オピニオンリーダーによる糖尿病ガイダンス

61. 糖尿病患者を悩ます神経障害とは?
-基礎と臨床から考える診断と治療-

加藤 宏一 先生(愛知学院大学薬学部医療薬学科 薬物治療学講座 教授)

加藤 宏一 先生

初出:医療スタッフのための『糖尿病情報BOX&Net.』No. 61(2019年7月1日号)

放っておいてはいけない合併症、糖尿病性神経障害

 糖尿病性神経障害は、病状が進行するとしびれや痛み等の自覚症状が患者の日常生活を損なう程度まで増悪し、また触った感覚、痛みや熱さがわからないといった感覚鈍麻も認めます。さらに自律神経障害の起立性低血圧、膀胱無力症、ED、無自覚性低血糖あるいは糖尿病性壊疽による下肢切断に至る場合もあり、患者のquality of life(QOL)を大きく損なうことになります。また、心伝導系の異常は致死的な不整脈を起こし、糖尿病患者の突然死の原因になり、患者の生命予後にも影響します。神経障害は積極的な治療法が確立されていないことから放置されがちな合併症ですが、他の糖尿病合併症と同様に放っておいてはいけない合併症です。

糖尿病性多発神経障害の簡易診断基準と新しい診断機器

 我が国では「糖尿病性多発神経障害の簡易診断基準」が作成されており、現在、広く臨床利用されています。この簡易診断基準では、①両側下肢のしびれ、痛み、異常感覚、②両側のアキレス腱反射の減弱・消失、③両側内踝の振動覚閾値の低下を確認し、また自覚症状が必ず足趾・足底から出現していることを確認します。この3条件のうち2条件を満たせば、他疾患を除外した上で神経障害と診断するものです。
 神経障害の診断には神経伝導検査が最も正確ですが、専門施設でしかできません。近年DPNチェック®︎といって、簡単に短時間で腓骨神経の伝導速度と振幅が測定できる機器が使用できるようになり保険適応となりました。また、最近では角膜共焦点顕微鏡(CCM)といって非侵襲に網膜の小径神経線維を直接測定できる機器や最小痛覚閾値検査(PI NT)といって非侵襲的に表皮内刺激電極により敏感に痛覚感受性を調べる検査も使用されています。今後これらの機器を用いて神経障害の診断や治療経過の判定が行われることが期待されます。

糖尿病性神経障害の治療とエビデンス

 Diabetes Control and Complications Tria(l DCCT)やThe Epidemiology of Diabetes Interventions and Complications Study(EDIC)等の大規模臨床研究により、神経障害の治療には血糖値の厳格なコントロールと早期から血糖コントロールの重要性が報告されました。一方、EURODIAB Prospective Complications Studyでは、血糖とは独立したリスク因子として、血圧、脂質異常症、肥満、喫煙が報告されました。また、The Look AHEAD studyでは適度の運動が神経障害の改善に有効と報告されました。
 神経障害の治療には厳格な血糖コントロールが不可欠ですが、血糖値を正常にするのは困難です。そこで神経障害の成因に基づく治療が必要となります。神経障害の成因は多岐に亘りますが、成因に基づく治療薬ではポリオール代謝を是正するエパルレスタットが唯一臨床で使用可能です。この薬剤はARI-Diabetes Complications Trialで血糖コントロールが良好な症例で効果が大きいと報告されましたが、基本的には神経障害の悪化を抑制するために継続して使用する薬剤であり、疼痛の治療薬には適さないと考えられます。
 疼痛に対する対症療法は、現在ではCaイオンチャネルα2δサブユニットリガンドのプレガバリンやSNRIのデュロキセチンが第一選択薬として使用されています。これらの薬剤は副作用のふらつきに注意する必要があります。最近α2δサブユニット-1に選択性が高いミロガバリンが発売されており、その有効性と副作用の軽減が期待されています。

僅かな高血糖や低血糖でも神経が障害される!

 我々の基礎研究では、神経系細胞のシュワン細胞において僅か1回1時間、1日3回を3日間という短時間の反復する高血糖(食後血糖スパイクモデル)が、小胞体(ER)ストレスを介して酸化ストレスを亢進しアポトーシスを誘導することを報告しました。さらに高血糖のみならず短時間の反復する低血糖(インスリン治療による食後低血糖モデル)も酸化ストレス亢進とアポトーシスを惹起することが明らかとなりました。これらの結果は、短時間の高血糖および低血糖でも神経障害が惹起される可能性を示唆しています。事実、IGT患者では神経障害の頻度が高いことが報告されており、低血糖による神経障害も動物実験で報告されています。一方、神経障害の成因として重要な酸化ストレスに対して、DHAやEPAであるω-3多価不飽和脂肪酸が抗酸化酵素を誘導して神経系細胞に保護的に作用することも報告しました。このデータは、DHAやEPAが抗酸化作用を発揮することから成因に基づく治療薬として有用である可能性を示唆しています。

糖尿病性神経障害に対する総合的治療

 以上の基礎と臨床研究を考慮すると、現時点で行うべき糖尿病性神経障害の治療法としては、血糖をできる限り早期から厳格にコントロールし、低血糖や血糖値スパイクも同時に抑制し、高血圧、脂質異常症や肥満を是正し、禁煙を行い、適度な運動療法を行います。さらにポリオール代謝や酸化ストレス等の主要な複数の成因を抑制する薬剤を併用する総合的治療が必要と考えられます。今後の研究により神経障害の治療法の確立が望まれます。

※記事内容、プロフィール等は発行当時のものです。ご留意ください。

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