25. 糖尿病者への糖質輸液
後藤由夫 先生(東北大学名誉教授、東北厚生年金病院名誉院長)
「私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み」は、2003年1月~2009年8月まで糖尿病ネットワークで
全64回にわたり連載し、ご好評いただいたものを再度ご紹介しています。
1. キシリトール輸液
東北大学第三内科は消化器病と糖尿病の診療を主要なものとしていたので、消化器病の治療薬を製造している製薬会社の人達が多く出入りしていた。その中でエーザイ株式会社では輸液用の五炭糖液を製造したので評価してほしいとの要望があった。1963年頃のことで、当時我々はケトーシスに強い関心をもっていたので、早速五炭糖液を使用してみた。
五炭糖のキシリトールは代謝マップでは図1のように、D-キシルロースレダクターゼによりD-キシルロースになり、キシルロキナーゼにより5番目の炭素に付燐されてキシルロース-5-リン酸となり解糖系で代謝される。ラットでは図1の右のウロン酸回路でグロン酸からL-グロノ-γ-ラクトンを経てビタミンCが合成される。
図1 糖代謝マップ ![]() |
したがってラットなどではアスコルビン酸欠乏症は起こらない。ところが、ヒト、サル、モルモット、ゾウなどではL-グロノ-γ-ラクトオキシダーゼがないためにビタミンC合成ができないので壊血病になる。このように代謝は動物によっても微妙に違っている。ヒトの代謝は大通りがわかったようなもので、細かい小路のようなところはわかっていないのではなかろうかと思いながら我々は最初に健常者にキシリトール30gを点滴した。特に反応や症状は現れなかった。
キシリトールの点滴によって血糖の上昇は認められないが、血漿FFAは低下する。これはキシリトールがエネルギーとして利用されていることを示唆する現象である。
次に糖尿病者に30gを点滴すると同様にFFAの減少、血中ケトン体の減少などがみられた(図2)。
図2 糖尿病者にキシリトール30gを点滴したときの効果 ![]() 左上から血糖,FFA(遊離脂肪酸),インスリン 右上からケトン体,ピルビン酸,乳酸
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次に入院糖尿病者にキシリトール30gずつ毎日点滴すると図3のように尿糖排泄が低下し、また血中ケトン体の上昇している症例では著明に低下するのが認められた。これらからキシリトールの有用性を認め、我々の成績をLancet(1965,2.918-921)に発表した。エーザイの社長さんは論文が欧文誌に掲載されたのを喜ばれたとのことであ
図3 男性(右)および女性(左)入院糖尿病者にキシリトール1日30g点滴し尿糖排泄量の減少した症例 ![]() |
キシリトールについては知見が数多く集積されたので、各国より86名が参加し1967年8月27-29日、箱根で国際シンポジームが開かれた。我々も出席し臨床知見を発表した(図4)。この会では米国で一緒に脂肪組織のグルコース代謝を研究したA. I. Winegrad教授やガイズ医科大学のI. Macdonald教授とも再会することができた。
2. 治験結果を携えてニュージーランドに
図4 キシリトール製品を前に ![]() |
1969年2月27日に北の島のオークランドで王立オーストラレーシア外科医会主催のSymposium on Intravenous Theraphy and Parenteral Nutritionが開かれ、エーザイの山本 平さん(後に取締役)と招待された。ドイツ、スイス、米国よりの参加もあり盛会であった。キシリトールについて発表した。さて会員のデナーにも招かれたが、全員黒い服装で男性のみの会であった。昔の慣習であるという。またマオリの人達の昔からの舌を出したり脅すしぐさをする歓迎儀式、海岸ではマオリの女性のNow is the hourなどの素晴らしい合唱も聞くことができた(図5,6)。
さて発表を聞いているうちに、糖質輸液は1日のカロリーを満たす量を補給すること、したがってキシリトールも100g投与することなどを印象付けられた。メルボルンでも同様のシンポジウムが開かれ外科医会Douglas A. Coats教授が司会した。
図5 マオリの歓迎 ![]() 図6 マオリの女性のコーラス ![]() |
3. ソルビトール輸液
1964年第五栄養と武田薬品、ついで翌年日研化学では輸液用のソルビトール液を製品化しそれぞれ発売した。我々はその治験も行ったが丸浜喜亮博士はStadieのslicerを用いてラット肝切片、またラット副睾丸脂肪組織を用いてケトン体生成、グルコース-u-C14とソルビトール-u-C14の代謝の比較などを実験した。また健常者と糖尿病者とにソルビトール30gを点滴して血糖のわずかな上昇、FFAおよびケトン体の減少を観察し、1966年11月8日広島で日本消化器病学会秋季大会の折に開かれたカンファランスで発表した。
このように、糖尿病者の輸液には血糖の上昇しないものなどが考えられたが、インスリン製剤の改良などもあって、現在はグルコースが多く使用されている。
(2015年09月14日)
※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。
私の糖尿病50年 糖尿病医療の歩み 目次
- 1. 40分かかって血糖値がでた
- 2. 診断基準がないのに診断していた
- 3. 輸入が途絶えて魚インスリンが製品化
- 4. 糖尿病の研究をはじめる
- 5. 問題は解けた
- 6. 連理草から糖尿病の錠剤ができた
- 7. WHOの問合わせで集団検診開始、GTTでインスリン治療予知を研究
- 8. インスリン治療で眼底出血が起こった
- 9. 日本糖尿病学会が設立 そこでPGTTを発表
- 10. 糖尿病の病態を探る
- 11. 経口血糖降下薬時代の幕開け
- 12. 分院の任期を終えて米国へ
- 13. 米国での研究
- 14. 2年目のアメリカ生活
- 15. 食品交換表はこうしてできた
- 16. 日本糖尿病協会の出発
- 17. 糖尿病小児の苦難の道
- 18. 子どもは産めないと言われた
- 19. 発病する前に異常はないか
- 20. 前糖尿病期に現れる異常
- 21. 栄養素のベストの割合
- 22. ステロイド糖尿病
- 23. 網膜脂血症
- 24. 腎症と肝性糖尿病
- 25. 糖尿病者への糖質輸液
- 26. 糖尿病と肥満
- 27. 血糖簡易測定器が作られた
- 28. 糖尿病外来がふえる
- 29. 神経障害に驚く
- 30. 低血糖をよく知っておこう
- 31. 血糖の日内変動とM値
- 32. 血糖不安定指数
- 33. 神経障害のビタミン治療
- 34. 糖尿病になる動物を作ろう
- 35. 糖尿病ラットができた:無から有が出た
- 36. 国際会議の開催
- 37. IAPで糖尿病はなおらないか
- 38. 日本糖尿病学会を弘前で開催
- 39. 糖尿病のnatural history
- 40. 薬で糖尿病を予防できる
- 41. 若い人達の糖尿病
- 42. 日本糖尿病協会が20周年を迎える
- 43. 糖尿病の増減
- 44. 自律神経障害 (1)
- 45. 自律神経障害 (2)
- 46. 自律神経障害 (3)
- 47. 自律神経障害 (4) 排尿障害
- 48. 自律神経障害 (5)
- 49. 瞳孔反射と血小板機能
- 50. 合併症の全国調査
- 51. 炭水化物消化阻害薬(α-GT)
- 52. アルドース還元酵素阻害薬
- 53. 神経障害治療薬の開発
- 54. 人間ドックと糖尿病
- 55. 糖尿病検診と予防
- 56. 中国医学と糖尿病
- 57. 日本糖尿病協会の発展
- 58. 学会賞
- 59. 糖尿病の病期
- 60. 食事療法から夢の実現へ
- 61. インスリン治療と注射量
- 62. インスリン治療と低血糖
- 63. 糖尿病の性比
- 64. 糖尿病と動脈硬化─高血糖は動脈硬化を促すか?─(1)
- 65. 糖尿病と動脈硬化─高血糖は動脈硬化を促すか?─(2)
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