私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み

45. 自律神経障害 (2)

後藤由夫 先生(東北大学名誉教授、東北厚生年金病院名誉院長)

「私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み」は、2003年1月~2009年8月まで糖尿病ネットワークで
全64回にわたり連載し、ご好評いただいたものを再度ご紹介しています。

筆者について

1. 消化管運動障害

 糖尿病に罹病してから数年以上も経過してコントロール不良の状態が続くと、胃壁の緊張がなくなって、X線透視撮影を行うと前日あるいは前々日に食べたものが胃から排出されずに残留しているのをみることがある。この状態が糖尿病性胃麻痺といわれるもので、時には胃石ができることもあるといわれる。胃の排出機能の障害は治療の妨げにもなる。例えば食後15分位すると血糖が上昇し30分以後には大幅に上昇すると予測してインスリンなどを注射する場合に、胃麻痺があれば血糖が上昇しないので低血糖を起こしてしまうことになる。したがって胃の排出機能が正常か否かということは重要な情報である。このほかに下部消化管の運動障害では便秘を来たすことになるなど日常生活への影響が多い。

1) 食道運動
 食道運動をみるために、本郷道夫博士ら(当時、現教授)は食道にopen tip catheterを入れて上、中、下部より水を注入して嚥下波を記録した。健常と比べると図1のような多峰性収縮波や自発性収縮波の出現が有意に多く、No.44 に紹介した心拍変動試験異常例では正常例に比べて遠位と中位の収縮波が低いのがみられた。これらにより糖尿病に特徴的なのは多峰性収縮波の出現といえる。
 中目千之博士(現、鶴岡市、中目内科胃腸科院長)は食道下端括約圧がテトラガストリンを注射すると上昇することを研究していたが、糖尿病の人の場合にはテトラガストリンによる圧の上昇が軽度で、特に神経障害のある人の場合は反対が悪いことを認めた。
図1 糖尿病患者の食道嚥下波
図2 99mTc試験食摂取後のガンマカメラ像

健常者(左)では120分で胃に残留しているものは少なく大部分が小腸に移行し、150分では胃には痕跡程度、胃麻痺を伴う右の症例では150分後も最初とあまり変わらない。
2) 胃排出機能
 胃は摂取した食物を保留し、蛋白質などの消化を行いながら、十二指腸に排出する。この排出機能が著しく損なわれると糖尿病胃麻痺の状態になる。胃の排出機能を検査する標準的な方法は99mTc標識試験食(8枚切り食パン2枚、牛乳200mL、卵2個とバター8gで作ったオムレツ、調味料少々、590kcal)をとらせ、ガンマカメラで胃から食物が消失していく速度を定量的に求める法である。実際のガンマカメラ像の胃の面積を100とし、それが次第に縮小していく像から(図2の左側は健常者、右は糖尿病者)排出障害の有無を判定する。
 図3の斜線の部分が非糖尿病者の排出能であり、白丸が自律神経障害のある人達の平均、黒丸は自律神経障害のない人達の平均である。自律神経障害のない人ではむしろ胃排出能が亢進していることがうかがわれる。
図3 糖尿病患者の胃排出能
 胃排出機能を測定する簡便法としてはアセトアミノフエンを服用させ、45分後に採血して血液中のアセトアミノフエン濃度を測定し、濃度が高ければ排出機能がよく、低ければ胃排出能が低下していると判定する方法もある。表1は中目千之博士らの成績である。合併症のない糖尿病者や下痢を伴う糖尿病では血中濃度が高く排出能が亢進していることがわかる。にはモチリン濃度も示してある。

表1 胃排出能(アセトアミノ フエン法)と血中モチリン濃度と小腸通過時間

(例数)   アセトアミノ フエン濃度
(45分値)
μg/mL
空腹時血中モチリン濃度
(ng 分/mL)
食後モチリン濃度
(ng 分/mL)
小腸通過時間
(分)

健常者 (14名)   13.0±1.2 15.3±1.8 16.6±1.6 98±11
糖尿病者
 合併症なし (11名)   16.8±1.0 * 26.9±7.5 * 33.2±5.1 * 89±15
 自律神経障害あり (7名)   10.2±1.5 50.2±10.8 ** 58.8±7.4 ** 148±18 *
 胃麻痺あり (3名)   7.7±0.6 * 31.8±5.8 ** 33.1±35 ** 80±5
 下痢あり (7名)   21.1±3.2 ** 51.3±95 *** 41.8±4.2 ** 40±8
 腎症あり (4名)   10.0±1.8 52.3±12.4 ** 59.7±8.5 *** 103±29

* P<0.05   ** P<0.01   *** P<0.001

 さて99mTc標識試験食法でもアセトアミノ フエン法でも神経障害のない糖尿病者の胃排出能は亢進している結果が得られた。依田敏行博士(郡山女子大学教授)は早朝空腹時に温水250mLを飲ませてただちに超音波診断装置で胃の横断面積を求め、すぐにさらに250mLを飲ませて500mLの温水が250mLの面積になる時間を求める方法を考案した(図4)。
 この方法でみても図5にみるように自律神経障害のない糖尿病では健常者よりも早い傾向がみられた。これらから、糖尿病になったばかりで神経障害もない時期には胃排出能が亢進していることがわかる。一般的に早食いで、したがって血糖が急激に上昇することがわかる。
 図6は胃排出が非常に早い例で健常者の範囲より逸脱しているのがみられる。このために血糖値の上昇が急激でコントロール不良となり、胃運動を鎮めることによってコントロール良好となる例もある。
図4 超音波診断装置を用いて温水250mLを2回飲んで
   胃の横断面より半減時間を求める方法

図5 糖尿病患者の胃排出時間(T250)と自律神経障害との関係

左から健常対照18.1±2.2分(9例、M±SD)、糖尿病で心拍変動試験正常21例 16.5±2.9分、深呼吸試験陽性20例 22.2±5.5分、起立試験陽性14例 24.2±3.5分
図6 胃排出亢進例
3) 人工膵による検討
 人工膵臓は血糖値を測定しながらグルコースを点滴したりインスリンを点滴する装置である。この装置(Biostator)で血糖値を80~100mg/dLに維持させると、食事をとって血糖が上昇するとその上昇を抑制するためにインスリンが注入される。したがって注入されるインスリン量の推移をみれば胃からの食物排出を間接的に知ることができるわけである。この方法で胃排出の状態をみたのが図7である。図の上の37歳女性では朝食、昼食、夕食をとると、それに対応してインスリンが注入され食後2時間位するとインスリンの注入はみられない。これは胃から食物がまとまって排出され血糖が上昇しようとしたことを示している。図の下の21歳の女性の場合には朝食、昼食、夕食をとっているのに上の例のようにまとまったインスリンの注入がみられず、1日にわたってインスリンがじわじわ注入されているのがみられる。この方の場合は胃から少しずつ十二指腸に排出され、血糖が上昇しようとしてじわじわとインスリンの注入を招いているのである。このパターンは胃の排出機能が低下していることを示すものである。
 このように人工膵を用いて胃の排出機能を知ることができるので、排出の低下している人にトリメブチンを連用し、その前後に試験食を与えてインスリン量から排出能の改善を知ることができた。
図7 人工膵(Biostator)を用いて血糖を80~160mg/dLに調整した時の食事摂取によるインスリン注入量のパターン

胃排出機能が正常な症例(上段)と胃排出機能障害のある症例(下段)の比較

(2015年10月04日)

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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