オピニオンリーダーによる糖尿病ガイダンス

22. 糖尿病とインフルエンザ

浅野 喬 先生(福岡大学名誉教授,長尾病院糖尿病内科)

浅野 喬 先生

初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 22(2009年10月1日号)

 今春、新型インフルエンザ(豚インフ ルエンザ)のパンデミックが起こり、い まだ国内で感染拡大が報告されていま す。ただ、以前より危惧されていた強毒 性鳥インフルエンザウイルスの変異と異 なり、感染力や毒性がそれほど強くない ことが早期に周知されたため、本稿執筆 時においてはあまり大きな混乱は起きて いません。しかし、豚インフルエンザの 強毒化や鳥インフルエンザの変異・流行 の可能性が消えたわけではないことも事 実です。今後流行するかもしれない'新 たな'新型インフルエンザへの備えは引 き続き必要ですし、易感染状態にある糖 尿病患者さんでは'従来型'インフルエ ンザへの十分な対策も大切です。

糖尿病と感染症

 感染症に対する抵抗力が糖尿病により 低下する理由は、高血糖による影響と合 併症による影響に大別できます。高血糖 の影響としては白血球(主に好中球)の遊 走能・貪食能の低下が挙げられます。感 染が成立するとインスリン感受性の低下 がもたらされ、高血糖と抵抗力低下の流 れに拍車がかかることになります。

 合併症の影響としては、血管障害によ り免疫系のスムーズな機能が妨げられる ことに加えて、組織の低栄養・低酸素状 態も治癒の遷延に関係すると考えられま す。また神経障害は足病変、尿路感染 症、胆曩炎などを増やし、かつその症状 をマスクして治療開始を遅延させます。

糖尿病とインフルエンザ

 インフルエンザは免疫能が正常で非高 齢の成人なら自然治癒します。ところが 高齢者や慢性疾患のために免疫能が低下 している場合、時に不幸な転機につなが ることも希ではありません。

 糖尿病ではインフルエンザに感染しや すくなる可能性に加え、感染後に「重症 化」しやすい点に注意が必要です。イン フルエンザの重症化とは主に、高齢者に おける二次感染(多くは肺炎)や、小児に おける脳炎・脳症の発症を指し、また、 慢性疾患がある場合に基礎疾患が「急性 増悪」することも該当します。糖尿病に おける急性増悪とは、血糖値が日常以上 に上昇すること、そしてケトアシドーシ スや高浸透圧高血糖症候群など、生命予 後に影響を及ぼしかねない急性合併症の 発症に近付くことを意味します。

 糖尿病患者数の急増と人口の高齢化を 背景に、「インフルエンザ弱者」にあたる 方が増えている現在、たとえ従来型のイ ンフルエンザであっても、その対策が重 要なことは疑う余地の無いところです。

インフルエンザへの備え

 インフルエンザ対策は、

  1. 罹患の予防、
  2. 罹患後の治療、
  3. 他者への感染の防止、

という三つの視点でとらえます。

 一番目の罹患の予防の基本はワクチン 接種です。予防効果を高めるために、糖 尿病患者さんのご家族全員の接種が勧め られます。国内でかつて学童への集団接 種が行われていた時期に、高齢者の超過 死亡(インフルエンザ流行シーズンにお けるインフルエンザや肺炎による予測死 亡者数と実際の死亡者数の差)が少な かったことから、インフルエンザは家庭 内感染が多いと推測されるからです。

 また、糖尿病患者さんのご家族がイン フルエンザに罹患した場合に、抗インフ ルエンザ薬の予防的投与も考慮されま す。さらに高齢の糖尿病患者さんには二 次感染予防のために、肺炎球菌ワクチン の接種が勧められます。もちろんこうし た医療の前提として、手洗いの励行、マ スクの着用といった基本的な対策が有効 であり欠かせないことを、シーズン前に 患者さんへ伝えることが求められます。

 二番目の治療については、抗インフル エンザ薬の投与とともに、糖尿病患者さ んの場合はいわゆるsick day rule に沿っ て対応することになります。患者さんに はできるだけこまめに血糖自己測定を 行ってもらい、高血糖に対して早め早め に対処することが、急性合併症の予防に 役立ちます。

 三番目の他者への感染防止については 糖尿病患者さんに特異的な対策はありま せん。罹病期間中の手洗いの励行、解熱 後も2日は外出を控えること、やむをえ ず外出する際にはマスクを着用すること などです。

新型インフルエンザへの備え

 以上は従来型インフルエンザへの対策 です。今後発生するとされる新型インフ ルエンザについては、毒性・感染力の強 さ、プレパンデミックワクチンの製造が間 に合うか否かとその安全性・有効性、抗 ウイルス薬の有効性、およびそれらを十 分に確保できるかといった不確定要素が 多々あります。そして、ハイリスクの糖 尿病患者さんへ優先的に医療を提供すべ きかどうかも、その都度、臨機に判断せ ざるを得ないのではないかと思います。

 ただし、糖尿病発病後早期から十分に 血糖を管理していれば罹患リスクは糖尿 病でない人と同レベルになるだろうとい う見方は至極当然なことです。そこで医 療スタッフとしては、糖尿病患者さんに とって結局は糖尿病をしっかり治療する ことが新型インフルエンザへの基本対策 であることを、周知させていくという指 導を忘れてはなりません。

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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