、胃排出能低下など、高血糖・低 血糖双方の予防に望ましい作用がありま す。また、臨床的にどの程度期待できる のかまだ不明ではあるものの、肝臓や骨 格筋、脂肪組織での糖取込み促進、脂質 代謝改善、血管内皮機能改善、虚血時の 心筋保護作用などが報告されています。

糖尿病治療のパラダイムシフト

 このように多面的な作用があって、し かもその多くが糖尿病治療に有利であり 不利な作用が少ないことが、インクレチ ン関連薬が注目を集める理由の一つで す。なにより、従来の治療が高血糖に対 する「対症療法」であったのに対し、過 大な期待はまだ控えなければならないも のの、膵β細胞の保護(あるいは増殖)と いう「原因療法」を手に入れたことが、 糖尿病治療にパラダイムシフトを起こす インパクトとなり、臨床の現場に広がっ ていると考えられます。

課題は未知の副作用ヘの注意

 しかし、本来生体内に、インクレチン が抗糖尿病目的のために存在するとは考 えにくく、摂取し得たエネルギーをいか に生存に適すよう体内に分布させるかと いった、より広範な目的があるように考 えられます。とすると、 GLP-1やGIPを 生理的なレベル以上に増やすこれらの新 薬に、治験段階では報告されていない未 知の副作用がある可能性も完全には否定 できません。新規性が高く期待の大きい 新薬だけに、適正使用を心掛けて大切に 育てていきたいものです。

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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