私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み

49. 瞳孔反射と血小板機能

後藤由夫 先生(東北大学名誉教授、東北厚生年金病院名誉院長)

「私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み」は、2003年1月~2009年8月まで糖尿病ネットワークで
全64回にわたり連載し、ご好評いただいたものを再度ご紹介しています。

筆者について

1. 瞳孔反射

 瞳孔の対光反射が異常となることが多い内科疾患の1つとして古くから糖尿病があげられている。しかしこの問題を詳細に検索した試みはなかった。
 鈴木裕博士は北里大学眼科学石川哲名誉教授の開発した電子瞳孔計(Iriscorder)を用いて、40歳以下の健常者22名、糖尿病者28名、40歳以上の健常者32名、糖尿病者104名の瞳孔反射の検査を行った。Iriscorderによっては図1のような分析が行われ、石川教授の命名による指標が求められる。
図1 Iriscorderにより測定項目
 40歳以上60歳未満の人達の成績を心拍変動試験により自律神経障害程度別(No.44 参照)にしてみると表1のようになる。健常者に比べると糖尿病者では安静時にも瞳孔面積が小さく、特に交感神経にも障害がある起立試験陽性例では瞳孔面積が小さい。
 糖尿病の人では無散瞳カメラで眼底撮影を行うときに明るく撮るのが困難なことが多い。また散瞳薬を用いても散瞳に時間がかかることを経験する。起立試験陽性例では光刺激による縮瞳量も小さい。そのほか0.63散瞳時間や最大散瞳速度にも遅れがみられる。
 40歳未満の人達の成績は表2にみるように糖尿病者では瞳孔面積が有意に小さく、また縮瞳量も少ないが例数が少ないためか有意とはならなかった。このように糖尿病者では古くから指摘されてきたように対光反射が遅く、また小さいことが明らかにされた。
 正中神経、脛骨神経の運動神経および腓骨神経の感覚神経伝導速度をみた成績と罹病期間、治療法、眼底所見などと対光反応の諸項目との単相関を検討したのが表3である。罹病期間、治療がインスリン療法のようなより強力なものを必要としたものに異常が多いこと、また眼底に、より高度の変化のあるものに異常が多いことなども当然のことではあるが、EBMとして明らかになった。
表1 糖尿病者の瞳孔機能(40-59歳)
測定項目(石川哲による) 健常者
(32例)
糖尿病者(心拍変動試験成績別)
正常
(70例)
深呼吸試験陽性
(8例)
起立試験陽性
(6例)
両試験陽性
(2例)
刺激前瞳孔面積 25.4±5.1 22.4±5.7 * 22.2±9.6 * 17.0±4.6 * 20.4±1.4
光刺激による縮瞳量 11.5±2.5 10.3±3.7 11.2±6.1 8.7±3.8 * 12.0±0.6
潜伏時間 282±16 297±37 314±48 271±17 291±4
0.5縮瞳時間 257±35 239±37 244±28 265±61 230±4
総縮瞳時間 895±132 858±205 911±217 938±308 789±23
0.63散瞳時間 1263±189 1893±580 * 1258±237 2229±848 * 1564±192
最大縮瞳速度 29.8±6.7 28.3±8.6 29.7±14.4 23.2±6.4 34.0±0.9
最大散瞳速度 10.6±1.4 10.1±12.3 9.4±4.1 6.6±1.7 * 10.1±0.3
最大縮瞳加速度 275±77 270±88 284±132 213±69 314±36
M±SD   * 健常者に対しP<0.05   鈴木裕博士による
表2 糖尿病者の瞳孔機能(40歳未満)
測定項目(石川哲による) 健常者
(22例)
糖尿病者(心拍変動試験成績別)
正常
(22例)
深呼吸試験陽性
(0例)
起立試験陽性
(2例)
両試験陽性
(2例)
刺激前瞳孔面積 30.7±4.9 26.4±4.3 * - 16.3±4.9 23.6±0.6
光刺激による縮瞳量 14.7±2.9 13.0±2.9 - 12.6±5.4 11.2±0.7
潜伏時間 272±17 281±31 - 283±7 275±4
0.5縮瞳時間 290±41 284±59 - 255±47 236±4
総縮瞳時間 1030±158 1039±240 - 972±157 919±184
0.63散瞳時間 1413±375 1615±607 - 2044±628 1589±102
最大縮瞳速度 32.6±5.9 32.4±8.0 - 25.5±10.3 30.4±11.0
最大散瞳速度 12.4±2.0 11.1±1.8 - 8.0±0.4 9.3±0.3
最大縮瞳加速度 295±61 300±86 - 241±113 288±12
M±SD   * 健常者に対しP<0.05   鈴木裕博士による
表3 糖尿病者瞳孔の対光反射と諸因子との単相関
測定
項目
40歳未満(28例) 40歳以上(104例)
罹病
期間
治療法 眼底
所見
上肢
MCV
下肢
MCV
上肢
SCV
罹病
期間
治療法 眼底
所見
上肢
MCV
下肢
MCV
上肢
SCV
刺激前瞳孔面積 2.12 * -3.01 ** -1.11 1.20 1.90 0.79 -2.05 * -1.84 -2.34 * 0.72 0.10 0.42
光刺激による
縮瞳量
-0.18 0.02 -0.22 2.54 * 2.50 * -0.14 -2.91 ** -2.94 ** -1.49 0.99 0.62 0.47
潜伏時間 0.12 -2.48 * -0.62 -0.14 1.60 0.80 0.27 0.33 0.05 -0.14 -1.72 -0.14
0.5縮瞳時間 -1.03 -2.06 * -0.82 1.32 1.63 0.62 0.87 1.07 2.08 * -1.64 -0.98 -1.18
総縮瞳時間 -0.38 0.15 -0.31 2.45 * 1.67 0.11 -1.51 -0.35 0.85 -0.68 -0.34 0.15
0.63散瞳時間 2.32 * 1.95 1.33 0.68 0.98 -1.04 -0.84 -1.57 1.70 -1.34 -0.70 -0.71
最大縮瞳速度 0.29 1.61 0.10 1.48 1.05 -0.91 -3.08 ** -2.47 * -1.55 0.82 0.93 0.98
最大散瞳速度 -3.39 ** -1.85 -2.29 * 0.77 0.62 0.23 -2.91 ** -2.19 * -2.14 * 0.86 0.84 0.91
最大縮瞳加速度 0.51 2.41 * 0.37 0.83 0.18 -1.39 -2.97 ** -1.93 -1.72 0.41 0.29 1.52
* P<0.05、** P<0.01   鈴木裕による

2. 糖尿病性網膜症と血小板機能

 糖尿病では網膜症が怖い併発症である。血液凝固の詳細が解明されるにつれ、その異常が網膜症の進展にも関与するか否かが検討された。特に血小板機能については多くの研究が行われたが、結論は得られていない。
 血小板は電顕でみると濃染顆粒(dense body)とα-顆粒がみられる。濃染顆粒にセロトニンが貯えられADP、ATP、Caなどが貯えられている。α-顆粒には血小板第4因子、β-トロンボグロブリン(β-TG)、動脈硬化と関係ある血小板由来成長因子(PDGF)、透過因子、化学走性因子、フイブリノーゲン、第V因子、von Willebrand因子、フィブリノネクチンなどが貯えられている。血小板が擬集、粘着をするときにはβ-TGなどが放出されるので血漿中のβ-TGを測定すれば血管内で起こっている状況を予知することができる。山田憲一博士は糖尿病をもつ人のβ-TGを測定し、健常者に較べて高値であること、また網膜症の起こっている人により高値であることを報告している。
 大山武博士らは、血小板のADPに対する感受性と網膜症との関係、また血小板擬集を阻止するプロスタサイクリン(PGI2)に対する感受性について調査を行った。
 血小板のADP、PGI2に対する感受性をみると、多様であるが、日によって変動することは少なく、大きくみれば糖尿病の治療法や血糖コントロールに影響を受けにくいことが分かった。すなわちADPに敏感に反応する人はその性質は変わりにくい。そこでADP、PGI2に対する感受性を検査した。
表4 糖尿病性網膜症の重症度と血小板感受性
例数 PGI2(nM) ADP(μM)
対照 38 1.4±0.3 1.9±0.7
糖尿病
網膜症なし
49 1.6±0.8* 1.6±0.6*
単純性
76 2.1±0.8 ** 1.3±0.6 **
増殖性
42 2.2±0.6 ** 1.1±0.5 **
M±SD;健常者に対し * P<0.05、** P<0.001

表5 2年の観察期間中の網膜症の悪化と
   血小板のADPおよびPGI2に対する感受性
変化 網膜症の動き (例数) ADP(μM) PGI2(nM)
不変 A. なし → なし (26) 1.7±0.6 1.4±0.5
B. 単純性 → 単純性 (27) 1.7±0.6 1.5±0.4
変化 C. なし → 単純性 (9) 1.4±0.7 2.2±1.3
D. 単純性 → 増殖性 (33) 1.1±0.5 * 2.6±0.7 *
M±SD、* vs. A、P<0.005
 現在の糖尿病性網膜症の有無との関係をみると表4のように糖尿病の人達は健常者に比べて高濃度のプロスタサイクリンに反応し、ADPに対しては低濃度のものにも反応することが明らかになった。すなわち網膜症のある症例では血小板が擬集しやすい状態にあることが分かった。
 次に2年間の観察期間の中に網膜症が起こらないもの、単純性のままでいるものを不変群とし、新たに単純性網膜症が起こった例、単純性のものが新生血管を生じ増殖性網膜症へと進展したものを変化群としてADP、PGI2に対する感受性をみると表5のように変化のみられなかったA群、B群では高濃度のADPに反応し、一方プロスタサイクリンは低濃度のものにも反応するのがみられた。これに対して網膜症の進行したC群、D群では低濃度のADPに反応し、一方PGI2には反応しにくいことが分かった。また2年間の感受性の変化をみても図2の上にみるように増悪した例ではPGI2に対する感受性が低く、その状態は2年間あまり変わらないことが分かった。
図2 糖尿病性網膜症と血小板感受性の経年変化
 一方、アロキサン糖尿病動物では高血糖により血小板感受性は変化し、インスリン治療により軽快するのがみられる。臨床例ではそのようにならない。したがって血小板機能がADPに敏感で、PGI2に敏感な人ではアスピリンなどの服用で血栓形成を阻止することも1つの方法であると思われる。
 血小板からは動脈硬化のみならず細小血管障害の予後も知ることができるので、その状況のチェックは必要と思われる。
 鈴木宗三博士らはvon Willebrand因子の測定を行い、糖尿病では高値の成績を得たが、表6のような網膜症、蛋白尿の有無によって特に高値になる傾向は認められなかった。
 これらから、糖尿病のある場合には血小板機能のチェックあるいはβ-TGの測定などで刺激状態にあるかどうかをみている必要があるといえる。
表6 糖尿病性網膜症、蛋白尿の有無と血漿第VIII因子
血清
第VIII因子
蛋白尿 網膜症
なし 単純性 増殖性
VIII:C なし 89.7±37.7 101.7±43.6 97.0±35.2
あり 146.8±37.0 *a 143.5±34.2 *a,b 162.1±67.8 **a,*b
VIIIR:WF なし 211.6±114.2 195.0±117.9 244.0±96.0
あり 158.8±89.5 275.1±127.3 219.6±111.8
VIIIR:AG なし 202.8±89.9 176.9±94.3 246.2±36.2 *a
あり 191.8±85.5 249.4±79.2 *a 304.0±121.9 *a
M±SD(例数) a:蛋白尿なしとの差
b:蛋白尿なし、網膜症なしとの差
c:単純性との差
* P<0.05、** P<0.001

(2015年10月08日)

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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