オピニオンリーダーによる糖尿病ガイダンス

31. 糖尿病の予防と治療に果たす運動の役割

佐藤祐造 先生(名古屋大学名誉教授・
愛知学院大学心身科学部健康科学科教授)

佐藤祐造 先生

初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 31(2012年1月1日号)

摂取エネルギーが減って太る矛盾

 現在の2型糖尿病(以下、糖尿病)患者 数の増加は、将来の合併症患者数増加を 意味し、医療費増大の観点からも今や大 きな社会問題となっています。なぜ糖尿病 が増え続けているのでしょうか。

 糖尿病の原因の一つは摂取エネルギー の過剰とそれによる過体重・肥満とされま す。しかし、摂取エネルギーの平均は70 年代のピーク時に比べ300kcal以上も減っ ています。肥満者の割合も男性でこそ全 年齢層で増加していますが、女性ではほ んど変化しておらず、近年は中高年も含め て肥満者の減少傾向がみられます。にも かかわらず、糖尿病は男女ともに増加して おり性差はありません。糖尿病の増加を 摂取エネルギー過多や肥満・過体重で説 明するには無理があるわけです。

 この矛盾の一因として、社会構造の変 化により、人々が活動量不足となりインス リン感受性が低下したためと推測すること に、大きな異論はないでしょう。このよう な変化は、社会の"文明化"の側面と考えら れます。基幹産業が一次産業から二次産 業、三次産業へと移り変わり、「自分のか らだを使って稼ぐよりも、頭を使ってパソ コンや他者を動かして稼ぐほうが効率がよ い」社会になった帰結として、糖尿病が増 加していると言えそうです。ですからその 対策として、「運動」、「人々がからだを動 かすこと」が今、求められているのです。

運動による糖尿病予防・治療のエビデンスと課題

 運動による糖尿病発症予防のエビデン スは既に豊富に蓄積されています。一例を 挙げると、 DPP*では摂取エネルギー制限 とともに週150分の運動を課した生活習慣 改善群の糖尿病発症率が、対プラセボ投 与群はもちろん、メトホルミン投与群よりも 有意に抑制され、生活習慣改善が重要で あることが改めて証明されました。しかし このDPPにおいて週150分の運動を継続で きたのは対象の約半数にとどまり、運動継 続が容易でないことも明らかになりました。

 運動の継続は患者さん本人だけでなく、 指導する医療スタッフの側にも負担となる ようです。筆者が日本糖尿病学会「糖尿病 運動療法・運動処方確立のための学術調 査研究班」の委員長を務めた際に日本医 師会と共同で実施した調査からは、食事 療法の指導は90%以上行われているのに 対し、運動療法の指導実施率は50%に満 たないことがわかりました。その理由とし て、「時間がない」「適切な指導者がいな い」「『食品交換表』に相当するガイドライン がない」などが挙げられ、患者さんに運動 を勧める体制が不十分である実態が浮き 彫りになりました。

 運動継続に対する患者さんのモチベー ションを向上・維持するには、まず医療者 側において、例えば多職種の連携による チーム医療で患者さんのサポート体制を 構築するなどの工夫が求められるでしょ う。なお、筆者らは前述の調査を踏まえ、 糖尿病運動療法に関連するエビデンスを 集約、具体的な指導方法を記した実践的 な内容の『糖尿病運動療法指導マニュアル』 (南江堂)を昨年6月に上梓いたしました。 参考になれば幸いです。

体重は変わらなくても運動によりインスリン感受性が向上する

 運動継続の困難さが課題となる一方で 近年、時間を割いて行う治療法としての運 動のみではなく、日常生活の中で身体活 動量を増やすだけでもかなり効果があるこ とがわかってきました。1日の歩行数がイ ンスリン抵抗性改善と正の相関を示す、 ガーデニングや家事労働と糖尿病の発症が 負の相関を示す、テレビの視聴時間は総死 亡・虚血性心疾患死亡と正相関する、など の報告が相次いでいます。

 こうした研究では、運動による減量効果 はあまり認められていません。体重は変化 なくても、からだを動かすことでインスリン 感受性が増強し、それが糖尿病やメタボ リックシンドローム(Met-S)の予防と治療に つながり、血管保護的に働いてくれるので しょう。本稿の冒頭で「太らなくても糖尿 病が増えているのは活動量不足によるイン スリン抵抗性のためではないか」と述べまし たが、「運動をして体重が減らなくてもイン スリン抵抗性が改善する」という事実は、 その逆説的な証左と考えられます。

日本発の研究をもっと活発に

 これまで挙げてきた臨床的研究のほか に、運動に関する基礎的研究も進歩してい ます。筆者の共同研究者である岩尾、押 田らはマイクロダイアリシス法を用いた実験 で、交感神経刺激に対する脂肪分解能は 皮下脂肪より内臓脂肪でより大きいことを 見出しました。運動により一過性の交感神 経亢進を介して内臓脂肪が効率的に減るメ カニズムを明らかにした報告として注目され ます。

 しかし、このような運動に関する日本発 の研究は、実は必ずしも多くありません。 今後、この分野の未来を担う若手研究者、 そして患者指導の担い手が続いて現れてく ることを強く期待します。

※Diabetes Prevention Program(糖尿病予防 プログラム); The New England Journal of Medicine. 2002 ; 346 : 393-403.

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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