21. 糖尿病患者の血圧管理
金澤康徳 先生(自治医科大学名誉教授)

初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 21(2009年7月1日号)
糖尿病を治療する目的と方法
糖尿病の治療は「健康人と変わらない QOLを保ち、天寿を全うする」が目標で す。具体的には、血管が傷害されて起こ る臓器障害(合併症)を防ぐことです。そ の目的を達成するために従来から血糖値 を正常化する治療が行われてきました。
しかし、血糖値がかなり良くコント ロールされている例でも、血管障害が進 行する症例も少なくありません。もちろ ん、「糖尿病の治療=血糖管理」に異論は ありませんが、血管障害防止には、絶対 無二ではないようです。
血管病の危険因子をターゲットとして糖尿病を診る
1995年に筆者が日本糖尿病学会年次学 術集会をお世話したとき「糖尿病は血管 病である」をメインテーマに掲げました。 糖尿病治療の主眼が細小血管障害の抑止 に置かれていたので、大血管障害も看過 すべきでないことを明確に打ち出そうと 考えたからです。
糖尿病を血管病として捉えた場合、血 糖のみでなく血圧や血清脂質も自ずと治 療ターゲットとなってきます。UKPDS をはじめとする数々の大規模臨床研究の 結果は、血圧のコントロールが網膜症や 腎症などの細小血管障害の抑止のため に、血糖値のコントロールと同等の重要 性を持つと報告しています。
腎症抑止のための血圧管理
細小血管障害の中でも腎症は極めて重 大です。糖尿病腎症から透析に入る患者 さんは年間1万6,000人に達しなお増加し つつあります。透析は個々の患者さんの 日常生活の質を著しく損ねるばかりでな く、 1人の年間医療費が500万円以上か かっているからです。現在、糖尿病腎障 害から透析になった患者さん約8万人の 総医療費は、年間4,000億円を超えていま す。糖尿病による腎不全を減らすことは 医療経済面からも焦眉の急と言えるで しょう。
かつては「腎臓の病は手に負えない」と いう糖尿病医のイメージがありました が、 RA系抑制薬をベースとする十分な 降圧療法を早期から行うことによって進 展の抑制が可能となってきました。
'完全なる'血圧コントロール
血糖も血圧も、食事・運動療法が基本 であることは論を待ちませんが、血管障 害を確実に抑止し得る厳格なコントロー ルには多くのケースで薬物療法が必要で す。血糖管理のための薬物療法は、患者 さんの病態による使用薬剤の使い分け や、食事・運動との関連もあり、低血糖 への配慮も必要で、完全なる正常化は容 易ではありません。
血圧管理による血管障害抑制効果は、 使用する薬剤の違いも重要ですが、十分 な降圧レベルが保たれていることが重要 です。臓器保護を期待しRA系抑制薬を 用いるにしても、一日中の血圧の完全な る正常化(130/80mmHg未満。腎障害進 行例ではさらに低く)が達成されなけれ ば、増量や多剤併用もためらうべきでは ないでしょう。筆者は初診の糖尿病患者 さんに対して、尿蛋白や血清クレアチニ ン濃度を調べて、血糖降下薬よりも先に 降圧薬を用いることもあります。患者さ んが高齢であればもちろん時間をかけ慎 重に血圧を下げますが、最終的には厳格 なコントロール域を達成するよう心掛け ています。
家庭血圧の測定は必須
血圧管理では、診察中の血圧よりも、 患者さんの家庭血圧値の方を信用しま す。血糖管理におけるHbA 1C やグリコア ルブミンなどに対応する長期のコント ロール指標が血圧にはないからです。 診察室血圧だけで高血圧を管理するの は、受診時の随時血糖値だけで糖尿病 を管理するのと同じようなものと言え るでしょう。通常一日の血圧の最も高 い時間は、しばしば起床時にみられま す。この時間は、毎日測定が可能な時 間です。私は、この時点の血圧で毎日 測定するようお願いしています。前夜 塩分の摂取の多かった場合等はてきめ んに高値をとりますし、この時点より も診察室の血圧が高い例は、少数です。 この値によって、薬剤の量や投与法を 調節でき、大変有用です。
クレアチニン+尿蛋白で腎機能を評価
家庭血圧による血圧コントロール状態 の評価に加え、腎機能の評価も欠かせま せん。日本腎臓学会による日本人向きに 調整された推算糸球体瀘過量(eGFR)の 計算式を用いれば、血清クレアチニン値 と年齢、性別のみで、臨床上ほぼ問題な く腎機能が評価できます。検尿は毎回診 察時に行い尿蛋白の有無を調べます。試 験紙を用いた尿蛋白の測定はかなり正確 です。診察時間やスタッフの人員等の制 約のため、診察時の採尿検査をあまり行 わないこともあるようですが、簡便かつ 情報量の多い基本的な検査ですので、ぜ ひ行っていただきたいと思います。
※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。
オピニオンリーダーによる糖尿病ガイダンス 目次
- 59. GLP-1受容体作動薬による動脈硬化抑制 綿田 裕孝 先生
- 58. Diabetic kidney disease(DKD)は本当に必要な用語なのか? 守屋 達美 先生
- 57. 糖尿病患者の就労支援 〜遠隔診療の必要性と可能性 浜野久美子 先生
- 56. 超高齢社会の糖尿病診療に何が求められるか 吉岡 成人 先生
- 55. 患者高齢化時代において連続血糖モニターとSMBGを考える 池田 義雄 先生
- 54. SGLT2阻害薬による糖尿病合併症抑制 森 豊 先生
- 53. 糖尿病患者の死因の第1位はがん! 岩瀬正典 先生
- 52. Once Weekly 製剤の功罪 ~その意義と療養指導上の問題~ 難波光義 先生
- 51. 再考!糖尿病の栄養療法 勝川史憲 先生
- 50. 日本人の糖尿病はどこまで欧米化するのか? ~待ったなしの肥満対策~ 田中 逸 先生
- 49. 高齢者糖尿病における治療のさじ加減 阪本要一 先生
- 48. 糖尿病治療の質の向上と血糖モニター 清水一紀 先生
- 47. SGLT2阻害薬による死亡リスク低下 〜最新の臨床試験(EMPA-REG OUTCOME)に学ぶこと〜 佐藤 譲 先生
- 46. DPP-4阻害薬のこれまでとこれから 岩本安彦 先生
- 45. 運動療法:新しいエビデンスと指導方法 佐藤祐造 先生
- 44. 軽度の高血糖も放置は厳禁! 河盛隆造 先生
- 43. What is diabetes mellitus...?―医療スタッフとともに考える― 吉岡成人 先生
- 42. SGLT2阻害薬の位置づけと具体的な使われ方 森 豊 先生
- 41. 新薬時代の今、糖尿病患者さんの生活習慣を見直す 岩瀬正典 先生
- 40. ここ10年の糖尿病医療と療養指導の進化と今後-創刊10年に寄せて- 池田義雄 先生
- 39. インクレチン治療 -活かすための患者指導- 難波光義 先生
- 38. スポーツの喜びを取り入れた運動指導 勝川史憲 先生
- 37. 1型糖尿病 -膵臓移植と再生医療の現状と将来- 金澤康徳 先生
- 36. 糖尿病の腎臓を守る管理と指導 田中 逸 先生
- 35. テーラーメイドを目指す糖尿病の治療 阪本要一 先生
- 34. 妊娠糖尿病の新たな診断基準と管理 清水一紀 先生
- 33. 大震災からのメッセージ~緊急時の糖尿病療養指導~ 佐藤 譲 先生
- 32. インクレチンアナログ(注射製剤)の効果と使い方 岩本安彦 先生
- 31. 糖尿病の予防と治療に果たす運動の役割 佐藤祐造 先生
- 30. スポートロジーのメインテーマ、糖尿病 河盛隆造 先生
- 29. 診療現場におけるサイエンスとアート 吉岡成人 先生
- 28. SMBG指導のスキルアップ 池田義雄 先生
- 27. CGM(持続血糖モニター)で見えてくるもの 森 豊 先生
- 26. 新しい糖尿病の診断基準とグローバル化 岩瀬正典 先生
- 25. インクレチン治療 ~新薬への期待と課題~ 難波光義 先生
- 24. コーヒーの飲用と運動療法の上乗せ効果 鈴木政登 先生
- 23. 2型糖尿病治療の新機軸 勝川史憲 先生
- 22. 糖尿病とインフルエンザ 浅野 喬 先生
- 21. 糖尿病患者の血圧管理 金澤康徳 先生
- 20. 日本人のインスリン分泌~2型糖尿病における動態について~ 田中 逸 先生
- 19. 糖尿病治療の新しい見方~メタボリックメモリーを中心に~ 阪本要一 先生
- 18. 糖尿病療養指導士活動の現状と今後への課題 清水一紀 先生
- 17. 糖尿病神経障害 ~東北スタディから~ 佐藤 譲 先生
- 16. 空腹時血糖障害(IFG)の見方 岩本安彦 先生
- 15. 運動とインスリン抵抗性改善 佐藤祐造 先生
- 14. ADA/EASD 2型糖尿病のコンセンサスステートメント -日本ではどう考えるべきか- 河盛隆造 先生
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- 11. アナログ製剤によるインスリン治療 -SMBGとの協調- 難波光義 先生
- 10. 運動療法のピットホール -早期腎症を視野に入れて- 鈴木政登 先生
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- 7. 他疾患ガイドラインの中の糖尿病 浅野 喬 先生
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