15. 運動とインスリン抵抗性改善
佐藤祐造 先生(名古屋大学名誉教授、
愛知学院大学心身科学部健康科学科教授)

初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 15(2008年1月1日号)
国民のインスリン抵抗性改善が急務
内臓脂肪の過剰蓄積は、インスリン抵抗 性をもたらし糖尿病の発症を促したり、耐 糖能異常を伴うメタボリックシンドローム の原因となります。個人個人が効率の良い 便利な生活を追及してきた結果として高度 に"文明化"された現代社会では、身体活動 量が減少し、食生活の欧米化と相まって、 内臓脂肪過剰蓄積を基盤とするこのような 生活習慣病が急増しています。
生活習慣病の発症後、ことに心血管疾患 発症後の治療には膨大な医療費がかかり、 それを防ぐことが目下の社会的課題です。 そして、数千万人に上る患者および予備軍 の人たちのインスリン抵抗性を改善する、 コストパフォーマンスが良くて実行性のあ る介入方法を示すことが今、医学に求めら れています。
運動でインスリン抵抗性が改善するメカニズム
厚生労働省が生活習慣病対策のため策定 した標語には「一に運動、二に食事、しっ かり禁煙、最後にクスリ」とあり、運動と 食事の重要性が国民へのメッセージとして 強調されています。筆者は、運動がインス リン感受性に及ぼす影響をグルコースクラ ンプ法によって評価する研究を行い発表し てきました。そこで、これまでの研究結果 と近年の知見から、運動によるインスリン 抵抗性に対するアプローチをまとめてみま す。
― 運動は筋肉を増やす ―
インスリン抵抗性は、全身のさまざまな 部位で生じる可能性がありますが、臨床的 に重要なのは、筋肉、脂肪組織、肝臓です。 運動の効果で筋肉量が増大すると、糖を取 り込む"容量"が増えることに加えて、筋で の解糖系とクエン酸回路が活性化し、かつ インスリンシグナル伝達機構の糖輸送担体 GLUT4が増加することなどによって、イン スリン抵抗性が改善します。
― 運動は内臓脂肪を効果的に減らす ―
また、運動による体脂肪減少効果は内臓 脂肪に選択的に現れます。そのため内臓脂 肪由来のTNF- α やレジスチンが減少し、ア ディポネクチンが増加して、インスリン抵 抗性が改善します。
もちろん食事制限でも減量は可能ですが、 それのみでは除脂肪体重の減少が主で、イ ンスリン抵抗性の改善をあまり期待できま せん。一方、運動を継続すると、たとえ体 重が減らなくてもインスリン抵抗性が改善 します。このことから、メタボリックシン ドロームへの介入方法としては「軽度の食 事制限+運動」が理想と言えるでしょう。
― 急性代謝効果により、食後の血糖上昇を 抑制 ―
前記二つは運動の中・長期的効果(トレ ーニング効果)ですが、運動の急性効果と して、血中のグルコースおよび遊離脂肪酸 (FFA)の筋肉での利用促進があります。こ の効果が継続的に発現するように維持すれ ば、肝臓におけるインスリン抵抗性の改善 も期待できます。
運動処方の実際
負荷の強い運動は、カテコラミンなどの インスリン拮抗ホルモンの分泌を刺激する ので、運動処方にあたっては原則的に、中 程度、乳酸閾値(LT)レベルの運動強度とし ます。具体的にはジョギング、水泳に代表 される、全身の筋肉を用いる有酸素運動で す。1回10~30分、週3~5回以上の運動が 標準として勧められます。
こうしたトレーニングを目的とした運動 に加え、通勤や労働中の運動も2型糖尿病 のリスクを低下させることが明らかになっ ています。歩数計や消費エネルギー計測器 などを利用しモチベーションを保ちつつ、 意識的に日常の作業量を増やすような指導 も必要でしょう。厚生労働省が一昨年に発 表した「健康づくりのための運動指針(エク ササイズガイド2006)」には、生活動作や運 動の種類別に、その強度が示されていて、 参考になります。
なお、軽い負荷でのレジスタンス運動が、 ウォーキングなどの有酸素運動を補い、加 齢に伴う筋力低下を防ぐための手段として、 近年注目されています。軽めのダンベルや ゴムチューブを用いた体操などが該当し、 異なった部位の筋肉を鍛えられるうえ、家 庭内で継続するのにも適しています。
高齢者が継続可能な運動は?
このように、運動の有効性は明らかであ るものの、高齢者では関節障害などのため に、運動そのものができないことも少なく ありません。高齢社会を迎え、そのような 方々への対応が重要となってきました。 筆者は、他動的運動機器を用いた運動の 効果について報告しています。例えばジョ ーバ®の騎乗は、高齢者にも短期的および 長期的に有意なインスリン感受性増強作用 をもたらし、その効果は通常の有酸素運動 と同等でした。
家庭内で安全に継続できる運動として、 今後はこのような他動的運動機器の使用を より積極的に検討して良いでしょう。
※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。
オピニオンリーダーによる糖尿病ガイダンス 目次
- 66. 体組成を踏まえた糖尿病診療を考える 田中 逸 先生
- 65. 糖尿病の食事療法:新しいエビデンスからの構築を目指して 阪本 要一 先生
- 64. 新たな糖尿病合併症ターゲット ~認知症と心不全~ 清水 一紀 先生
- 63. 糖尿病の運動療法:理論と指導方法 佐藤 祐造 先生
- 62. J-DOIT3:2型糖尿病患者を対象とした血管合併症抑制のための多因子介入研究 -J-DOIT3の結果と追跡研究への期待- 岩本 安彦 先生
- 61. 糖尿病患者を悩ます神経障害とは?-基礎と臨床から考える診断と治療- 加藤 宏一 先生
- 59. GLP-1受容体作動薬による動脈硬化抑制 綿田 裕孝 先生
- 58. Diabetic kidney disease(DKD)は本当に必要な用語なのか? 守屋 達美 先生
- 57. 糖尿病患者の就労支援 〜遠隔診療の必要性と可能性 浜野久美子 先生
- 56. 超高齢社会の糖尿病診療に何が求められるか 吉岡 成人 先生
- 55. 患者高齢化時代において連続血糖モニターとSMBGを考える 池田 義雄 先生
- 54. SGLT2阻害薬による糖尿病合併症抑制 森 豊 先生
- 53. 糖尿病患者の死因の第1位はがん! 岩瀬正典 先生
- 52. Once Weekly 製剤の功罪 ~その意義と療養指導上の問題~ 難波光義 先生
- 51. 再考!糖尿病の栄養療法 勝川史憲 先生
- 50. 日本人の糖尿病はどこまで欧米化するのか? ~待ったなしの肥満対策~ 田中 逸 先生
- 49. 高齢者糖尿病における治療のさじ加減 阪本要一 先生
- 48. 糖尿病治療の質の向上と血糖モニター 清水一紀 先生
- 47. SGLT2阻害薬による死亡リスク低下 〜最新の臨床試験(EMPA-REG OUTCOME)に学ぶこと〜 佐藤 譲 先生
- 46. DPP-4阻害薬のこれまでとこれから 岩本安彦 先生
- 45. 運動療法:新しいエビデンスと指導方法 佐藤祐造 先生
- 44. 軽度の高血糖も放置は厳禁! 河盛隆造 先生
- 43. What is diabetes mellitus...?―医療スタッフとともに考える― 吉岡成人 先生
- 42. SGLT2阻害薬の位置づけと具体的な使われ方 森 豊 先生
- 41. 新薬時代の今、糖尿病患者さんの生活習慣を見直す 岩瀬正典 先生
- 40. ここ10年の糖尿病医療と療養指導の進化と今後-創刊10年に寄せて- 池田義雄 先生
- 39. インクレチン治療 -活かすための患者指導- 難波光義 先生
- 38. スポーツの喜びを取り入れた運動指導 勝川史憲 先生
- 37. 1型糖尿病 -膵臓移植と再生医療の現状と将来- 金澤康徳 先生
- 36. 糖尿病の腎臓を守る管理と指導 田中 逸 先生
- 35. テーラーメイドを目指す糖尿病の治療 阪本要一 先生
- 34. 妊娠糖尿病の新たな診断基準と管理 清水一紀 先生
- 33. 大震災からのメッセージ~緊急時の糖尿病療養指導~ 佐藤 譲 先生
- 32. インクレチンアナログ(注射製剤)の効果と使い方 岩本安彦 先生
- 31. 糖尿病の予防と治療に果たす運動の役割 佐藤祐造 先生
- 30. スポートロジーのメインテーマ、糖尿病 河盛隆造 先生
- 29. 診療現場におけるサイエンスとアート 吉岡成人 先生
- 28. SMBG指導のスキルアップ 池田義雄 先生
- 27. CGM(持続血糖モニター)で見えてくるもの 森 豊 先生
- 26. 新しい糖尿病の診断基準とグローバル化 岩瀬正典 先生
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- 24. コーヒーの飲用と運動療法の上乗せ効果 鈴木政登 先生
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- 22. 糖尿病とインフルエンザ 浅野 喬 先生
- 21. 糖尿病患者の血圧管理 金澤康徳 先生
- 20. 日本人のインスリン分泌~2型糖尿病における動態について~ 田中 逸 先生
- 19. 糖尿病治療の新しい見方~メタボリックメモリーを中心に~ 阪本要一 先生
- 18. 糖尿病療養指導士活動の現状と今後への課題 清水一紀 先生
- 17. 糖尿病神経障害 ~東北スタディから~ 佐藤 譲 先生
- 16. 空腹時血糖障害(IFG)の見方 岩本安彦 先生
- 15. 運動とインスリン抵抗性改善 佐藤祐造 先生
- 14. ADA/EASD 2型糖尿病のコンセンサスステートメント -日本ではどう考えるべきか- 河盛隆造 先生
- 13. インスリン抵抗性の病態とその管理 -検査指標としてのHbA1Cの有用性と限界- 吉岡成人 先生
- 12. メタボ型糖尿病の治療戦略 -2型糖尿病の亜型分類からの提言- 池田義雄 先生
- 11. アナログ製剤によるインスリン治療 -SMBGとの協調- 難波光義 先生
- 10. 運動療法のピットホール -早期腎症を視野に入れて- 鈴木政登 先生
- 9. 食後高血糖の評価 富永真琴 先生
- 8. 糖尿病と高血圧 -最近の考え方- 勝川史憲 先生
- 7. 他疾患ガイドラインの中の糖尿病 浅野 喬 先生
- 6. 糖尿病・糖尿病予備軍とメタボリックシンドローム 金澤康徳 先生
- 5. 超速効型インスリン混合製剤の使い方 岩本安彦 先生
- 4. 糖尿病の漢方治療 -有用性と限界- 佐藤祐造 先生
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