オピニオンリーダーによる糖尿病ガイダンス

51. 再考!糖尿病の栄養療法

勝川史憲 先生(慶應義塾大学 スポーツ医学研究センター教授)

勝川史憲 先生

初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 51(2017年1月1日号)

 糖尿病食事療法の基本は、適切なエネルギー量と各栄養素を過不足なくとることです。この考え方は今日、糖尿病に限らず多く の生活習慣病の予防に生かされています。しかし昨今の糖質制限食をめぐる議論にみ られるように「適切な栄養素の配分」は未だに明らかではありませんし、「適切な摂取エネルギー量」も糖尿病患者では十分明らかでないのが実情です。

「25~30kcal/kg」の根拠と 食事調査の信頼性

 糖尿病臨床で指示エネルギー量を計算する際、標準体重に25~30を乗算する方法が 一般的です。この「25~30kcal/kg」という数字の出どころは、1960年代前半の『食品交換表』の初版作成時に遡り、当時、糖尿病患者の基礎代謝は健常者よりも1割ほど少ないとの考えに基づき策定されたもののようです。ただし、糖尿病患者の基礎代謝が少ないとする根拠となるデータは示されていません。

 現在では糖尿病患者の基礎代謝は健常者と差がないか、むしろやや多い(ただしイ ンスリン使用者では若干少ない)との知見が集まりつつあります。健診が一般的でなかった50年前の患者さんは、体重減少などの臨床症状がかなり進行してから受診した方が多かったのではないでしょうか。50年後の今、「25~30」という数字をそのまま用い続けることの妥当性を再考すべきかもしれません。

 一方、現体重を維持するのに必要なエネルギー摂取量は、エネルギー消費量から割 り出すことが可能です。体重が一定で体組成に変化がなければ、エネルギー消費量と エネルギー摂取量は同等だからです。そし てエネルギー消費量は、二重標識水法とい う計測法で正確に測定できます。その詳細は省きますが、これを用いると、毎日のバラつきがある程度平均化される、2週間の習慣的なエネルギー消費量を計測できます。

 この方法による検討の結果、健常成人のエネルギー消費量は30~40kcal/kgであり、糖尿病患者に関する欧米のデータも健常人と差がないことがわかっています。日本人糖尿病患者のデータはまだ発表されていませんが、仮に健常人のエネルギー消費量と差がないとすると、25~30に基づいた栄養指導が遵守された場合、体重減少や栄養不良を来す患者さんが多発しかねません。しかし臨床の現場でそのようなことは起きていません。

 この乖離の原因は、食事量の過小評価によると考えられます。実は、栄養指導で多用される記録法などから割り出したエネルギー摂取量は、実際より数十パーセント少なくなることがわかっています。患者さんが食事量を過小評価し、多くの医療従事者が その過小評価した値に慣れてしまい、定着 してしまった可能性を否定できません。厚労省の『日本人の食事摂取基準(2015年 版)』においても個人のエネルギー必要量に 関して「単一の値として示すのは困難であり、活用の面からもあまり有用でない」と述べ、年齢別推定エネルギー必要量の表は "参考"扱いとしています。

体重を指標とした栄養指導

 ただ、二重標識水法によるエネルギー消費量の計測はコスト面の制約があり、一般には用い得ません。そこで、現実的な方法として、患者さんの体重の増減からエネルギー出納のバランスを判断する方法が考えられます。例えば、体重の多寡に関わらずそれが一定なら、エネルギーの出納バランスはとれていると判断できます。

 肥満の患者さんに減量を促すとき、食事制限を続けても、減量が進むにつれて体重減少のペースは遅くなります。これは減量とともにエネルギー消費量が減るからです。体重が下げ止まるのは、その体重でエネルギー出納が平衡状態になったためです。一方、いったん減った体重がリバウンドしたら、食事療法が緩んで平衡が崩れてきたと判断できます。

 日々の体重の細かい変動から、食事重量をモニターするのとは別に、食事や排泄の条件を揃えた長い期間の体重の推移をみることで、こうした食事制限の緩みを見ることが可能となるのです。

 このように体重を指標とした栄養指導は前述の『日本人の食事摂取基準』にも採用され、同基準では「目標とするBMI」の活用を推奨しています。成人の場合、身長の変化は無視できるので、BMIは体重で代用されます。食事指導と体重測定はどちらも糖尿病治療の基本であり、互いに相補的な効果を発揮するのです。

多様化する糖尿病にEBNを!

 「摂取エネルギー量は25~30kcal/kg」という目安ができてから半世紀がたち、糖尿病患者数は爆発的に増え、病態は大きく変化し多様化が進みました。EBM時代の今、食事療法も科学的根拠に基づく個々の患者さんに最適化した栄養指導'Evidence Based Nutrition('EBN)の実現に向けて、精度の高い検証が必要な時期にあると言えるでしょう。

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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