オピニオンリーダーによる糖尿病ガイダンス

46. DPP-4阻害薬のこれまでとこれから

岩本安彦 先生(公益財団法人朝日生命成人病研究所所長 )

岩本安彦 先生

初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 46(2015年10月1日号)

 DPP-4阻害薬は現在国内で8製剤9製品あり、治療管理下にある糖尿病患者さんの約6割に処方されていると言われていて、糖尿病臨床に不可欠な薬剤の一つです。しかしDPP-4阻害薬はすべて新薬であり、最も古いシタグリプチンでさえ2009年末に上市されたにすぎません。なぜ、わずかな期間に驚異的とも言える速さで臨床に広がり定着したのか、同薬の特徴から考えてみます。

DPP-4阻害薬が短期間で臨床に定着した理由

 DPP-4阻害薬の特徴として、低血糖リス クが低い、体重増加を来しにくい、特異的な副作用や禁忌が少ない、併用可能な薬が多い--といったことが挙げられます。つまり「どんな患者さんにも安心して使える」 ということです。もちろんDPP-4阻害薬以前の血糖降下薬にも、これらの特徴の一つ二つが該当するものもありますが、使いや すさ'に関係するこれらすべての特徴を兼ね備えているのはDPP-4阻害薬のみかもしれません。

 前記の特徴のうち特に低血糖の不安が ほとんどないという点は、低血糖が血管イベントのトリガーとなったり、認知症リスク を高めることが明らかになった今日、高齢の糖尿病患者さんの比率が高い日本にお いては特に重要なポイントです。

 また糖尿病用薬として最も大切な血糖下作用についても、日本人の患者さんは高 血糖の原因に占めるインスリン分泌低下の要素が強いため、インスリン分泌を増やすDPP-4阻害薬は欧米の患者さんより強い 効果が期待でき、この点も国内で同薬が人気な理由の一つでしょう。さらにグルカゴン分泌抑制という機序も他剤にない特徴です。

発売前に期待されていた副次的作用はどうなったのか?

 その他にもDPP-4阻害薬が積極的に用いられる背景として、基礎実験で膵β細胞増殖作用が示されていたり、心血管イベン ト等の合併症に対する直接的な抑制作用が期待されていたことも関係しているのではないかと思います。これら副次的作用のヒトにおいての検証は研究期間が長期に及ぶため、未だ明らかな結論が示されていません。

 ただし心血管イベントについては、薬剤市販後にプラセボ対照非劣性試験がいくつか行われており、これまでに発表された結果から同薬はそのリスクを増やさないことが示さ れ、心血管系への安全性が担保されつつあります。もっとも心血管イベントに関しては、 同薬は単に安全なだけでなく内皮機能改善等を介して有意に抑制するのではないかと期待が寄せられていました。しかしそれについては今のところポジティブな結果が得られていません。血管イベントが危惧される症例にはスタチンや抗血小板薬等による強力 な予防介入が行われているため、さらなる上乗せ効果の証明には高いハードルが存在 し、それを短期間の臨床試験で越えるのは容易でないものと思われます。

発売前に懸念されていた副作用はどうなったのか?

 一方、DPP-4阻害薬の特異的な副作用と して、開発段階から膵炎や膵がんのリスク上昇が想定されていました。しかしこれまでの多くの報告から、その懸念はほぼ否定されたと言えます。ただし、DPP-4阻害薬が阻害するDPP-4の生理学的基質の中には 血糖制御とは無関係のものもあり、かつ同 薬がまだ新薬であることから、未知の副作用の存在が全くなくなったわけではなく、 引き続き副作用全般の注意深い観察が必要です。

臨床経験からわかってきたこと

 発売前にはわかっておらず、臨床経験を積むことで得られた知見もあります。その一つ は他剤との併用による予想外の血糖低下です。発売当初、SU薬の効果不十分例にDPP-4阻害薬を上乗せし、重症低血糖に陥るという事例が相次ぎました。幸い直ちに日本糖尿病学会・協会から注意喚起がなされ、同様のケースは急速に減少しました。

 一方、効果を左右する因子もわかってきました。DPP-4阻害薬により強い血糖降下作用を期待できる症例の特徴として、BMIが高 くないこと、インスリン分泌が保たれていること、発病から間もないことが挙げられます。

 また同薬処方後にHbA1cが改善した後しばらくして効果が減弱する症例は、その背景に体重増加が認められるケースが多いことも諸家の報告によって明らかになりました。DPP-4阻害薬は確かに安全で効果的な薬ではありますが、糖尿病の治療はやはり食事・ 運動療法が基本だということを再認識させられる知見です。

DPP-4阻害薬のこれから

 今や糖尿病治療のベース薬とも言える DPP-4阻害薬ですが、発売前から期待されていたヒトでの膵β細胞増殖作用や血糖降下を越えた合併症の直接的抑制作用は未だ証明されていません。より効果的で安全な使い方についてもさらに探求されるべきで しょう。それらの研究が今一歩進みDPP-4 阻害薬の真の実力が明白になった時、糖尿病治療の歴史に真のパラダイムシフトを起した薬として改めて評価されることになるでしょう。

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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