オピニオンリーダーによる糖尿病ガイダンス

17. 糖尿病神経障害 ~東北スタディから~

佐藤 譲 先生(岩手医科大学糖尿病代謝内科教授)

佐藤 譲 先生

初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 17(2008年7月1日号)

合併症の診断基準

 糖尿病の合併症の中でも、神経障害、網 膜症、腎症の三つは糖尿病に特異的で発症 率も高いことから'三大合併症'と呼ばれ、古 くからそれへの対応は治療研究の重要なテ ーマとされてきました。そもそも糖尿病の 診断基準も、網膜症が増加する血糖閾値か ら設けられたものですし、治療のエビデン スとして評価されている臨床研究の多くが、 腎症や網膜症の進行をエンドポイントとし ています。ですから当然、網膜症や腎症に はその診断と病期判定のため、国際的にほ ぼ統一された検査指標があります。

 ところが神経障害は、網膜症や腎症のよ うな単一臓器疾患でないことに加え、神経 伝導速度の測定には専用の機器と熟練した 手技が必要とされるなどの理由から、臨床 に則した診断基準がありません。このため 三大合併症の中で最も早期かつ高頻度に現 れるとされているにもかかわらず、実態が はっきりしない面が多いのも事実です。

東北スタディとは

 このような状況を背景に1998年、約3万 3,000人の患者さんを対象とする神経障害に 的を絞った大規模なアンケート調査が、東 北糖尿病合併症フォーラムプロジェクト会 によって行われました。これは対象者数の 多さはもとより、患者さんとその主治医の 双方にアンケートに回答していただくとい う手法も特徴的な調査でした。この調査の 結果、確かに三大合併症の中で神経障害が 最も高頻度(26.8%)であることが確認されるとともに、主治医が「神経障害なし」とし た患者さんの中にも、知覚障害や自律神経 障害など何らかの神経障害症状を自覚して いる方が少なくないことが報告されました。

 そしてその5年後、アキレス腱反射と振 動覚検査を調査項目として新たに追加し (前者は必ず実施、後者は適宜実施)、約1万 5,000人を対象とする第2回調査が行われま した。ここではその結果から、神経障害診 断におけるアキレス腱反射の有用性につい て概略をまとめます。

調査の概要

 調査は東北6県、448の病院・診療所に通 院・入院中の糖尿病患者さんとその主治医 に、調査票に記入していただく方法で行い ました。調査票では年齢、性、罹病期間と いった患者背景と、アキレス腱反射、下肢 の自覚症状の問診、振動覚のほかに、神経 障害以外の合併症、糖尿病の治療法などを 質問しました。アキレス腱反射は膝立位で 判定し、振動覚はC-128音叉を用い内踝で10 秒を基準値として判定しました。

 最終的な解析対象は1万4,744人(男性 53.1%、女性46.9%)で、平均年齢64.2歳、 平均罹病期間9.7年でした。また、BMI 25% 以上が35.6%、2型糖尿病が95%、HbA1Cの 平均は7.4%、治療法は経口血糖降下薬療法 が56.7%、インスリン療法が24.2%(経口薬 併用を含む)でした。

 両側下肢の自覚症状発現率は、しびれ 13.3%、異常感覚6.6%、感覚低下5.8%、痛 み4.5%で、患者さんの18.8%に何らかの両 側下肢症状がみられました。また、主治医 の判定による神経障害の頻度は27.6%と前 回の調査と同レベルで、網膜症の20.3%、 腎症の18.8%、虚血性心疾患10.5%に比べ 高頻度であることも前回と同様でしたが、 第2回の調査では神経障害の診断に'糖尿病 性神経障害を考える会'の糖尿病性神経障 害簡易診断基準(両側の下肢の自覚症状、 アキレス腱反射消失、振動覚10秒未満のう ち2以上を満たせば神経障害あり)を適用さ せました。その結果、神経障害の頻度は 35.8%と、専門医による診断レベルまで上 昇し、簡易診断基準の有用性も示されました。また、神経障害は通常認識されている 以上に多いことがわかりました。

アキレス腱反射の消失は自覚症状より先行 し、他の合併症と相関する

 新たな調査項目であるアキレス腱反射は、 患者さんの40.3%が両側消失、振動覚検査 は52.0%が両側10秒未満でした。前記の数 字と照らし合わせると、この結果はアキレ ス腱反射や振動覚検査が、自覚症状に先行 して現れることを示すものといえます。ま た、アキレス腱反射消失は糖尿病の診断後 早期から高頻度に出現する傾向があり、罹 病期間が長くなるほど自覚症状の発現率上 昇と同様に異常の頻度が増加することが示 されました。

 合併症との関係では、神経障害だけでは なく網膜症や腎症、虚血性心疾患、および 高血圧のいずれについても、アキレス腱反 射が消失している群で有意に高率にみられ ました。

アキレス腱反射の積極的なチェックを

 アキレス腱反射は手技が容易なだけでな く、患者さんや主治医の主観に左右されに くいという利点があります。さらに、糖尿 病で最も初期に障害を受ける最長の末梢反 射弓を診るという理にかなった検査といえ、 他の合併症より先に発症することの多い神 経障害をより早期にとらえことができると 考えられます。

 高価な機器が不要で時間をかけずに行え るという簡便性が強調されることの多いア キレス腱反射検査ですが、糖尿病神経障害 診断における有用性も再認識できたのも大 きな収穫でした。

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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