オピニオンリーダーによる糖尿病ガイダンス

26. 新しい糖尿病の診断基準とグローバル化

岩瀬正典 先生(九州大学大学院病態機能内科学准教授)

岩瀬正典 先生

初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 26(2010年10月1日号)

より確実な早期介入を可能とするHbA1cの診断基準の本格導入

 糖尿病の診断基準は世界共通であるこ とが望まれます。このほど、アメリカ糖 尿病学会(ADA)および日本糖尿病学会 (JDS)より新しい診断基準が発表されま した。糖尿病の合併症はHbA1c高値で 把握される高血糖の持続が原因であり、 HbA1cの変化で治療効果の判定が行わ れ、 厚 生 労 働 省 の 糖 尿 病 実 態 調 査 も HbA1cを用いて有病者数の推計がなされ ています。我が国では以前よりHbA1cが 糖尿病の診断に適用されており、 HbA1c の臨床応用では世界で先行していました。

 2009年7月 に、国際専門家委員会が HbA1cを糖尿病の診断に用いることを 推奨したのを受け、2010年1月、ADAよ り新しい糖尿病診断基準が発表されまし た。我が国においても、 5月のJDS学術 集会で新しい診断基準が発表となりまし た。空腹時血糖126mg/dL、75gOGTT2 時間値200mg/dL、随時血糖200mg/dLと いう血糖基準値に変更はありませんでし たが、 HbA1cの基準値が6.5%(JDS)から 6.1%(同)に引き下げられることになりま した。ただ、HbA1cが基準値以上でも血 糖が基準値を超えなければ、糖尿病と診 断されないので、今回のHbA1cの基準 値引き下げによる影響は、さほど大きく なることはないとされています。

 しかし、血糖とHbA1cの同時測定を 行った場合、今までは血糖が基準値を超 えていてもHbA1cが6.1%(JDS)から6.4% (同)の人は別の日に来院して、血糖の再 検査が必要でしたが、今回の改定により 即日、糖尿病と診断されます。一度「血糖が高い」と言われると、ご自身で食事 制限や運動をして、次の検査時には血 糖が基準値以下に下がっている方がい ます。改定後にはこのような方でも1回 の検査で診断がつくようになります。 もし今まで、このように再検査で改善 したがために治療介入が遅れていた患 者さんが多数いたとしたならば、診断 基準の改定により糖尿病と診断される 人は増加し、早期介入が期待できるで しょう。

糖尿病のとらえ方 歴史・環境・人種の違い

 今回の診断基準改定においてHbA1c の基準値6.1%(JDS)は、

  1. 眼底所見にて毛細血管瘤を除いたごく早期の糖尿病網膜症が増加してくる値、
  2. 空腹時血糖126mg/dLに相当する値、
  3. 75gOGTT2時間値200mg/dLに相当する値

となっています。また以前の基準6.5%(JDS)は、 それ以上では正常型や境界型の人がほ とんど入らない糖尿病域として促えら れていました。HbA1cが6.1%(JDS)か ら6.4%(同)の人は正常型や境界型の人 が少なくありません。そのため我が国 では後に述べる米国とは異なり、HbA1c 高値のみで糖尿病を診断することは認 めてきませんでしたし、今回もこれに ついては同様の対応としています。

 一方、アメリカではHbA1c単独での 診断を推奨しているため、従来は血糖 値で正常と診断されていた人たちが今 回、 HbA1cで糖尿病と診断されるなど、 診断の不一致が起こり、混乱が予想さ れます。さらに、アメリカでは糖尿病 の診断ばかりでなく、糖尿病発症予防 のためのハイリスク患者のスクリーニ ングにもHbA1cで行うことを勧めてい ます。すなわち、 HbA1c5.3%(JDS)から 6.0%(同)を前糖尿病(pre-diabetes)とし ています。この値は我が国の特定健診 における保 健 指 導 基 準 値HbA1c5.2% (JDS)以上にほぼ一致しています。

 ADAの診断基準の解説によれば、血 糖値はHbA1cより測定方法が標準化され ておらず、また、採血後の解糖により値 が低下するので、信頼性が低いとされ ています。さらに、朝食抜きで来院する のが不便であるとも指摘されています。 一方、我が国ではむしろ、 HbA1cはな お測定機器や測定方法で少なからず施設 間差があります。朝食前採血は、脂質異 常症の評価 (LDL - C計算値)のため日本 動脈硬化学会でも推奨しており、生活習 慣病評価では当然であって、患者さんに も抵抗は少ないと思われます。

診断基準グローバル化へのハードル

 ADAは1997年の診断基準改定で75g OGTTから朝食前血糖検査(FPG test)に シフトし、Impaired fasting glucose(IFG) というカテゴリーまで作り、さらに、 2003年にはIFGの下限を110mg/dLから 100mg/dLに引き下げました。この引き 下げは、我が国を含めほとんどの国で承 認されていません。一方、我が国におい ては、糖忍容力の低下(耐糖能の悪化)を もって糖尿病の基本的病態としてきた伝 統があり、朝食前の一点血糖測定のみで 糖尿病が診断されることに抵抗がありま す。また最近のインクレチン関連薬が欧 米人に比し日本人でより有効であること からもわかるように、日本人のインスリ ン分泌障害(特に初期分泌障害)と、これ に基づく食後高血糖は75gOGTTでこそ 明瞭に示されます。今回の我が国の診断 基準でも75gOGTTを重視する姿勢は一 貫しており、特に75gOGTTが推奨され る場合も明示されています。

 糖尿病の診断基準とは、糖尿病を病気 としてどのように理解するか、その考え方 の現れです。アメリカ糖尿病学会によれば、 HbA1c値に基づく診断で生ずる診断精 度の低下はHbA1cの利便性向上による 受検者数の増加で代償できるだろうと述 べています。ここまで臨床診断について の考え方が異なれば、糖尿病診断基準の グローバル化は容易ではありません。

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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